1998年の冬、ぼくは無職だった。
半年工場で働いたお金を持ってロンドンに滞在していた。
郊外の家に下宿。
16歳の長男の部屋を使わせてもらった。
彼の名前は、カタカナで言うとペウリだろうか。ペルゥリ、にも近い。
スペリングは習わなかった。13歳くらいの女の子はティファニー。
ペウリはサッカーチームのArsenalが好きで、部屋にポスターを貼っていた。
アーセナル、という発音とはぜんぜん違う。
ェアースノゥ、というような感じだった。
生の英語を耳で学ぶのは新鮮。
小さな男の子も2人(アイザックとジェイコブだったかな)いて、
ぼくより10歳ほど年上の母親には再婚相手との間に赤ちゃんが産まれたばかりだった。
3~4年前、ようやくロンドンを再訪して、下宿していた家の前の通りを歩いてみた。
正確な住所を忘れていたので、どの家かはっきりしなかったけど、
その場を去るとき、2人のワルガキに出会った。
べつに敵対するわけでもなく、からかうわけでもなく、カメラを向けると
肩を組んで格好つけてくれた。
今になって、もしかしたら、と思う。
彼らは、アイザックとジェイコブだったのでは、と。
むかしぼくは彼らを両腕にぶらさげて、リビングで何回転もしてあげた。
でもよろめいて転倒してしまい、彼らもどこかぶつけて大声で泣いた。
覚えていないだろうなぁ。
そういえば、ある日リビングに行くと、その家の母親が
「日本が金メダルを取ったよ」と言った。
特に感動はなかったけど、映りのよくないテレビを見ると、確かに日本選手がジャンプ競技で優勝して、表彰台に立っていた。
あれからもう16年経つ。
1998年の、記録的な暖冬だったロンドンは今もぼくにとって特別な場所だ。
感慨深い。
今回の冬季オリンピックは、東京でゆっくりとテレビ観戦しよう。
ロンドンでは誰か、1998年のぼくのことを思い出してくれるだろうか。