チームを形成するに当って、加入資格として、のらくろは各人に一芸一能があることを見せてくれと要求します。就職試験を課したわけです。
日本人「のらくろ」中国人A君 蒙古人B君 朝鮮人C君 満州人D君という、いわゆる、五族協和体制を目標としてチームを組もうとするのですが。
中国人A君 一芸一能は、宣伝です。一芸一能を見せろと言われた、彼は、のらくろに、
「ここだけの話しですが、“のらくろ大尉“B君には気を付けた方がいいですよ。その証拠に、B君は、あなたに害を与えようと石を持ってきて、あなたのことを殴ろうとしますよ。」と言って、立ち去ります。
そして、B君にたして、「のらくろ大尉が刀を研ぎたいと言っていますので、砥石を持って行って頂けませんか。お願いします。」
何も知らない、B君は砥石を持って、のらくろに近寄ります。のらくろは砥石を持って来たB君に対して、自分を殴りつけるための石を持って来たと勘違いして喧嘩になります。
そして、A君が、割って入ってきて、「みんな、引っかかったでしょ。」
A君の狂言に気付き騒ぎは収まりますが、「一芸一能を見せろと言われたので、お見せしたまでの事です。」「もう、しませんから。」
ここで、のらくろも、A君の言う宣伝の意味を知ります。
実際、日本軍は中国側の政治宣伝工作に随分振り回された経緯があるようです。
特に、蒋介石の夫人、いわゆる、宋家の三姉妹と知られる、宋美齢がアメリカにわたって、米国のマスコミや上層階級に行った、活動の威力は凄まじいものがあったようです。
また、援蒋ルートの構築により、日本軍はその存在をかなり長い間、知ることなく苦しめられました。
〔援蒋ルートの主なもののビルマルートは、新旧2つの陸路と1つの空路があり、当時イギリス領であったビルマ(現在のミャンマー)のラングーン(現在のヤンゴン)に陸揚げした物資をラシオ(シャン州北部の町)まで鉄道で運び、そこからトラックで雲南省昆明まで運ぶ輸送路(ビルマ公路:en:Burma Road)が最初の陸路で、日本軍が全ビルマを平定した1942年に遮断された後、イギリスとアメリカはインド東部からヒマラヤ山脈を越えての空路(ハンプ:en:The Hump)に切り替え支援を続けた。〕ウィキペディア(Wikipedia)援蒋ルートの記述より。
宇宙戦艦ヤマトに出て来るブラックタイガーはおそらく、援蒋ルートの護衛にあたった、アメリカ側の義勇軍フライングタイガースを模したものであろうし、加藤隼戦闘機隊はフライングタイガースと戦闘を交えているようである。
爾来、員数で劣る占領軍が面を確保しての、占領が出来るはずも無く、いかに、拠点を確保し占領地を安定的に支配できるかどうかが課題であるはずである。
アメリカ本土のように原住民を虐殺しまくるとか、入植者を多数、占領地に送り込むなどの方策を採れば、話しは別なのであるが、正面から如何に敵(蒋介石:国民党)を攻撃しようとも、後方からの支援(援蒋ルート)が確立しているような場合では、敵の殲滅は無理である事例の一つになってしまったということです。
共産党が中国を統治することになるのだが、当時の中国の人にとっては、共産党は比較的にマシにみえたのであろうし、現在では蛇蝎の様に言われているが、3年権力を握れば誰しもバカになるとは、貞観政要の語るところである。
戦後も、列強が中国に利権を確保しようと虎視眈々と見守る中、多分、誰が中国を運営しようとも、中国は激動の中を歩んだに違いないとは思えるのだが。
しかし、日本もやられっ放しというわけではなく、満州国経営のノウハウを実は蓄えており、満州は女性でも夜道を歩く事ができるほど、治安が確保された状態であったとの事である。
憲兵隊が、徹底的に検閲をしたり、「昼は関東軍が支配し、夜は甘粕が支配する」と言われ、本当は日本人である李香蘭を中国娘に仕立て、元憲兵大尉である甘粕らが何やらやろうと意欲を注いでいたのは、確かな事であろう。
あまり、関係は無いかも知れないが、713部隊が細菌兵器の研究もしていたし、なにより、満州国運営のノウハウは日銀に渡ったと聞いています。
植民地経営のノウハウは1国の経済運営を行う事と為るので貴重な国家運営のデータを得られるようです。江戸時代の各藩の財政運営の記録もあるようで、そういう研究もあるようです。
本当は、ちゃんと資料化してしかるべき研究機関が研究しなければならないのでしょうが、データが散逸していくような気もします。
石原莞爾の世界最終戦論でもくちゃべって、酒でも飲んでぐだっていればそれはそれで楽しいのかもしれない。
ラーメンの命は、スープと麺。ざっくりと言ってしまうと、ラーメンとはどの様なものであろうか。
スープは、牛・豚・鶏をベースに仕込んだスープを中国では、「三白湯」と呼ぶらしい。もう、インターネットで調べても調べがつかなかったので、私の記憶違いであれば、ご容赦を頂きたい。
インスタントラーメンでも、各々、違った商品の3つくらいを選んで、混ぜ合わせると大変、美味しく感じます。(気のせいでしょうか?)
