説明不要の、米アカデミー賞受賞作品だ。

クリストファー・ノーランらしく、重厚な作品だった。

 

1954年、オッペンハイマーは聴聞会に出頭していた。

原子力委員会から訴追を受けたからだ。

いわゆるオッペンハイマー事件だ。

聴聞会では、オッペンハイマーの過去の履歴も確認される。

そこで若き日のケンブリッジ大学留学について尋ねられるが、オッペンハイマーは地獄のような日々だったと答える。

 

オッペンハイマーがケンブリッジに留学した1920年代の物理学は、仮説を実験によって検証する実験物理学が主流だった。

しかし実験が苦手なオッペンハイマーは落ちこぼれてノイローゼ状態となり、当時の指導教官を毒殺しようとしてしまう。

その後オッペンハイマーは、周りの勧めもあり理論物理学を学ぶためにドイツのゲッティンゲン大学へ移籍、ここで飛躍的に業績を上げてアメリカに戻る。

 

第二次大戦前は、アメリカでも共産主義者が多くなっていた。

その頃はオッペンハイマーの弟、その彼女が共産党員で、オッペンハイマーも弟たちと一緒に共産党の集会に参加した事もあった。

そして恋人のジーンとも出会う。

しかしオッペンハイマー自身は、共産主義に共感することはなかった。

 

その後第二次大戦が勃発し、ヨーロッパでの戦線は激しい戦いを繰り広げていた。

そしてナチスがV2ロケットを開発。

アインシュタインをはじめとした物理学者たちは、理論物理学が発達しているドイツが、原子爆弾を開発する可能性をルーズベルト大統領に警告する。

そこでアメリカ政府は、原爆製造のマンハッタン計画の責任者に若きオッペンハイマーを任命し、オッペンハイマーはロスアラモスに巨大な街を建設した。

オッペンハイマーたちに課されたミッションは、ドイツよりも先に原爆を製造する事だ。

しかし原爆の製造は理論上は可能でも、実現するためにはウランの精製をはじめ数多くの難題を解決しなければならなかった。

 

オッペンハイマーの生涯と、第二次大戦前後のオッペンハイマーをはじめとする物理学者の平和に対するさまざまな考え方、そしてアメリカ政府の考え方などが語られた作品だ。

この3つの要素がうまくミックスされている。

オッペンハイマーが戦後マッカーシズムで訴追されていることは、日本でもよく知られている話だ。

ただそれが、水爆製造に反対した事が理由である事は、よくわかっていなかった。

元々オッペンハイマーをプリンストン高等研究所の所長に抜擢したアメリカ原子力委員会の委員長ストローズが、後半では激しくオッペンハイマーを攻め立てる。

個人的には、終戦時の大統領がトルーマンではなくルーズベルトなら、原爆は落とされなかったのではないか、とも思っている。

そしてこの映画を観て、その考えはより強くなった。

 

日本では、映画内に原爆投下後の広島と長崎のシーンが描かれていない事をやたらと指摘する愚か者がいる。

だが、この映画はオッペンハイマーの自伝とも言える作品だ。

そしてオッペンハイマーは、終戦後に長崎、広島の事を語ることはなく、来日した際も両都市を訪れなかった。

言うなれば、彼は広島と長崎を正視することができなかったのだ。

作品内に広島と長崎が描かれていない事、その事がオッペンハイマーの内面を表しているとも言える。

「広島と長崎のシーンが描かれていない」と言うのは、イコール作品の内容を理解できていない、と断言していいだろう。

 

ただ一つ難点は、物理学者をはじめ登場人物が多く、かつ原爆研究のシーンはスピーディに進むため、途中で誰が誰なのかわからなくなってしまった。

これは「ダンケルク」の時も同じで、単純に私の理解力が足りないだけかもしれない。

 

最後に、後半オッペンハイマーを攻めるストローズがロバート・ダウニー・Jr.だと言う事に、エンドロールで気づいた。

男優賞のキリアン・マーフィー、助演女優賞のエミリー・ブラントとともに助演男優賞を受賞しているが、納得の受賞と言えるだろう。

 

 

58.オッペンハイマー



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