がんと仕事

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2019年4月23日

 

食道がん手術から1年9カ月を迎えました。

 

仕事していないのでストレスフリーで暮らしています。実家暮らしで家賃不要だから、がん保険給付金の黒字分と貯金で生きていけてます。

 

2017年7月の食道がん手術は腹腔鏡手術だったので、傷跡も極小で本来なら2週間で退院し数カ月の休養後に再就職するはずだったのに。

 

術中のアクシデントで気管支に穴が空いて気胸、声帯麻痺、気管切開、両頸部リンパ節切除、2度の抗がん剤、脱毛、S状結腸穿孔、人工肛門(ストマ)、3度の誤嚥性肺炎、腸閉塞、ストマ落としとトホホな経過で仕事ができる状況ではなく2年近くが経過。

 

昨年12月の経過観察が終わったら「1月から仕事探そうかなぁ」と思っていたのに、2月の下咽頭がんELPS(内視鏡手術)で、また振り出しに戻る。

 

もちろん早期で見つけて内視鏡でサクッと治療できたから良かったのは間違いないけれど。

 

ハムスター ハムスター ハムスター ハムスター ハムスター ハムスター

 

働いている人ががんになったら。

 

大手企業にお勤めで休職&休職手当金が貰える人はいいけれど、中小企業で辞めざるを得ない人はその後が大変。

 

私が舌がんステージ1になった時は社長の理解があり3週間の休職後に復職。ただし治療後2年を目前に頸部リンパ節転移し、激務によるストレスからの遠隔転移が怖くなり退職。

 

後に何度か転職したけれど、がんの事は言わずに面接&働けたし、体力的な支障もなかったので問題なし。

 

でも、食道がんの開腹を伴う外科手術後は違いました。

 

前述の通り様々な合併症が起き、幾度の突発的な入院を経験すると正社員での再就職はかなり難しい。

定期的に上京しての通院とたまの入院&手術のリスクがある私の事情を正直に話して、受け入れてくれる会社なんてないよなと思うと正社員への応募は躊躇します。

 

編集記者の仕事はやり甲斐もあるし面白いけれど、斜陽産業だしストレスも多いのでもうやらないつもり。

 

正社員や立ち仕事は無理なので「何か楽な事務仕事はないかなー」と思ってたら、偶然見つけました。

 

近所のフィットネスジムで受付のお仕事。マノンは小学校〜高校まで硬式テニス部に所属した体育会系です。

 

学生時代に3年間、フィットネスジムで受付のアルバイトをしていたから要領もわかっているし、座り仕事だから楽。スポーツマンとの交流も楽しいのでダメ元で応募。

 

正社員採用ではないので、がんの事は言いませんでした。

 

面接の時に「今回は応募多数なんですよー」と言われたけれど、運良く合格しました♡

ワーイヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノワーイ

週3〜4日勤務で、勤務日も融通が効くから東京や地元での経過観察も難なく可能なのでひと安心。

 

万が一、緊急入院になったらその時に考えればいいや。

 

この1年9カ月、ほとんど引き篭もり状態だったので明日から始まるお仕事が楽しみです。

 

面接官が履歴書を見ながら「マノンさんは英語が喋れるんですね。最近は外国人の方も多いので期待していますよ!」と言われて汗…。

 

一応、むかーし昔に英国に半年間、語学遊学し(留学ではない)、仕事では海外取材も多かったけれどもうすっかり錆びついてるし。

 

でも英会話の勉強をするのも楽しみ。2年ぶりのお仕事、頑張りま〜す♪

 

なんじゃこりゃー

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2019年4月12日
 
今日、スタバの店頭で新作のストロベリーベリーマッチフラペチーノ ホワイトの試食を戴いたら、美味しかった。食後に少し咳き込む。
 
その後、自宅に戻り何度か強めに咳き込んだら、コロンとした何かが喉の奥から口の方へ。
 
5ミリ位の固い何か。フラペチーノの小粒のマカロンが喉頭蓋辺りに引っ掛かっていたのかと口から出したら。
 
 
なんじゃこりゃー!!!

