午前の取調べが終わり、昼食の為私は留置場に戻った。

『一体なんなんや?あの調書は。』
『デタラメにも程がある。』
『到底納得出来るものではない。』 

しかし、馴れ初めがどうであれ、私が彼女に暴力を振るった事実は消えない。

どういう理由であれ、大柄の私が、女性である彼女に暴力を振るったことは、正当化出来ない。してはいけない。

彼女への怒りや憎しみは正直沢山ある。
しかし、彼女から沢山のものを貰った過去があるのも事実だ。

沢山の優しさ、励ましの言葉、楽しい想い出。
そして何よりも、可愛い娘を頑張って産んでくれて、私は素晴らしい娘の父親にならせてもらった。

怒りや憎しみ。
それだけではなく、感謝の気持ちも忘れたくなかった。



午前の取調べでは、全く事実とは異なる調書を読み上げられたが、それも全て受け入れるのが償いなのか?
でも、あまりにも違い過ぎて、許容出来ない。

そんな葛藤をしていた。
もちろん食事など喉を通らない。

動悸が激しくなり、指先も痺れ、汗もかいている。
パニック発作の前兆だ。

深呼吸をしたり、指先をもんだりしながら、必死で発作を起こさぬよう耐えていた。


そして13時半頃にまた調べに呼ばれた。



K刑事『それじゃあね、さっきの続きを読んでいきますね。』
私『ちょっといいですか?さっきの内容は事実とは異なります。』『異なっている部分は訂正してもらえませんか?』
K刑事『◯◯さんはね、傷害で逮捕されている訳です。』『後で話は聞きますが、事件には直接関係のない部分なんで、多少の食い違いは気にしなくてもいいですよ。』

デフォルトの優しい表情でこう話すK刑事。

多少の食い違い?
多少ではない!
全く違う!

まぁ、いい。
後でもう一度きちんと話を聞いてもらおう。



調書の、読み上げを再開するK刑事。

いよいよ暴力があった場面に話が及んだ。

『私は彼女を抱え上げ、床に叩き付けました。』『その時に彼女が後頭部を床に激しく打ち付け、ドンッと言う音がしました。』『私は痛いよパパ。と言う彼女の上に馬乗りになり、首を締め上げた後、怒りに任せ力いっぱい彼女のお腹を3回殴りました。』

これも全く違う。
逮捕当初から私は、抱え上げてはいません。と、警察署でも検察庁でも供述をしている。

実際に私がした暴力の記事です。
ダウンダウンダウンダウンダウン
傷害事件を起こした日



私は、動悸が止まらなく発汗も酷い状態になった。
それでもK刑事の調書の、朗読は淡々と続く。

段々とその声も内容も耳に入らなくなって来た。

とうとう私は発作を起こしてしまった。

K刑事は『少し休んでからにしましょうと。』言った。
私は、狭い取調室の中で紙袋も無い状態で。苦しみと呼吸が出来ない恐怖に耐えていた。

20~30分してなんとか治まったが、体も心もぐったりだ。



K刑事の調書の朗読が再開された。
相も変わらず身に覚えのないことだらけだ。

また動悸がして来た。
しかし私は言った。
『そんなことしてません!してないことがいっぱい書かれてるけど、私はそんなこと言いましたか?』

動悸の恐怖と発作をまた起こすのでは?という恐怖をこらえて言った精一杯の言葉だ。

その言葉に対して、ついにK刑事からデフォルトの優しい顔が消えた。

『ここだけは譲れへんぞ!大切なお母さんに暴力をしたとを娘が知ったらどう思う!自分のした事をよく考えろ!』と鬼の形相で怒鳴られた。

娘の事を考え涙する私に、K刑事は畳み掛けるように一気に調書を読み上げ、署名と指印をするように迫ってきた。

発作の恐怖、元来持つ自分の気の弱さに負け、私はそれ以上反論出来ず、調書に署名と指印をしてしまった。

つまりデタラメな事も含め全て認めたと言うことだ。
デタラメも含めて認めることが、償いなのかなとも思った。

一秒でも早くこの取調室から出たい!
取調べを終わらせたい!
その結果行き着く先が刑務所でもいい!

そう思う程私は怯えきっていたし、自分がした事実に関しては、反省と謝罪の気持ちを忘れたくなかった。

頓服さえあればもっと反論出来たかもしれない。
しかし元々わたしは、気が弱い。
守るべき家族も今はいない。
自暴自棄である。
頓服があったとしても、どこまで抵抗出来たかは疑問だ。

この調書に署名、指印を押してしまったことは後に後悔したし、今でも後悔と悔しい気持ちは残っている…


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