今日の助産院受診では、
私の↑蓄積疲労についても
たくさん愚痴を聞いてもらいました。
(助産師さん、優しいー)
そして話しながら思ったのは
(人間のカラダは睡眠(休息)を貯める事は出来ないのは当然としても)
私の今までの人生を振り返るに…
節目節目でしーっっかりと
休息をとり(完全無職をキメた 笑)
これでもか、とカラダを休ませて
当時
自分はただただ無力でゴミクズで
くる日もくる日も
食っちゃ寝くっちゃねしかしない
そんなテイタラクを
穀潰し
と卑下したりしてたけど、
今のような
極端に極限的な疲れが来ても
自分自身のなかで納得感があるのは
かつて、あんなにカラダを休めた時期が
あるからだと思わずにはいられないのでして。
カラダのメカニズム的に
寝溜めなんてできるわけないからこそ
今の蓄積疲労は解消してく所存とは言え
(次回は整体の予約は入れるつもり!)
心持ちや
納得感という意味で言えば
私のこの育児疲れは
むしろ喜びの意味合いすらあるわけです。
(それだけベビ待ち期間が長く辛かった 笑)
見方を変えれば
心地よい疲れ、と呼べるような
嬉しい悲鳴だったりする、て事
ホンマ妊活のスタート地点にすら立てず
ただただ年齢だけを重ね
(迫る出産リミットにただただ怯えて)
周囲と比べては
自分を穀潰しだと卑下していた
あの頃の時間こそ
今になって振り返れば
なくてはならなかったのであります!