 
小さなスポンジ状の物が2個、青いナイロン糸で結紮(けっさつ=糸結び)されている。裏面は血の跡なのか一部が褐色。
 
昨日、ヤフオクドームでホークスvs日ハム戦を観戦した際、ジェット風船がなかなか膨らまず、何度も強く息を吹き込んだので下咽頭と食道の接合部にかなりテンション掛かっていた。
 
去年、ジェット風船を膨らます際に接合部への負荷と張りが酷く「圧で裂けるんじゃないか?」と不安になり主治医N医師に「ジェット風船、膨らませても大丈夫?」と相談。
 
真顔で「そのくらいじゃあ裂けませんよ」と。
 
接合部は金属で接合しているそうだ。
 
喉の奥から転がり出た小さなスポンジはいったい何なのか。2年前の食道全摘の際の物なのか、2月のELPS(内視鏡手術)の際の物なのかわからない。
 
余分な糸はないので、組織に結び付けられた物ではなさそう。止血か何かで出血点に留置したまま取り忘れたのか。
 
詳細は後日書くけれど、2月のELPSの際に昨年12月に撮った造影CTの気管支内側にポチッと写る腫瘍らしき物(5ミリ)が発見されて一騒動ありました。
 
今日、喉から転がり出てきた謎のスポンジ。まさかそのポチッじゃないのかと思ってビビりました。
 
今のところ特に咳き込んだり血痰を吐くわけではないので、恐らく大丈夫そう。
 
しかし、万が一にも肺に誤嚥していたら大変な事になってました。
 
来月の診察の時に実物を持って行き、N医師に「これ、何ですか?」と問い詰めなければ。
 
N医師のことだから真顔で「わかりません」と言いそう。
 
いま読んでる医師の書いた本によれば、素直に「わかりません」と言う医師は良い医師だそうですけれど。
 
 
三毛猫 三毛猫 三毛猫 三毛猫 三毛猫 三毛猫
 
 
以下は熊本ニャンズのおまけ写真。
 
背後に立つ母を見上げてかつおぶしをねだる悪ごろう
 
背中にぬいぐるみを乗せられて迷惑そうなポポ
 
母のダウンベストにくるまり暖を取るムー
 
悪そうな顔をしています。
 
 

医者の本音

2019年4月6日
 
お待たせしました。新元号は「猫」です。

※画像はネットからお借りしました
 
合成技術がすごいー。世の中には面白い事を考える人がいるもんです(^^)
 
黒猫 黒猫 黒猫 黒猫 黒猫
 
さて、本題。
 
2月に下咽頭がんのELPS(内視鏡手術)で入院した時、前泊したホテルで戴いた新聞に興味深い書籍の広告があったので切り抜き。
 
 
■目次
第1章 医者の本音 その一言に込められた真意
第2章 医者は言わない 薬・手術の本当のところ
第3章 病院の本音 患者の都合 医者の都合
第4章 医者のお金と恋愛 その収支明細と私生活
第5章 タブーとしての「死」と「老い」 人のいのちは本当に平等か?

 

↓詳細な内容や評判はこちらからどーぞ

 

以前の診察で主治医N医師と上記の無給医問題について雑談していたので、N医師がひとりで回診に来た時に「せんせー、この本を買おうと思って」と見せました。
 
仕事熱心なN医師は世間の事象に疎い事が多いのに、一瞥して「ああ、駒込病院の先生ねー」と即答したのでビックリ!!!
 
後日調べたら中山医師は消化器外科の専門医でした。そりゃ知っているわけだ。
 
とりあえず図書館の蔵書検索したら60人待ち。買うしかないか。

自分は編集者が生業のくせに長いこと読書から遠ざかっていたけど、ようやくその気に。やはり芽吹きの春はやる気を呼び覚ますようです。
 
まずは図書館にあった『ぼくが医者をやめた理由』(永井 明著)、『患者を生かす医者、死なす医者』(大鐘稔彦著/『孤高のメス』の著者)を借りる。
 
ほかにも『患者力 弱気な患者は、命を縮める』(南淵明宏著)や『患者さんに伝えたい医師の本心』(高本眞一著)を予約。
 
うさぎ うさぎ うさぎ うさぎ うさぎ
 
私の母方の祖父も曽祖父も皮膚・泌尿器科の開業医でした。曽祖父によれば、祖先は橘藩(柳川藩)の御典医(ごてんい・江戸時代に将軍家や大名に仕えた医師)だったそうです。
 
