昨日何故か消えてしまった記事を書き直します。
全く同じ事を書くのは、過去の出来事を思い出しながら、かいつまんで書いているので無理です…
昨日書いた内容を、かなりはしょって、内容も異なるかも知れませんが、とりあえず頑張って今日は書きます(^_^;)
妻との間に、待望の子供が産まれた。
女の子だった。
とても可愛くて愛しかった。
最初は娘を抱っこするのも、おっかなびっくりだった。
首が座っていない赤ちゃんを抱っこした事などなかったからだ。
オムツの交換、沐浴もおっかなびっくりだった。
でも、娘のお世話をするのはとても楽しかった。
なんせ可愛くてしょうがないのだ。
お腹の中に居るときから暴れん坊だった娘。
妻のお腹をいつも蹴っ飛ばしていて、『早く出してよ~』と言わんばかりだ。
生まれて来てからも、掛けたタオルケットを蹴っ飛ばして、タオルケットを吹っ飛ばしてしまう。(笑)
何度掛けても吹っ飛ばす。(笑)
そんな、やんちゃ姫だった。
妻は根性が座っているというか、がさつ、というか、何かあっても『大丈夫なんじゃん?。』ってな、感じだ。
オムツの交換も超素早い、でも、雑だ(^_^;)
私はというと、超心配性。
ちょっと吐いたり、おっぱいを飲んだ後なかなかゲップがでないと『大丈夫かなぁ?うわ、どうしよう!』みたいな感じだ。
そんな二人だからちょうど、よかったのかも知れないが。
そんな自慢の娘を、連れて家族3人で出掛けるのが本当に幸せだった。
知らないおばちゃんや、おばあちゃんがいつも『お父さんにそっくりやね。可愛いね。』と、言ってくれるのが超嬉しかった。
【注:私の顔は決して可愛くはない(笑)】
妻は皆がパパにそっくりだと言うので、嫉妬していたかも知れない。
そんな育児が大変ながらも幸せいっぱいの日々に変化が起き始めたのは、娘が1歳になってからである。
娘は1歳になる前から、危なっかしくも、あんよが出来ていた。
つかまり立ちではない、ヨタヨタしながらも一人で歩くのだ。
その、成長ぶりに感動した。
妻も『あんよ、上手だね~♪』と嬉しそうだった。
それと同時に色んなイタズラをするようにもなった。
触ってはいけないものを、触ったり、口に入れたり。
子供がする当たり前の行動だ。
口に入れてはいけないものを、娘の手の届く場所に置いている私と妻が悪いのだ。
しかし、妻はそんな行動や、すぐ愚図ったりするのにイライラしていた。
大声で怒鳴ったりするようにもなった。
その頃の妻は某SNSのゲームに夢中になり、片時も携帯を手放さないような状態だった。
まだ話せない子供は、泣いて何かを訴える。
それが、どこか痛いのか、おっぱいが欲しいのか、オムツが汚れて気持ち悪いのか、遊んでほしいのか。
それを読み取ってあげるのが親の努めだと私は思う。
妻は泣けばすぐに、おっぱいを飲ませる。
片手に携帯を持ち、娘に目をも向けずにだ。
『おっぱい飲んで黙ってて!』と言いたげな態度に私は見えた。
おっぱいをあげても泣き止まないと、『もう知らない!』と言って突き放したりすることも度々あった。
私が、抱っこしてユラユラしてあげると泣き止んだりする。
構って欲しくて泣いてたんだよ。
私が、ずっと携帯ばっかり、触ってないでかまってあげてとか言うと、怒ってくる。
『パパがやればいいでしょ!』という感じに。
私は娘におっぱいをあげることだけは出来ない。
ただ、おっぱいをあげるだけの事に見えても、本人にしたら、とても疲れる事なのかもしれない。
そこは理解してあげられてなかったかも。
そういう意味でも育児ストレスはあっただろう。
それにしても、娘を乱暴に扱いすぎだ。
イライラしている時は、ケガしちゃうんじゃないか?とおもう様な乱暴な勢いで抱っことか、おんぶ紐でおんぶする。
その事を注意すると、今度は私と喧嘩になる。
そんな日が増えて行き、不仲ではないが、なにかギクシャクした時間が多くなっていた。
相変わらずゲームに夢中になり、携帯ばっかり触っている妻にイライラすることも増えた。
でも、彼女のストレス発散の場所なんだろうと思い何も言えなかった。
とにかく娘に対しての怒りの沸点が低い、低すぎる。
瞬間湯沸器だ。
その事で何度も衝突した。
