すっかりごぶさたしていました。
久しぶりの更新です。
今日はモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』の中のドン・ジョヴァンニとツェルリーナの二重唱をご紹介します。
ドン・ジョヴァンニとは、俗に言うドン・ファンのことで、『女たらし』の話をオペラにしたものです。
田舎娘のチェルリーナはマゼットとの結婚式の最中に、ドン・ジョヴァンニから誘惑されてしまうのですが、それを二重唱にしたものがLa ci darem la mano(奥様お手をどうぞ)です。
チェルリーナも誘惑されているうちにその気になってしまい、ドン・ジョヴァンニについていってしまうのですが、後でBatti, batti o bel Masetto(ぶってよマゼット)のアリアを歌ったりして結局のところ元の鞘にもどるのです。
映画『アマデウス』の中でもパロディーに使われていましたが、モーツァルトの美しいメロディーに、こんな人間臭い誘惑の歌詞が乗るところも、貴族層だけでなく一般大衆にも広まっていった理由の一つかもしれません。

ドン・ジョヴァンニにディミトリー・アレクサンドロヴィチ・ホロストフスキー(Dmitri Hvorostovsky, 1962年10月16日 - )
ロシア、クラスノヤルスク市出身のバリトンオペラ歌手・声楽家です。
プラチナブロンドの美しい髪が印象的で、歌唱力と合わせて今日のオペラ界のスターです。

チェルリーナにルネ・フレミング(Renée Fleming, 1959年2月14日 - )
アメリカ合衆国のソプラノ歌手。当代随一のソプラノと評され、リートを含む歌曲からオペラ、現代音楽にジャズと幅広い活躍をしています。



Là ci darem la mano,   あそこで手に手を取り合い、
Là mi dirai di sì     あそこで私にいいわと言うのだ。
Vedi, non è lontano,   ごらん、遠くはないのだ、
Partiam, ben mio, da qui. ゆこう、いとしいひとよ、ここを離れて。

Vorrei, e non vorrei,   そうしようかしら、いいえそうしてはだめだわ、
Mi trema un poco il cor; 心臓がちょっとドキドキするわ。
Felice, è ver, sarei,   ほんとうに、仕合わせになれそうね、
Ma può burlarmi ancor.  でも、まだからかわれているのかもね。

Vieni mio bel diletto;  おいで、わしの可愛いひとよ
Mi fa pietà Masetto;   マゼットが可哀そうだわ。
Io cangierò tua sorte;  お前の運命をわしが変えて見せよう。
Presto non son più forte; はやく、私もうそんなに頑張れないわ。
Andiam,Andiam...     行こう、行こう.....
Andiam...         行きましょう.....

Andiam,Andiam,mio bene,  行きましょう(行こう)、行きましょう(行こう)、恋(いと)しい人よ、

A ristorar le pene    けがれない愛の苦しみの
D'un innocente amor.   埋め合わせをするために!
今年の待降節11月28日が近づいてまいりました。
教会では二番目に重要な行事、クリスマスに向けて、色々な準備が進んでいることと思います。
子供の頃は聖歌隊で歌ったり、ハレルヤコーラスに参加したり、イエス誕生のオペレッタを演じたりと、教会でのクリスマスイベントは期待と喜びいっぱいでした。
もちろん子供なので、プレゼントをいただくことが期待の多くを占めていたのですが、音楽が大好きだったAmは、教会の礼拝堂で歌うと声が反響して素晴らしい響きになることが嬉しくて、とても楽しみだったのです。
教会以外でも年末に近づくと、クリスマスに因んだ音楽が盛んに演奏されるようになり、クラシック音楽に興味を持つ者にとっては、嬉しい季節と言えると思います。
今回選んだ曲エクスルターテ・ユビラーテは、モーツァルトが1773年に作曲したモテットで、この時期に良く歌われる曲です。
モーツァルト父子がミラノ訪問中に、モーツァルトのお気に入りのカストラート歌手ヴェナンツィオ・ラウッツィーニのために作曲されたものです。
現在では、通常リリック・ソプラノの主要なレパートリーになっていて、特徴的なスケールの連続とその華やかな曲調は、コロラトゥーラ的技術も要求されます。
3楽章からなり、冒頭楽章がソナタ形式をとっているので、声楽と管弦楽のための協奏曲のような構成になっています。
この「アレルヤ」だけ演奏されることもあります。
動画では、嬉しそうにスケールを楽しんでいるバルトリの姿に圧倒されます。
下から上までの音域を自在に操ることができるのは、本当に羨ましいことです。
確かな耳を持つことと稽古によるコントロールが自分の声を作っているのだから、一生諦めずに頑張るのみです!!