父が食道がんになった後、浪人生だった私は医学部受験も考えたけれど、サラリーマンの娘だったので授業料を考え断念。そもそもど文系だし。

ど理系の兄は医学部受験を勧められたけど「血を見るのが怖い」と断っていました。ダメ兄妹です。
 
その後、ご縁がありドクターヘリの法制化を目指す雑誌の仕事で各地の救命救急医などを取材執筆。みなさん独特の価値観を持つ癖のあるキャラクターで、話を聞くだけでワクワクしました。
 
取材の際にドクターヘリに一度、載せて戴きました♡
 
まさかその後、自分ががんに罹患するとは夢にも思ってもいませんでしたが。
 
自身のがんを機に、治療で出会った様々な診療科の個性的な医師たちと話す事でますます医療の世界に興味を持ちました。やはり血筋なのか。
 
良い記事を書くためには、まず、相手の属する世界や文化、背景を良く知る事。記者の習い性であり取材相手への最低限の礼儀でもあります。
 
という事で、しばらくは読書で寝不足が続きそうです。
 
 

2019年3月31日

 

今日はどーでもいい話です。

 

花見に野球観戦にと忙しい日々を楽しく過ごしております(;´∀`)

 

昨日はご近所さんにチケットを戴きヤフオクドームでホークス対ライオンズの開幕戦を観戦。

 

ライオンズに勝ったどー!!!

 

からの勝利の花火&ルーフオープン(オープン費用は100万円らしい)。

 

デイゲームでのオープンは初見。神々しくて天岩戸みたい。

 

パンダ パンダ パンダ パンダ パンダ パンダ

 

先日は泡好きの友人に誘われてドン・ペリニヨンの試飲会に参加。

 

参加費5,000円で3種のヴィンテージを戴きました。

 

1)ヴィンテージ2008年/24,200円(750ml)熟成1期目

 

2)P2 2000年/53,000円(750ml)熟成2期目(熟成16年)

 

3)ロゼ 2006年/41,000円(750ml)熟成1期目

 

私的には3番目のロゼが好みでした♡

 

年代物は泡がクリーミーで熟成したワインの味わい。お気付きの方もいると思うけど、シャンパングラスではなくワイングラスでくるくるして香りを楽しむそうです。

 

セラーを持つ友人はミレニアムイヤーのP2を購入。ドン・ペリニヨンのブランドアンバサダー、ティモシー・ベックさんと記念撮影。この方、日本語ペラペラでイケメンでした。

 

40,000円以上お買い上げの方限定プレゼントのノベルティ(シャンパンストッパー)。いいなぁ〜。

 

世界で1番ドンペリを飲む国はどこでしょう。

 

1位はアメリカ。

 

そして2位は…。

 

日本だそうです。上客ですね。

 

さて。今日で平成も終了。←あははー、来月でした!Sii-☆さん、ありがとう♡

 

私の勘では新しい元号は「仁」か「幸」が付くような…。

おわりっ

 

2019年3月19日

 

ここ数年、母は、寝たきりの従姉妹(脳梗塞で半身不随)の話し相手として毎月4日程、熊本の親戚宅へ行っています。

 

ところが先月、在宅で従姉妹のお世話をしている旦那さんが入院する事態となり。

 

立派な3世帯住宅で同居する2人の娘夫婦と近くに住む1人の娘夫婦がいるけれど、3人とも仕事や育児が忙しいという事で母がかれこれ20日間、お世話で滞在中。

 

母とは「3人も実の娘がいるのにね。それもまた人生だね」と話しています。

 

ずっと一人暮らしをしてきた私なので、月に4日母がいないと「伸び伸びできるわぁ〜」と羽根を伸ばしていました。

 

