先日、ネットで東京の地図を見ていて、不図、ど真ん中を流れる「日本橋川」を歩いてみようと思い立ち、
千代田区の三崎橋付近の起点(神田川から分岐)から中央区の豊海橋付近の最終地点(隅田川と合流)まで、延長約5Kmを歩いてみました(2026/5/2)。
元々、日本橋川は昔の平川の流路を東へ付け替えたものという説が有力です。これによって①江戸中心部への洪水(過度な流れ)を防ぐ②日比谷入江の陸地化③河岸を造成するための流路確保を目指したのでしょう。それにしても「日本橋」が造られた後に、その下を流れるから「日本橋川」と称ぶようになったとは面白い。
先に外堀通りが見えます。
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0Km、0歩でスタート。
【小石川橋上】にて、初めて見る日本橋川の河口に軽〜く興奮!
カタカナの(ト)の字の右に日本橋川は流れます。真っ直ぐ先(左側)が神田川。
【あいあい橋】
【堀留橋】
【南堀留橋から下流方向】
【九段下】視界が広がってきたと思ったら九段下だった
【俎板橋から靖国神社を望む】
【宝田橋】
【雉子橋】
【皇居の内堀(清水清水濠に30mまで)に最接近地点】
【一ツ橋】
【一ツ橋御門の石垣】
【神田橋と喫煙家たち】
【鎌倉橋】
【常磐橋】都内最古の石橋、向こうに日銀が見えます
【常盤橋公園に立つ渋沢栄一翁】
【常盤橋】
三つのトキワバシについて 上流から下流は②→①→③の順です。
①常磐橋(旧名は常盤橋) 最初に架けられたのが天正18年(1590)。当時は木造でしたが、明治10年(1877)に洋風の石造りに。③が出来たとき、(常盤)が二つ重なったので、①は(般)の下の(皿)を割れない(石)と書くことで区別するようになった。現在の姿は、東日本大震災で被災した橋を修復したもの、歩行者用。で、歴史的価値が最も高い。
②新常盤橋 大正9年(1920)に、市電(後の都電)を通すために架けられた。①に対して、新常盤橋と命名された。道路橋。
③常盤橋 関東大震災後の復興事業の一環として大正15年(1926)架けられた。コンクリート製の道路橋。
【一石橋】
【西河岸橋袂の説明板】
【日本橋の麒麟像】
【江戸橋から日本橋を見て】
【江戸橋から日本橋ダイヤビルディング(旧三菱倉庫江戸橋ビル)を見て】
【日本橋ダイヤビルディングの中•同じ場所で同じ金庫の扉】
伝統と威厳を感じた
【鎧橋】江戸時代は“渡し”でした。写真右下に微かに鎧橋の文字。
明治5年(1872)架橋
【日本橋水門】
【箱崎川から上流方向】
【湊橋】
【日本川最後の橋•豊海橋】
【豊海橋上から左右に隅田川、右が永代橋】
クルーズ船に向かって手を振る
ちゃんと手を振って応えてくれました。
ヘルスケアをチェック
所要時間→2時間55分
距離→7.5Km
歩数→12010歩
我ながらお疲れさま😮💨
お付き合いありがとうございました🙇♂️





































