事実に基づいた作品として話題になっているが、上映館はあまり多くない。
東京でも山手線内での上映は、新宿が2館と有楽町、池袋がそれぞれ1館だけだ。
完成度は高いが、内容的にかなり重いために敬遠されたのかもしれない。
21歳の香川杏(河合優実)は、売春をしていた時に相手の男が覚せい剤の過剰摂取で倒れてしまう。
それが原因で保護され、刑事の多々羅(佐藤二朗)と知り合う。
多々羅はこれまで自分が保護した元薬物中毒患者を集め、十条で定期的に自助グループの集会を開いていた。
参加者は自分のこれまでの体験を語り、お互いに認め合うが、杏は最初は自分を語ることができない。
杏は母、祖母と3人暮らしだったが、母も売春で生活費を稼いでいた。
杏は自分では動けない祖母を幼少の頃からケアしていたが、12歳で母親から自分の客に体を売るように言われ、売春を始める。
その後、客に誘われて覚せい剤を打つようになった。
多々羅はそんな杏の生活を立て直そうと、役所で生活保護の申請を手伝い、一緒に仕事を探す。
杏は母から虐待を受けたときに祖母が庇ってくれたことから、祖母の介護も勉強できるよう介護の仕事を探していた。
しかし自分で探した仕事は、雇用元がいい加減な契約を結んだためまともな給料を払ってもらえていない。
多々羅はそこを辞めさせ、知り合いの週刊誌記者の桐野(稲垣吾郎)に、介護施設を紹介してもらった。
桐野が紹介してくれた介護施設の経営者は非常に親切で、杏の経歴を知ったうえで杏を受け入れてくれた。
そして多々羅は、杏を母親から離した方がいいと考えて、無料の保護シェルターで一人暮らしを始めさせた。
杏は多々羅を信頼し、次第に明るさを取り戻し生活も安定しかけていた。
仕事場を突き止めた母親が押し掛けて来たこともあったが、施設の人々は杏を助けてくれた。
桐野が多々羅と接触していたのは、多々羅が主催していた自助グループを調べるためだった。
実はそこの参加者から、多々羅からセクハラや性的暴力を受けたという情報が入ったからだ。
桐野が取材中も、自助会に参加しなくなった女性から、多々羅に性的暴力を受けたと相談があった。
桐野はその事を記事にしようとしていた。
杏は順調に仕事をして施設の入居者からも信頼を得ていたが、施設は新型コロナの蔓延で、介護職員を減らすように保健所から指導を受ける。
そのたえ非正規の職員の杏は、一時期解雇になってしまう。
ストーリーの前半は、杏が立ち直る話である。
この部分は話がとてもうまく進んでいくのだが、上映時間を考えると、途中から杏は昔の仲間に引き戻されてしまうのではないかと思った。
だがそんな薄っぺらい単純な話ではなかった。
杏はやりがいをもって仕事をしていたが、新型コロナでその仕事を取り上げられてしまい、さらに多々羅にも頼る事ができなくなってしまう。
その後、ひょんな事から杏は別の光を手に入れる。
しかしその光すら取り上げられてしまう。
子供のころから希望も持たずに生きてきた杏が、多々羅の救いでやっと希望を手に入れる。
しかしそれを次々と取り上げられてしまうと言う描き方が、容赦がない。
映画を観ているだけなのに、自分が何をする事もできない無力感に襲われてしまう。
あるいは、杏が昔の仲間に引き戻されると言う展開の方が、もう一度誰かに救いの手を差し伸べてもらえるかもしれないという希望がある分、まだ救われたのかもしれない。
主役の河合優実、多々羅役の佐藤二朗など役者陣も実力者を揃えているが、中でも母親役の河井青葉の毒親っぷりが作品全体にかなり機能している。
実際の事件を元に描かれているという事だが、物語としての完成度はかなり高い作品だと思った。
82.あんのこと
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