でも、母と暮らして4年。たまに喧嘩もするけど仲良し母娘なので、20日も食事&話し相手がいないとさすがに寂しい。

 

張り合いもなく食べる気にもならず、体調もいまいちでちょいと鬱々していました。

 

散歩と運動を兼ねて近所のスーパーへのお買い物が日課です。

 

今日のこと。

 

会計を終えてレジかごを荷物台に。マイバッグに荷物を詰めていると、すぐ横にかなり高齢の女性が所在なく立って、なんとなくこちらを見ているような。

 

人をジロジロ見るのが嫌いなので「どうかしたのかな」と視界の端に。

 

私が荷物を詰め終わると、その女性がおずおずと私に小さな声で話しかけて来ました。

 

「いれて」

 

「ん?」と思い、台を見てもレジかごもバッグもない。

 

「何を入れますか?」と聞き返すと、また「いれて」と。

 

女性を良く見ると、背負ったリュックの紐が左の肘に引っ掛かっていました。

 

すぐに「リュックですね?」と、背後にまわり両肩に紐をきちんと掛けてあげると微笑み、小さな声で「ありがとう」と言ってよちよちと出口へ歩き始めました。

 

恐らく、その女性は助けてくれる人をしばらく遠慮がちに待っていたのだと思います。

 

身綺麗でパーマのかかった白髪、唇には赤い口紅。

 

私もスーパーを出て、自宅へ歩いていると涙が滲みました。

 

助けてくれる身内は誰もいないのだろうか。

 

ああ、私は絶対に母よりも長生きして母を看取らなければ。

 

そう思った一日でした。

 


 

 

2019年3月17日

 

下咽頭がんELPS(内視鏡手術)の事を書くのサボってます。ネタはたくさんあるのに。長くなったのでボチボチどうぞ。

 

黒猫 黒猫 黒猫 黒猫 黒猫 黒猫

 

3月15日ギリギリに確定申告終了。友人の仕事を手伝った還付金はわずかな額だけど、お金は大切。

 

2018年の医療費は100万円ちょい。入院は70日で交通費(飛行機代含)を入れると総額は130万円弱でした。

 

がん保険にて黒字でカバーされたので、ありがたい。

 

入院は下記の通り。

1〜2月/抗がん剤治療&S状結腸穿孔(28日間)

3月   /誤嚥性肺炎&腸閉塞(22日間)

4〜5月/ストマ落とし(20日間)

 

上記の入院はずいぶん昔の事のような気がするけど、去年なのかとしみじみ感慨にふける次第。

 

食道がんの再発率は丸2年で下がるけど、気がつけば残り4カ月で2年経過。頸部リンパ節転移が6個あった私の場合は3年経過がキモだけど、それでも7月が待ち遠しい。

 

ちなみに今年2月に手術した下咽頭がんは再発転移ではなく多発(原発)です。「これからもポコポコ出るけど、早期で見つけてELPSで取ればいい」という主治医N医師の自信満々なセリフとB病院食道外科の早期発見の実力を目の当たりにしているので、変な言い方だけど、下咽頭がんについては全く不安がないのが正直なところ。

 

やはり何でも話せて頼れるドクターズがいるって心強いものです。

 

黒猫 黒猫 黒猫 黒猫 黒猫 黒猫

 

さて。年初から落ち着かなかったので、年初のおさらいを。

 

1月はブロとものけいたんさんとくまやさんと九州女子会。初対面でしたが、気がつけば閉店時間まで美味しく&楽しくお話できました(^^)

 

お土産を戴きありがとうございます♡

 

私からは鹿児島のお菓子セット。いかに食い気満々か…。
 

けいたんさんからはフランフランのお手入れセットと八坂神社の清めのお塩&南蔵院の仏足お守り。くまやさんからは宗像(むなかた)大社のピンク色のかわいいお守り。

 

南蔵院は福岡県でさまざまなご利益が享受できるパワースポットとして有名で、世界一巨大な釈迦涅槃像があります。黄金色の仏足お守りは胎内参拝しないと授かれないお守り。
↓ご利益おいでませ〜(・∀・)♪

 