こちらは優しい口調で娘に対しての態度を改めるように、慎重に言葉を選び話しても、向こうはブチ切れモードで『じゃあ自分で全部やればいいでしょ!』てな具合だ。
私に暴力を振るってくる事も多くなった。
私の事を叩こうとする手を掴んで止めると『痛い!暴力やめてよ!警察呼ぶよ!』
えぇぇ!?こっちのセリフだよ…
彼女は実際に、警察に相談に行ったらしい。
後に聞いた話だった…
はぁ…疲れる…
疲労困憊していた。…
そんな私は、いつしかうつ病になっていた。
体が重たく、夜も眠れず、精神的にも沈んでいる。
精神科に通いお薬を貰って、少しは眠れるようになったのが救いだった。
仕事に行く事がとてもしんどくなっていた。
次にまた体に異変が起き始めた。
暑くもないのに汗をかいたり、動悸が激しくなり息が出来なくなったりするのだ。
妻にその話をすると『それパニック障害だよ』と言った。
看護師の妻は病気に詳しいのだ。
実際に、その後病院でパニック障害と診断された。
どんどん状態は悪化し、過呼吸を起こすようにもなった。
医者からは仕事を休職した方がいいと忠告された。
私も、こんな調子で働くのは限界だと感じていた。
妻との相談の結果、会社を退職することにした。
休職など認めてもらえない会社だったからだ。
退職後の私は、朝娘と妻をバス停まで見送り、その後、洗濯、掃除、買い物、夕食の支度等をして、余っだ時間は寝ているだけの怠けた生活を送っていた。
その頃から私は、毎日のように妻から罵られるようになった。
『寝てばっかりでなにやってんの?』『働かざる者食うべからずって言葉知らないの?働いてないのにご飯はちゃんとたべるんだね。ハッ!(馬鹿にしたような笑い)』等と言われる。
何を言われても仕方が無い。
私は働きもせず、妻に養ってもらっているのだから。
ようするに【ヒモ】なのだ。
情けない。
愛する妻と娘が居て、頑張れるはずだったのに、今の俺はただの【ヒモ】に成り下がった…
本当に情けない。

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全く同じ事を書くのは、過去の出来事を思い出しながら、かいつまんで書いているので無理です…
昨日書いた内容を、かなりはしょって、内容も異なるかも知れませんが、とりあえず頑張って今日は書きます(^_^;)
妻との間に、待望の子供が産まれた。
女の子だった。
とても可愛くて愛しかった。
最初は娘を抱っこするのも、おっかなびっくりだった。
首が座っていない赤ちゃんを抱っこした事などなかったからだ。
オムツの交換、沐浴もおっかなびっくりだった。
でも、娘のお世話をするのはとても楽しかった。
なんせ可愛くてしょうがないのだ。
お腹の中に居るときから暴れん坊だった娘。
妻のお腹をいつも蹴っ飛ばしていて、『早く出してよ~』と言わんばかりだ。
生まれて来てからも、掛けたタオルケットを蹴っ飛ばして、タオルケットを吹っ飛ばしてしまう。(笑)
何度掛けても吹っ飛ばす。(笑)
そんな、やんちゃ姫だった。
妻は根性が座っているというか、がさつ、というか、何かあっても『大丈夫なんじゃん?。』ってな、感じだ。
オムツの交換も超素早い、でも、雑だ(^_^;)
私はというと、超心配性。
ちょっと吐いたり、おっぱいを飲んだ後なかなかゲップがでないと『大丈夫かなぁ?うわ、どうしよう!』みたいな感じだ。
そんな二人だからちょうど、よかったのかも知れないが。
そんな自慢の娘を、連れて家族3人で出掛けるのが本当に幸せだった。
知らないおばちゃんや、おばあちゃんがいつも『お父さんにそっくりやね。可愛いね。』と、言ってくれるのが超嬉しかった。
【注:私の顔は決して可愛くはない(笑)】
妻は皆がパパにそっくりだと言うので、嫉妬していたかも知れない。
そんな育児が大変ながらも幸せいっぱいの日々に変化が起き始めたのは、娘が1歳になってからである。
娘は1歳になる前から、危なっかしくも、あんよが出来ていた。
つかまり立ちではない、ヨタヨタしながらも一人で歩くのだ。
その、成長ぶりに感動した。
妻も『あんよ、上手だね~♪』と嬉しそうだった。
それと同時に色んなイタズラをするようにもなった。
触ってはいけないものを、触ったり、口に入れたり。
