藍川由美さんの本が面白いことを教えてくれる。ウィーン・シュランメル・アンサンブルという楽団との共演で古賀政男の曲を録音したときのエピソードの一つだ。
シュランメルの人たちは、各奏者が楽譜どおりにぴっちりタイミングを合わせて演奏するよりも、少しずらした方が美しくなると言ったそうだ。
実際、そのように演奏したものを聴いてみると、各楽器が別々に聞こえることは無く、全体が一つの楽器のように聞こえるそうだ。倍音がよく鳴るからだというように記述されているが、理屈は解らない。
日本のオーケストラでは、縦の線を揃えることが当然視されているという。
我々素人合唱団も、そのように指導される。藍川さんの言葉を信じて、ずらして歌おうものなら、叱責されるか、嘲笑されるのが落ちだ。
しかし、一つだけ妙に納得した思い出がある。
半世紀も前、侘しい寄宿寮でトランジスター・ラジオから流れる日本民謡を聴いていて、歌声が尺八伴奏よりも先を行っているのに気付いたことだ。
それは、打ち合わせが不十分だったからではなく、意図的にずらして演奏していることは明らかであった。
なるほど、これが邦楽の流儀かと妙に納得して半世紀過ぎた今、それが邦楽に限られるものではないこと、その音楽的な意味を何がしか教えられたわけだ。