住職さんが宝くじで何度も高額当選された事で金運の参拝でも大人気。私も近いうちに高額当選しますように☆彡

 

清めのお塩は、私が入院中にHCUで妙なのと遭遇しないようにとの配慮。お陰様で妙なのは登場しませんでした(;´∀`)

 

黒猫 黒猫 黒猫 黒猫 黒猫 黒猫

 

そして、宗像大社は全国の宗像神社の総本山。2018年に世界文化遺産に指定され、海路や陸路の安全を司る神様として有名なパワースポット。近くに嵐のCM「光の道」で話題になった宮地嶽神社もあります。

 

冬の寒さで喉の締め付けが酷く嚥下不良になっていた私ですが、二人と会っている間、不思議な事にパクパク料理が食べられました。けいたんさん&くまやさん、楽しいひとときをありがとうございました!

 

黒猫 黒猫 黒猫 黒猫 黒猫 黒猫

 

そして2月。2014年6月に初開催された「舌会」第一世代のりょくちゃんと5年近い時を経て再会♡

 

りょくちゃんは一家4人で中国地方から九州まで弾丸ツアー。入場直前のアンパンマンミュージアムで会いました。

 

愛娘のりょくこちゃん&ちゃこちゃん(撮影は素敵な旦那様。指のみ登場です)。私に抱っこされて暴れるちゃこちゃん(;^ω^)

 

実は私、ちゃこちゃん(ブログネーム)の名付け親なんです。だからずっと「抱っこして記念撮影したいねー」と話していました。

お土産に生もみじまんじゅう(写真撮り忘れ)と小豆島から取り寄せているというガーリック&しいたけオリーブオイルを戴きました。短い時間だったけど会えて良かった。ありがとう、りょくちゃん!

 

ブロともさんたちにたくさん元気を戴き、無事に2019年の春を迎えています。

 

おわりっ

 

 

2019年3月9日
 
現在も液体はゴクゴク飲めず、ほんの少量を顎を引いて慎重に飲むため、術後〜つい最近まで経口で錠剤を飲めず、お湯で溶かして腸瘻経由で注入していたマノンです。
 
現在の薬は朝のタケキャブのみ。ELPS術後は喉の痛みがあるので定時の痛み止めを追加してます。
 
腸瘻もいずれ外したいから錠剤を経口服用でチャンレンジ中。舌の中央奥に錠剤を縦向きに置き、少量の水を含んで勢いよくごっくん。
 
が、一昨日の夜中の12時。
 
就寝前にサプリのL-システイン(アミノ酸)を飲んだら、喉奥の右側に引っ掛かってしまった。
 
普段は追加の水を飲めば落ちるのに、最近服用を再開した米国製のL-システインは何しろデカい(T_T)
 
↓左からボルタレン、トラムセット、L-システイン(でかっ)。

 
従来、ボルタレンとトラムセットは金槌で粉砕し溶かして腸瘻経由でしたが、経口で飲めるようになってました。

なわけで、油断しました。こんなデカい錠剤やめとけばいいのに、粉砕しろよってね…(;´∀`)

飲み込みに失敗し、錠剤表面のフィルムコーティングが喉粘膜のヒダにひっついてしまったらしく、何度水を飲んでも取れない。
 
非常に苦しいので、スマホで解決策を模索。

バナナやパン、栄養ゼリーを飲み込んでも駄目。錠剤がハマった箇所がどんどん痛くなる。

ひっついたまま少しずつ溶け始めたらしく、苦くて酸っぱい液が喉に染み始める。
 
起立して高速で踵の上げ下ろしを何度もし、物理的に落とそうとするも落ちない。
 
お湯を飲んだり、鼻うがいしても取れない。
 
 
何をしても取れなーいっ!!!

