そこに広がって見えているのは暗闇だけ。
自分の居場所に座標などは存在しないし、
ここにいるとも言えるし、そちらにいるとも言える。
目を閉じた世界に限りはなく、
何百億光年の彼方とここは光速よりも早く結合する。
目を閉じた世界に私とあなたの区別はなく、
私が一人だけという保証もない。
私とあなたで一人かもしれないし、
私が70億人いるかもしれない。
確かなことは何一つなく、
我思うからといって我があるとは限らない。
私が知らないあなたの存在も、
あると言えばあるし、ないと言えばない。
認識によりあなたは存在し、認識により私は存在する。
誰が認識するでもない。
ただ、何となく私やあなたというものが、
何者かによって認識され、
その認識によって私もあなたも存在する。
世界も認識によって存在する。
私が世界の認識をやめれば、世界は存在を失い、
あなたの存在も消滅する。
私が世界を平和だと思えば、世界は平和だし、
混迷していると思えば、混迷する。
私の認識ひとつで、世界はどんな姿にも変わる。
私自身も、私の認識ひとつでどんな姿にもなれる。
目を閉じた私には、
どんな手段を用いても私の姿は見えない。
よって、
私が認識する姿を投影することに不都合はない。
自分の姿も、性格も、人生も、
自分自身の認識を変えれば、
その瞬間から
認識する姿に合致する方向に進み始める。
あなたの思うあなた自身は、
あなたがそうであると認識しているだけで、
あなたの認識を変えればその認識に従って
あなた自身が再構築される。
今の自分に失望しているとしたら、
それは自分がそうであると認識しているから失望する。
目を閉じたときに認識した自分を、
目を開いたときに認識された自分で
かき消しているだけ。
世界は認識で成立する。
あなたが認識したようになる。私が認識したようになる。
あなたの認識の世界と、
私の認識の世界は違う世界だろう。
世界は、あなたの世界も私の世界も否定しない。
同時に存在することを許す。
世界が一つだなんて、
誰も証明していない。証明できない。
むしろ、世界が複数であるほうが合理的だ。
並行宇宙ではない。
この宇宙(世界)は一つでありながら、
無限であるということ。
一は全、全は一。
世界は認識の総和として存在する。
一度目を閉じて、
目を開いた後の世界が全く別の世界、
自分の理想の世界であるという認識を据えてみよう。
目を開いたら、
空が青から黄色になっているかもしれない。
4畳半の部屋が
ヴェルサイユ宮殿になっているかもしれない。
あなたや私の認識が、
空を青に、部屋を四畳半にしているだけだ。
空を黄色と、部屋をヴェルサイユ宮殿と認識したら、
それこそがあなただけの、私だけの真実の世界だ。
誰かに否定されるものではない。
この新しい認識を、
心の底から確信することができたら、
世界が応えてくれる。
黄色の空を見ることができる。
ヴェルサイユ宮殿のような部屋に住むことができる。
世界は認識に対して柔軟に対応してくれる。
望まない世界に住む必要はない。
望まない世界を受け入れて、諦めて生きているから、
世界はそのように存在する。
望まない世界など否定して、
望む世界を望み続けること。
それが世界を変える方法だ。
目を閉じることを恐れてはいけない。
目を開くことを恐れてはいけない。
目を閉じて、私を世界に、世界を私に合致させる。
一瞬で変わらないのは、人の弱さゆえ。
最初は目を開いた世界と、
目を閉じた世界は重ならないだろう。
それでも、諦めずに
世界が重なるように強い意志を持って生きていけば、
二つの世界が重なっていく。
意志(認識している)だけでは
世界は緩慢にしか応えてくれない。
世界に流れる時間は大河であるが、
人に流れる時間は滝。
世界の基準で変わろうとするなら、
無限の時間をかけてゆっくりと変化するだけだ。
人の一生のうちに変化が終わることなど
期待するべくもない。
意志を持って、世界が劇的に変化するように、
自ら行動を起こして刺激を与えなければいけない。
些細な刺激でもいい。お茶が飲みたいならば、
お茶を淹れること。
そのお茶の元となる物のすべては
世界が準備してくれる。
飲むという意志だけでは、
いつまで待ってもお茶はできない。
世界が所有する長い時間をもってすれば、
いずれはお茶が自然とできることもあるだろうが、
人の一生のうちで
自然にお茶が飲める状態でできることがあるとしたら、
それは奇跡という。
悠久の奇跡を、意志の力と行動で、
今すぐに起こすことができるのが人だ。
現代日本であれば、
コンビニでティーパックのお茶を買い、
ティーパックを湯飲みに入れてお湯を注げば
飲めるお茶ができる。
お茶ができるという結果は変わらない。
世界の変化の中では奇跡であっても、
意志と行動では自明の理。
奇跡と同じ結果は意志と行動で自ら得られる。
奇跡は自分で起こせる。
今、目を閉じて、自分の世界の認識の変革を始めて、
認識の実現のために行動していくなら、
理想通りの世界になっていくという
奇跡を起こせるだろう。
短い人生だ。今すぐ認識を変えよう。
私の理想の世界も、あなたの理想の世界も、
世界は絶対に否定しないのだから。


