こんにちは加藤"AKI"章利です。
先日、福島の応急仮設住宅へフェルデンクライス・メソッドのボランティアで行ってきました。
”南矢野目”と”しのぶ台”という2カ所にて我々フェルデンクライスのプラクティショナーの仲間がそれぞれ分かれて個人レッスンを提供するというボランティアです。
(翌日にはグループレッスンも行われました)
今回で13回目。(私は全てに参加しているわけではないですけど…)
毎回思う事に、仮設住宅はその前に応急の文字が付いてきます。
あくまで応急の住居なのです。
そこに既に四年越しに住むという事はとても厳しい事なのは、一度でも応急仮設住宅を見た事があればよくわかる事だと思います。
復興への道は順調に進んでいると思っている方もいると思います。
確かに復興住宅の建設は進んでいますが、およそ2万人程の人達が応急仮設住宅にいて、建てられる 復興住宅は数十戸単位。いつまでかかるのでしょうか?
それに、それぞれの家庭にはそれぞれの事情があり画一的対策でかたのつくことはないのです。
ここ1年ほどは仮設を出て
次の所へ移って行く世帯も少しずつ増えてきました。
東電等からの補助金はご家族の人数に対して支払われているらしく、それを元手に新しく建てるという事もできます。
でも、ご家族を震災で亡くされたような独り住まいのお年寄りとっては、あまり現実的ではありません。
ボランティアの前夜、たまたま宿て見たNHKテレビの特集では、年金暮らしのお年寄りが復興住宅へ当選し移転。するとお隣やご近所は同じ被災者といえども出身エリアも違うまったく知らない方ばかり。挨拶もままならず、とても孤独な毎日になったというものでした。
現在、応急仮設住宅での生活は四年を越えかなりよいコミュニティーが形成されております。
復興の名の下にそれを棄ててまで
移転する事のハードルは低くないとも思います。
環境が変わるという事は大変なストレスです。ましてや震災及び原発事故で心身共に傷付いた状態のところへ、各避難所からここ応急仮設住宅へ入居した事自体私の想像を超えるものです。
今回レッスンを受けに来られた方の中には、「それまで畑やったりして病院にかかる事なんてほとんどなかったのに、歳もとってしまったけど、やっぱりココ(応急仮設住宅)へ来てからなんかおかしくなってしまった…」
と、身体の様々な異変をうったえていました。
先の見えない日々の暮らしは、
想像を超える精神力との共存を強いられます。
応急仮設住宅から皆それぞれが然るべき住居へ移ることは第一の目的でしょう。でもそれで「めでたし、めでたし」ではありません。震災後止まってしまった時計がやっと動き出す小さなきっかけくらいの事です。
私が、偉そうにいえることでもないですが、あまり福島に縁のない方にとっては、実感する事も少なくなりました。時計が止まったままでじっと耐えているような暮らしをしている方々の事を考える事はとても大事だと思います。
また、今回初めてレッスンを受けていただいた方は、
「被災してここへきてからほとんど出ないでいたけど、たまたま来て勧められるままに受けてみたら、本当に身体が解放されてすごく楽になれました。やはり外へ出ないといけませんねぇ」
と話されて、
私達も嬉しくなりました。
こうしてボランティアに参加できるのも、サポートしていただいた皆さんと、いつも私のレッスンを受けていただける方々のおかげです。
あらためて御礼を申し上げます。
ありがとうございます
下手な長い文章を最後までご覧いただきありがとうございます。
今後も出来る限り福島の地へ足を運ぼうと思いますので、
引続きのご協力を、
よろしくお願いします。


