秘密諜報員ベートーヴェン~大胆な仮説~史実的価値 | 愛唱会ジャーナル

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もう一つの走り読み、古山和男著「秘密諜報員ベートーヴェン」(新潮新書)について、先ず新聞の書評を拝借する。
 
“ベートーヴェンの遺品の中から、三通の自筆書簡が出てきた。相手を〈不滅の恋人〉と呼びながら、具体的な名前を書き記していない、やっかいな恋文である。音楽史家はさまざまな状況証拠から、この秘密の恋人を特定しようと、、、、いまだに結論が出ていない。
 
 著者は、手紙そのものが恋文を装った秘密の通信文で、ベートーヴェンは親しいパトロンにあてて、政敵の情報を伝えたのだ、という。傍証として、著者は当時の欧州の政治経済情勢を、克明に再現する。いささか、牽強付会(けんきょうふかい)と思われる考察もあるが、常識を打ち破る大胆な仮説には、それなりに説得力がある。”
 
 当管理人はベートーヴェンに関する知識を有しないので、俳聖芭蕉隠密説を連想させる本書の内容の当否を論ずることは出来ないが、上記書評が上手くまとめていると思う。
 
この手の面白い読み物は、個々の歴史的事実の間隙を埋めていくことにより、ストーリーを組み立てていく。埋め方によって様々なストーリーが可能である。
 
当時の社会、経済、政治情勢などに照らして無理が無ければそれなりの説得力が生まれる。しかし、それが真実か否かは分からない。当然のことながら、仮説に都合の悪いデータは排除されているであろう。
 
そもそも、“遺品の中から、三通の自筆書簡が出てきた”こと自体が胡散臭いではないか。発見の状況は極めて曖昧であり、そこを出発点とする考察は、如何に精緻、克明であろうと、砂上の楼閣である。やはり、小説の世界であると考えるのが無難だ。
 
しかし、隠密説はともかく、紹介されている具体的な史実には、興味深いことが多く、それだけでも本書を読む価値はある。
 
ナポレオンの大陸経済封鎖からロシア遠征、敗北、没落の過程での諸侯、実業家の動き、ベートーヴェンに対する政治的な圧力など、音楽史的にも、政治・経済史的にも目から鱗が落ちる感がする。
 
「秘密諜報員」と言う表現は、販売促進策としては成功かも知れないが、本書の内容を誤解させてもいるのではないか。
 
何時の時代でも人は情報の遣り取りをして生きており、非公然の場合も珍しくない。音楽家も人の子である。その非公然の情報活動から「秘密諜報員」を焙り出すのは、やはり強引過ぎるのではないだろうか。イメージ 1