 
もういっそ寝てしまおうかと横になると、アミノ酸の苦味と酸味が喉にじわじわ拡がりムセて眠れない。
 
消化器粘膜の保護液「アルロイドG」を飲んでも1分で効果切れ。
 
 
(つд⊂)エーン…

 
我慢できん!と飛び起きた瞬間、錠剤が少し弾けたのかパフっと粉状の物が喉に。
 
そこから、ゲホゲホゲロゲロ強制嘔吐。なりふり構わず排出を試みる。
 
喉はまだ痛いけど、かなり取れたような気がするような。
 
時計を見たら夜中の3時。3時間の死闘でした。
 
 
(ヽ´ω`)ゲッソリ…
 
 
ようやく左側のELPSの痛みが収まって来たのに、現在は右側の痛みと闘っています。2日経っても喉の痛みで嚥下困難。
 
アホか…。
 
錠剤が喉や食道に貼り付いて流れないと、濃度の高い薬の成分で粘膜が炎症を起こす可能性があるそうです。
 
もうズボラはしません。反省。
 
錠剤はコップ一杯の多めの水でしっかり飲みこんで下さいませ。
 
おわりっ
 
 
 
 


 
2019年3月8日
 
2月に下咽頭がんのELPS(内視鏡手術)で上京した当日、私のブログを一生懸命に読んで「マノンさんに会いたい」と言って下さった食道がんステージ4のKさんという女性のお見舞いへ都内の病院を急遽お訪ねしました。
 
わずかな時間でしたが、デイルームで今後の事などをお話をしました。痛みと腹部の圧迫で辛いのに、事前にご自身で美味しいプリンを用意して下さる心優しい方です。
 
きっかけはその方のために、食道がんの情報をネット検索し、昨年末に私のブログに辿り着かれた親友であり盟友であるHさんとMさんという女性お二人からのご相談でした。
 
今後の治療法について、緊急で時間がなかったため、B病院のM先生にメールで相談をしQOL向上のための手術を決意(ご自身の病院です)。その後、前向きな気持ちで緩和病院に転院されたのですが急速に容態が悪化しました。
 
そして昨日、お亡くなりになったと連絡がありました。
 
私がお訪ねしてからわずか3週間弱の出来事でした。
 
一度しかお会いする事はできず、私は何の役にも立てませんでしたが、凛として孤高の志が伝わってくるとても素敵な50代の女性でした。
 
Kさんはとても優秀なビジネスウーマンで、先輩であり親友であるお二人の尽力により、最期はご家族に見守られて眠るように息を引き取ったそうです。

Kさんはご自身の運命を受け入れ、お一人でしっかりと終活までされてました。
 
昼夜を問わず大好きな彼女のために尽力し奔走する親友のHさんとMさんの無償の愛に心打たれました。
 
Kさんのご冥福を心からお祈り致します。
 
 

2019年3月5日

 

ELPSで入院した時の話とかあるのですが、サボっています(;´∀`)

 

今日はがんとは別のお話。

 

高校生の時、初めてした献血。数日後に日赤から送られてきた手紙には「あなたはB型肝炎のキャリア(感染者)なので献血はできません。子供の時の集団予防接種が原因でしょう」とありました。

 

つまり、子供の頃に行われた予防接種時の注射針の使い回しによる感染(当時は1本の注射を針を変えずに連続して数人に接種していたので、私より前に接種した子がB型肝炎だった)。

 

「肝炎を発症するのは数%で、発症しなければ日常生活に問題はない」という事で、漠然と放置していました。あ、もちろん医療者(歯科含む)には問診時にキャリアである事を伝えていました。

 

北海道で集団予防接種の責任を問い国に対して訴訟を起こした5名の方が2006年に最高裁で勝訴し、その後、全国10の地裁で被害者が集団訴訟を開始しました。2011年に国と弁護団との間で基本合意が成立します。

 

私は仕事が忙しく様子見をしていましたが自身が舌がんに2度罹患した事もあり、さらに訴訟期限があると知り(その後、延長)、2016年に集団訴訟に加わりました。

 

集団予防接種を受けていた時期は40年以上前の事(昭和40年代)なので、集団予防接種で感染したという証拠(資料)集めが大変でした。

 

父が新聞記者という仕事の関係もあり、0〜7歳までに8回の引越し。幼稚園は2回、小学校は5回転校。そこに在籍していた証明が必要。

 