今日はスターバト・マーテル(Stabat Mater、「悲しみの聖母」)を御紹介します。
スターバト・マーテルは、13世紀のイタリアの修道士、ヤコポーネ・ダ・トーデが書いたとされるラテン語詩で、18世紀には「聖母マリアの七つの悲しみの祝日」のためのセクエンツィアとして、ローマ教会の公式ミサ典礼曲に採用されました。
中世の詩の中で極めて心を打つものの一つとして評価されています。
内容はイエス・キリストが磔刑になった際、母マリアが受けた悲しみを表した作品です。
ペルゴレージを初めとして、多くの作曲家が名作を残しています。

健康を害していたペルゴレージは、ナポリ近郊の温泉保養地ポッツオーリでコメディア・ムジカーレ「フラミニオIl Flaminio」を作曲し、ナポリのヌオーヴォ劇場で成功を収めました。
この頃最後の年になる1736年の初めに、ペルゴレージは病状が悪化し、ポッツォリの聖フランシスコ修道院に身を移しました。
ナポリに住む貴族の集まり、悲しみの聖母騎士団 Cavalieri della Virgine dei Dolori から委嘱され、「スタバト・マーテル」と「サルヴェ・レジーナ」を作曲しました。
その後まもなくの3月16日に26歳、結核で死去しました。

動画は、Katia Ricciarelli(イタリアのソプラノ歌手)Lucia Valentini Terrani(イタリアのメゾソプラノ歌手)の二重唱です。
このメゾソプラノの響きが素晴らしいのです!!揺るがないピッチと大きなフレーズ感。
はぁ~聴きほれてしまいます(*/▽\*)

スターバト・マーテルの一曲目  Dolorosa



こちらはラストの曲 Quando corpus です。
本当は全曲貼りたいのですが、とりあえず二曲アップします。
興味を持たれた方は是非全曲聴いてくださいね(*´-`*)ノ♪♬♫♫




STABAT MATER スターバト・マーテル
Sequentia (ln Festo Septem (聖母マリアの七つの苦しみの祝日の
Dolorum B. M. V.) セクエンツイア)
 

Stabat Mater dolorosa    悲しみに沈めるみ母は涙にくれて、
Iuxta crucem lacrlmosa,    み子が掛かりたまえる
Dum Pendebat filius.    十字架のもとにたたずみたまいぬ。
 
Cuius animam gementem,    嘆き悲しみ、
Contristatam ac dolentem,   苦しめるみ子の魂を
Pertransivit gladius.     剣が貫きたり。
 
O quam tristis et afflicta  おお、神のひとり子の
Fuit illa benedicta    祝福されしみ母は
Mater unigeniti.    いかに悲しく打ち砕かれたまいしか。
 
Quae moerebat et dolebat,   尊きみ子の苦しみを
Et tremeba, cum videbat    見たまいて嘆き悲しみ、
Nati poenas incliti.    うち震えたまいぬ。
 
Quis est homo, qui non fleret,これほどまで嘆きたまえる
Christi Matrem si videret   キリストのみ母を見て
ln tanto supplicio?    泣かざる者は誰か。
 
Quis non posset contristari, み子とともに苦しみたまえる
Piam Matrem contemplari    慈悲深きみ母を眺めて
Dolentem cum filio?    悲しまざる者は誰か。
 
Pro peccatis suae gentis   その人々の罪のために
Vidit Jesurn in tormentis   拷問と鞭に身を委ねたまいし
Et flagellis subditnm. イエスをみ母は見たまいぬ。
 
Vidit suum dulcem natum    また瀕死のうちに見捨てられ
Morientem dpsolatum,    息絶えたまいし
Dum emisit spiritum      愛するみ子を見たまいぬ。
 
Eja, Mater, fons amoris,   愛の泉なるみ母よ、
Me sentire vim doloris    御身とともに嘆くよう
Fac, ut tecum lugeam.    われに悲しみを感じきせたまえ。
 
Fac, ut ardeat cor meum    わか心がそのみ心にかなうべく
ln amando Christum Deum,   神なるキリストを愛する火で
Ut sibi complaceam.      燃え立たんよう、なしたまえ。
 
Sancta Mater, istud agas,   聖なるみ母よ、十字架に
Crucifixi fige plagas,     釘づけされたもうみ子の傷を
Cordi meo valide.     わが心に深く刻みたまえ。
 
Tui nati vulnerati,     わがためにかく傷つけられ、
Tam dignati pro me pati, 苦しみたまいし御身がみ子の
Poenas mecum divide. 苦痛をわれにも分かちたまえ。
 
Fac me vere tecum flere,    わが命のある限り、
Crucifixo condolere,    十字架につけられたまいしみ子に対し、
Donec ego vixero.     御身ともにわれにまことの涙を流させ、
                苦悩させたまえ。
 
Iuxta crucem tecum stare, われは御身とともに十字架のもとに立ち、
Te libenter sociare     御身とともに嘆かんことを
Tn planctu desidero. 熱望す。
 
Virgo virginum praeclara, 乙女の中のすぐれたる乙女よ、
Mihi iam non sis amara, われに辛くあたりたもうことなく、
Fac me tecum plangere. 御身とともにわれを泣かしめたまえ。
 
Fac, ut portem Christi mortem, われにキリストの死を負わしめ、
Passionis fac consortem 御受難をともにし、
Et plagas recolere.     その傷を再び得さしめたまえ。
 
Fac me plagis vulnerari, み子の御傷をもってわれを傷つけ、
Cruce hac inebriari     その十字架と愛をもって
Ob amorem filii.    われを酔わしめたまえ。
 
Inflammatus et accensus, おお乙女よ、審判の日に
Per te, virgo, sim defensus 火をつけられ、熱せらるるわれを
In die judicii.        御身によりて守らしめたまえ。
 
Fac me cruce custodiri, 十字架によりてわれを守り、
Morte Christi praemuniri, キリストの死によりて前を固め、
Confoveri gratia.     恩恵によりて慈しみ給え。
 
Quando corpus morietur, 肉体が死する時
Fac, ut animae denetur 魂が天国の栄光に
Paradisi gloria.     捧げられるよう、なしたまえ。
Amen.             アーメン。