おそらく、インスタントラーメンのスープも各食品メーカーが苦心の末に発売しているものだと思います。
混ぜ合わせてしまう。このくらいのアレンジが家庭でできる唯一簡単なアレンジ方法でしょう。
それはさておき、「コンソメ」はフランス語で「完成された」という意味らしいです。
磨き上げられた、スープを使って、ラーメンを食する。これが、最高に違いありません。
麺の方はというと、「うどん」や「焼きそば」の麺とは違って、「ラーメン」の麺はスーパーで手に入れるに仕手も、若干、高価です。
麺に腰を与えるために、「かんすい」を使うらしいのです。
中国では、あまりこの製法を今では使わなくなってしまった様ですが、確かに、お高いだけあって、ラーメンの麺は焼きそばの麺では、代用できません。
卵を使って、麺をつなぐというのも、素人発想でも考えられそうですが、「かんすい」をつかうのは、どちらかというと、「秘法」に近い感じがしますね。
長崎ちゃんぽんはどちらかというと、八宝菜と麺のコンビネーションでしょうか。
ラーメンスープを使うのではなく、野菜やお肉の素材を生かした具材たっぷりの「アン」を麺にからまして食べる。ラーメンにこだわるのではなく、皿うどんも視野に入れる。
こんなところでしょうか。
通信販売ということを考えたとき、出前の様なラーメンを運べれば一番良いのでしょおうが、そうもいかず。
運んでいるうちに麺が延びてしまう。
1.汁気の少ない長崎ちゃんぽんを中華まんの皮で包んだもの。
2.つけ麺にして、スープと麺と別々に運ぶ。麺は延びにくい。
確かに、こんな感じなのでしょう。
カレーは、ピラフでも、スパゲティでも、また、アツアツのご飯にのせて食べるにしても、日本人にとっても、大衆料理と呼べるにふさわしい地位の食べ物になっています。
カレードーナッツやカレー饅なども上手に商品化されたため、コンビニなどでは、手軽に美味しくカレーを楽しめるため、強力なアイテムのひとつになっています。
日本人が食べなれたスパゲティは、トマトベースのどちらかと言うと、チリソースの様なものの味を主体とするスパゲティでしょうか。
チリソースの名前を最初に知ったのは「刑事コロンボ」ですね。コロンボがチリソースの料理をシリーズ中何回もこだわりを持って注文するのです。
コロンボが船酔いをしていると、『「コロンボ」っていうのは、「コロンブス」の子孫でしょうに・・・。』と小言を言われたり、変な所が面白い話です。アメリカ社会の一面を覗かせている一言です。
チリソースの味付けもなかなか捨てたものではありませんが、カレー味のインディアンスパゲティも魅惑的な食べ物なのです。
チリソースやカレーソースを上手く使って、食卓のバリエーションに厚みを加えるのも一考です。
新宿の中村屋にインド式カレーライスの製法が伝わったのは、創業者、相馬愛蔵がインドから亡命してきた独立運動のメンバーラス・ビバリ・ボースを助けたのがきっかけとされています。
随分以前、POLAテレビ小説かNHKの連続ドラマでこの題材をテーマに放映された事があります。「題名とか調べたけれど分らない」
私は、まだ、小さかったので、記憶が定かではないのですが、亡命してきたインドの青年と下宿先の娘さんとが一緒になる話しですので、随分、不思議な話しだと感じた覚えがあります。
「こんな事って、本当にあるのだろうか?」と思いましたね。
話しは、屋敷の中だけですので、外の日本だけではなく世界に起きているダイナミックな話しや状況はあまり写し出されていません。
その外部の大きな状況を、お茶の間の世界しか知らない人が見れば不思議としかいい様の無い世界です。
どうも、屋敷の主人、相場愛蔵は普通の人物ではなく、大立者であったようです。
新宿中村屋は、経営の多角化にのりだし、カレーライス、ボルシチ、クリームパン、中華饅頭(まんじゅう)の普及につとめていきます。
その過程で、娘婿となるインド独立運動のビハリボース、だけではなく、ロシアの盲目詩人エロシェンコ、朝鮮独立運動家なども中村屋とかかわり、カレーライス、ボルシチ、そしてチョコレート(ロシア式)も、彼らのアドバイスにより、日本人にあうように改良されて行ったようです。
明治のダイナミックな雰囲気に即したようなお話しではないでしょうか。
日本人にとっても、ここ30~40年くらいの食べ物の変化には凄まじいものがあります。
レトルト食品は、アメリカ陸軍が缶詰にかわる軍用携帯食として開発したのがはじめであるとされています。
アポロ計画で宇宙食として使用されたとして脚光を浴びましたが、今では、実際に軍用食として利用されています。
日本では、大塚食品が一般向けレトルト食品としては、世界初となる「ボンカレー」が発売されています。
また、同じような時期に日清食品から「カップヌードル」が発売されております。
現在レトルト食品は、コンビニなどに行くと、(味の事をとやかく言わなければ)100円程度のお値段で「カレー」「シチュー」「クリームシチュー」「八宝菜」「牛丼」その他、様々な品物を買う事ができます。
日本でも、充分に電気冷蔵庫が普及し、レトルト食品が味に対しては、過酷な条件であるため、冷凍食品を購入する事も、食生活に潤いを持たせるためには良い事かも知れません。
さて、コンビニのおにぎり、1個百円は高いかどうかは、は分りませんが、価格競争がおそらく激しく、かなり以前ですが、お米の質も良くなって、大変美味しくなっています。
どこで、大量の美味しいお米をどのように調達しているのか、私的には大変興味があるのですが・・・・