マメな母が私の母子手帳をはじめ、兄や私の幼稚園の名前が印字された記念写真(入園や遠足や卒園)、通信簿、卒業証書などを保管しアルバムにしてくれていたので、すべて弁護士に提出。

 

私だけでなく母も各種血液検査を受け(母子感染や海外での感染でない事を証明)、過去の健康診断記録(私もマメに保管してた)、数度にわたるB病院やF病院での医療記録の開示請求、改製原戸籍の取り寄せ(別地域)など、とにかく証拠集めに奔走。

 

2016年3月に証拠集めを開始し、9月に訴訟委任、11月に提訴。その後も国(厚労省)から数度の証拠の追加提出を求められ、集めては提出しました。

 

そして、他の原告の方の裁判の傍聴に地裁へ何度も足を運びました。

 

原告団への最初の問い合わせから丸々っと3年。

 

ながっ。

 

ようやく本日、私と国との和解が成立しました。

 

( ゚Д゚ノノ"☆パチパチパチパチ

 

私は提訴までに20年を経過しているので和解金はわずかですが、今後の定期的な検査代は国が負担。病態が悪化した場合は、病態に応じて追加の和解金を受け取る事ができます。

 

というのも、食道がんになって2度の抗がん剤を経験しましたが、抗がん剤は肝臓への負担が大きいのです。

 

これで今後、私が肝硬変や肝臓がんを発症し死亡しても母に相応の和解金が支払われるのでホッとしました(T_T)

 

もし、B型肝炎の無症候キャリアの方が訴訟を考えて私のブログにたどり着かれたら。

 

下記、全国B型肝炎訴訟弁護団へご相談ください。

全国B型肝炎訴訟弁護団(リンク)

 

「B型肝炎訴訟」で検索すると上位にずらずら並ぶ弁護士事務所や盛んにTVCMを行っている弁護士事務所は訴訟のフリーライド(タダ乗り)です。

同じくTVCMが盛んな消費者金融のグレーゾーン金利と一緒で、これらの問題に手弁当で必死に取り組んだ弁護団・原告団と国・企業との和解が成立した後は、損害内容を証明するだけで苦労なく和解金の一部を弁護士報酬としてゲットするズルい商売です。

 

先日の関西系のTV番組「そこまで言って委員会NP 弁護士のお仕事スペシャル(読売テレビ)」で言っていたように、弁護士が増えすぎて仕事がないからこういうアコギな商売で糊口を凌いでいるそうです。

当時、「どこの弁護士事務所に依頼しようか」と調べたらそういう事が判明したので、私は目先の弁護手数料の安さにとらわれず全国B型肝炎訴訟弁護団を選択しました。

↓下記の【テーマ4】がB型肝炎訴訟についてです。
そこまで言って委員会NP(3月11日17時59分まで無料視聴可)

 

訴訟を迷われている方は、どうぞ長年、手弁当で国と闘って勝訴を勝ち取った彼ら・彼女らの偉業に報いるため、全国B型肝炎訴訟弁護団へのご相談・ご依頼をお願い致します。

 

 

 



 

退院しました

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2019年2月25日
 
土曜日に無事、退院しました。
 
退院した日は仲良しのブロともさんと品川で3時間もお喋り&情報交換。久しぶりに乗ったスカイマークは桜でした。桜咲く♡

 

短期間の入院にも関わらず、たくさんの方がお見舞いに来て下さいました。心のこもったお見舞いの品々をありがとうございます。お互いに頑張りましょうね〜!
 
退院前日に母に連絡すると「今、下関に向かってる♪」と。退院祝いに唐戸市場で天然本ふぐ(とらふぐ)の巨大白子と本体を買って来てくれました。
 
本体はお刺身とふぐちりに。
 
白子は塩焼きに。トロトロで(゚д゚)ウマー
 
ふぐのお刺身。身皮(みかわ)も母が湯引きして上手に処理。
 
あらはふぐちりに。このあとふぐ雑炊にします♡
 
昨日は旅の疲れで寝ていました。
 
術後の喉はまだ痛いですが、出血などもなく経過は良好です。

これからブログを再開します。コメントのお返事も少しずつ書いて行きますのでよろしくお願い致します(^^)