『ふるあめりかに袖はぬらさじ』

歌舞伎座で久々に感動した。有吉佐和子の名作として名高く、杉村春子お園を演じて大当たりの頃、テレビで見た憶えがある。新派でも歌舞伎でも多く演られてきたが、生で観るのは初めてだった。初演は昭和47年というから最近のようでもあるがもう50年経っている。

玉三郎は、科白も振る舞いも全部その場でのアドリブではないかと思えるほど素で演っている、正確には、素のように演じている。いつものことながら長い科白をよく喋れるものだと関心してしまう。

舞台は、幕末から明治維新にいたる頃の横浜の妓楼•岩亀楼。岩亀楼では、ラシャメンを置いていて、アメリカ人•イルウスに花魁を世話するあたりは、カタコト英語でのやりとりなどが可笑しくて笑える場面であった。

イルウスは、病気から回復して座敷に出た花魁•亀遊に一目惚れ、店の藤吉(亀遊を気に入っている)に身請け話の通訳をさせる。岩亀楼の主人が見請けを承知すると、藤吉との恋に絶望した亀遊は自害。

攘夷の風激しき頃で、一躍、岩亀楼は、「攘夷の志士たちの聖地」となった。やがて亀遊の死の真実を知るお園までもが、亀遊の死の「語り部」となってゆく。

ある日、攘夷侍達に亀遊の死をとうとうと語っていたとき、侍達の先生•大橋訥庵を知っていたというお園が許せなくなり、一人が刀を抜いた。他の侍が「以後、大橋先生のことを口外するな」と、口止め料を払って、その場を去る。

 

残った〈お園〉ひとり

ここからが、玉三郎•お園の見せどころ、聴かせどころ。

「…抜き身が怕くて、刺身が喰えるかってんだ。わたしが喋ったのは、全部本当だよ。花魁は異人さんに身請けされかかって、それで喉ついて死んだんだい。……そんなお偉い先生なんぞとは口をきいたこともございませんですよ。……みんな嘘さ、嘘っぱちだよ。おいらんは、亀遊さんは、淋しくって、悲しくって、心細くって、ひとりで死んでしまったのさ。(汽笛の後、雨音大きくなる)それにしても、よく降る雨だねぇ。(舞台中央、悲しそうに佇むうしろ姿)」

 

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感動したのは、「全部本当だよ」と言って、すぐ「みんな嘘さ」と言うところ。

何が事実で何が嘘なんて…どうでもいいのです。

 

新吉原の頃から妹のように可愛がっていた亀遊の死を嘆くのが自分の心情の吐露と重なって聞こえるのは言うまでもない。

人間は真実や純傑だけに生きるわけではない、嘘でも虚構にでも身を置いて生きる、世間というのはそういうドロドロしたものだ。

“純を通したが故に死んだ亀遊”“本当も胸にしまい込んでけなげに生きようとするお園”、どちらにも共通する哀しみ。人間に普遍する哀しみを想った。

悲観的過ぎるかもしれないけれど、そこに大いに感じ入ったのです。

 

 

2022/6/23 歌舞伎座