子供がする当たり前の行動だ。
口に入れてはいけないものを、娘の手の届く場所に置いている私と妻が悪いのだ。
しかし、妻はそんな行動や、すぐ愚図ったりするのにイライラしていた。
大声で怒鳴ったりするようにもなった。
その頃の妻は某SNSのゲームに夢中になり、片時も携帯を手放さないような状態だった。
まだ話せない子供は、泣いて何かを訴える。
それが、どこか痛いのか、おっぱいが欲しいのか、オムツが汚れて気持ち悪いのか、遊んでほしいのか。
それを読み取ってあげるのが親の努めだと私は思う。
妻は泣けばすぐに、おっぱいを飲ませる。
片手に携帯を持ち、娘に目をも向けずにだ。
『おっぱい飲んで黙ってて!』と言いたげな態度に私は見えた。
おっぱいをあげても泣き止まないと、『もう知らない!』と言って突き放したりすることも度々あった。
私が、抱っこしてユラユラしてあげると泣き止んだりする。
構って欲しくて泣いてたんだよ。
私が、ずっと携帯ばっかり、触ってないでかまってあげてとか言うと、怒ってくる。
『パパがやればいいでしょ!』という感じに。
私は娘におっぱいをあげることだけは出来ない。
ただ、おっぱいをあげるだけの事に見えても、本人にしたら、とても疲れる事なのかもしれない。
そこは理解してあげられてなかったかも。
そういう意味でも育児ストレスはあっただろう。
それにしても、娘を乱暴に扱いすぎだ。
イライラしている時は、ケガしちゃうんじゃないか?とおもう様な乱暴な勢いで抱っことか、おんぶ紐でおんぶする。
その事を注意すると、今度は私と喧嘩になる。
そんな日が増えて行き、不仲ではないが、なにかギクシャクした時間が多くなっていた。
相変わらずゲームに夢中になり、携帯ばっかり触っている妻にイライラすることも増えた。
でも、彼女のストレス発散の場所なんだろうと思い何も言えなかった。
とにかく娘に対しての怒りの沸点が低い、低すぎる。
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その事で何度も衝突した。
こちらは優しい口調で娘に対しての態度を改めるように、慎重に言葉を選び話しても、向こうはブチ切れモードで『じゃあ自分で全部やればいいでしょ!』てな具合だ。
私に暴力を振るってくる事も多くなった。
私の事を叩こうとする手を掴んで止めると『痛い!暴力やめてよ!警察呼ぶよ!』
えぇぇ!?こっちのセリフだよ…
彼女は実際に、警察に相談に行ったらしい。
後に聞いた話だった…
はぁ…疲れる…
疲労困憊していた。…
そんな私は、いつしかうつ病になっていた。
体が重たく、夜も眠れず、精神的にも沈んでいる。
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次にまた体に異変が起き始めた。
暑くもないのに汗をかいたり、動悸が激しくなり息が出来なくなったりするのだ。
妻にその話をすると『それパニック障害だよ』と言った。
看護師の妻は病気に詳しいのだ。
実際に、その後病院でパニック障害と診断された。
どんどん状態は悪化し、過呼吸を起こすようにもなった。
医者からは仕事を休職した方がいいと忠告された。
私も、こんな調子で働くのは限界だと感じていた。
妻との相談の結果、会社を退職することにした。
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退職後の私は、朝娘と妻をバス停まで見送り、その後、洗濯、掃除、買い物、夕食の支度等をして、余っだ時間は寝ているだけの怠けた生活を送っていた。
その頃から私は、毎日のように妻から罵られるようになった。
『寝てばっかりでなにやってんの?』『働かざる者食うべからずって言葉知らないの?働いてないのにご飯はちゃんとたべるんだね。ハッ!(馬鹿にしたような笑い)』等と言われる。
何を言われても仕方が無い。
私は働きもせず、妻に養ってもらっているのだから。
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情けない。
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