飛べない翼に意味はあるんでしょうか


そして、時代は確実に内容の厚みを増して来ています。

 

 

地球へのキース・アニアンのイメージはシャア・アズナブルにどこか重なる所があり、メカニカルデザインを専門家に依頼するとSF漫画が映え、なによりも竹宮恵子のキャラクターによってファンタジックな雰囲気を余すことなく表現されています。

 

地球へは以後のマンガ作品への道標になったのではないかと考えています。

 

月刊マンガ少年は地球への連載に始まり、ほぼ、地球への終了とともに人気が無くなり消えていったように思われ、もう、見ることは出来ないのですが、当時その掲載記事としてコラム的マンガが載せられていました。

 

マザーコンピュータの絵図を描くのにスタッフが少人数なので(多分2人)とても長時間拘束された(苦労した・・・私たち2人だけで色塗りをさせられた!!!)という後日談です。

 

当時では、色々、考えられないような取り組みを僅かながらでも取り入れていたのでしょう。スタッフが当時の常識とは若干異なる事を面喰らいながらも作業を行っていたと言う事が推測できるような記事でした。

 

 

 

最初の映画化はガンダムのテレビ放送より遅れてしまいましたが、長い命運を保っていたようで、地球へは2007年に再度テレビ放映がなされました。

赤毛のアン「こんにちはタオルセット」


Grill Fancy Cherry
http://web2.nazca.co.jp/bluelumine882345/






シャア専用ライター


【3】2つのメカニズムの統合から考えられる事

 

【1】【2】のことから、生物の機能の崩壊・欠落と新たな力・機能の獲得についての知見を得る事ができるのでしょう。

{はっきりと、今回はメカニズムの統合結果を示しはしないのだが・・・}

 

 

本来の生物学的な考察や結果はどこかで勉強するとして、この場合、アニメの話題とすり替えるのだが、「地球へ」に登場するミュウについて語ってみるとすると。

 

彼ら(ミュウ)は虚弱であり体の機能の一部が欠けているという。

 

何故、そうなのであろうか?もし、体の機能の一部が欠けていてもそれを補うに余りある力を有していれば生存は可能なのである。

 

つまり、超能力の様な強大な力を保持していればこそ、身体の一部機能不全であっても生き抜くことが許されるのである。

 

例として少し不味いのかも知れないが、トカゲの色が環境に適さない色であっても毒という武器をもっていれば生き抜けるのと同じで、強力な超能力を有していれば多少の身体的欠陥があっても生きていける。

 

身体的欠陥があるから超能力を有するのとは厳密に言うと異なっているのである。

 

 

 

このように、禅問答の様な自問自答を数多く私自身繰り返して考えていました。

 

今となって、実際の禅問答を知るには、この様な事は世界の誰もこの時期になるまで考えては来ていなかった事なのであるため、充分な思考力を蓄える事ができるようです。

 

この様な謎が本当にアニメに設定されているかどうかは疑問もありますが、確かに私自身はその時代と供に以上の様に考え思いを巡らせていた事は事実なんです。

 

なによりも、自分の頭で考える事が必要です。これは、禅の世界でも尊ばれ、これこそが、禅のカリキュラムそのものの様です。「マンガを見ていても、そういう領域に到達出来ない訳でもないということです。要は考え方・態度、生き方の問題だけです。」

DREAMCCLUB」甘えん坊な雪をデザインしたグラス

Pub Pure Mint
http://bluemoon.yukihotaru.com/