D N Aで分かるまで。<34>

 

    明けまして おめでとう ございます。本年も どうぞよろしく お願いします。

 

   3I/ATRASについては、毎日のようにA Iで作成されたYouTube動画を(とは言っても英語でのスピーチのみのものを自動翻訳で)ずっと見続けてきました。そこで語られる天体事象の真偽の確認はほとんど出来ません。直近では、ハッブル望遠鏡が突然向きを変えて地球上の都市やその他のものを撮影し出して、その画像約2800枚以上を宇宙のある一点に向けて逆送信した、などとの情報について語ってくれていました。

 

 一方、昨年末までかかってしまった「柿本」について、「ぬなかわ」姫と「なぬかわ」姫について、その意味するところは「天の川」の姫であるだろうとの見解を述べるところで止まってしまっていて、そこから先一歩も動くことの出来ない状態が続いていましたので、まだ「新年」を迎えることが出来ないでいたのです。かなり憂鬱な日々が続いた年末年始でした。

 

 そんな中、5年ほど前から感じ始めていた公務員特に裁判官である人たちの「劣化」ぶりに驚きを隠せなくなってきていて、よくいう「官僚」に対する認識を再度見直してみようと思って、「小室直樹」にあたりました。

 彼は昔、誰も考えもしなかった「ソビエト」の消失を「ソビエト帝国の崩壊」という著作で、それを予期した人で有名ですが、私にとっては、「東京都社会指標の研究開発」という

美濃部亮吉東京都知事の要請で書かれた論考の方が身近で、未だに電話口から聞こえてきた「俺、小室!」という声を忘れられません。その論考を世に出そうと思って、東京都に問い合わせた際の彼からの電話でした。

 畢竟するところ、どの国家でもそうですが、それを滅ぼしてきたのは常に「官僚」です。始皇帝の時代の宦官からすでにそうでした。その警鐘を彼は鳴らしていたのです。

 

 以来彼の著作にはできる限り目を通してきてはいるのですが、いつもながらしっかりと「腑に落ちる」というか「腑に落とされ」て、あとはすっかり読んだことすら忘れてしまってしまい、スッキリした感情だけが残るという読書体験をするのが常でした。

 

 そのことと、昨年のある時期に「会津家訓(あいずかきん十五カ条」が気になり出し、それが再び頭を持ち上げ始めてきていたことが、この年末年始にかけて重なっていたのです。

 先日、Amazonで見つけた「天皇の原理」(2023年刊)という彼の著作を購入して読みました。一番読みたかった部分は、何故か巻末の方にようやく出てきてくれたのですが、それが「山崎闇斎」でした。

 

 「会津家訓十五カ条」を定めたのは保科正之その人ですが、その思想の根幹とも言える「垂加神道」を提唱したのが山崎闇斎です。

 

 所謂日本の「官僚」の発生は、すでに奈良時代から始まってはいたでしょうが、隆盛を極めたのが平安時代までで、それ以降は江戸時代になって初めてその名に値する制度が生まれたように思えてきます。

 その制度づくりを行なったのが、まさに保科正之で、その明文化が「家訓」第一条

大君の儀、一心大切に忠勤を存すべく、列国の例を以て自ら処るべからず。若し二心を懐かば、 則ち我が子孫に非ず、面々決して従うべからず。」

であり、「官僚」(施政官)としての宣誓であり宣言であって、かたちは「家訓」ですが、

それは「幕閣」という江戸幕府における「官僚」の意義づけであった、というこになるでしょう。

 

 この家訓づくりに「闇斎」は、大いに寄与しています。

 

 その闇斎を<今どき>の視点で見ようとしている人を探してみたら、平成25年の名古屋大学大学院生の孫傳玲さんの博士論文を見つけました。『山崎闇斎の神儒「妙契」論』でした。とてもよく出来た論考だと思っています。「列国」出身の留学生でした。

 

 そこで新年早々とんでもないものを発見することが出来たのです。

   

    見て下さい。

 

    

 

 

   「垂加」と「柿本」が並んで掲げられています。

 

  この表札のある神社が次の写真です。

 

  

 

 いずれも、この論考に掲載されていたものをお借りしています。

 

 写真からは「柿本」との関わりを知りましたが、そして、Wikipediaで初めて知ったのが「闇斎」の通称でした。

 

 それは「嘉右門」でした。諱(いみな)はまさに「」で、さらに言えば、「嘉」は「垂」という字と「加」という字の合成文字なのだそうで、CoogleAIでは、勝手に、

 

“「垂」と「加」を組み合わせると、「嘉」という漢字になります。

これは、日本の多くの漢字検定試験で出題される一般的な合字(ごうじ)や合成漢字の知識です。「」は「よみ(褒める、めでたい)」や「かし(よい、うるわしい)」といった意味を持ち、人名や地名によく使われる漢字です “ と出てきてくれます。

 

 衝動に駆られてしまいます。

 

 曽祖父「嘉四郎」(幼名 松彦?)は、ある意味「神号」であり、「柿本稲荷五社神社」は「垂加神道神社」であることを印したかったのではないかと。

 もう少し具体的には、「保科神社」ではなかったのかという、衝動です。

 

 父の名が「嘉正」(かせい)であり、祖父は「嘉一郎」であり、私のすぐ下の弟が「嘉二郎」です。私は何故か「日世」(いっせい)ですが、読みようでは「かせい」になります。大学に入学するまでは、小学生の時から「悦成」と書いて、<いっせい>と呼ばれていました。大学入学の際に戸籍簿を提出しなければならなかったので、取り寄せてみたところ「日世」のままだったので、以来この名を使い続けています。 

 「日吉」と呼ばれたこともありました。「世」を「卋」と書かれ、読めずに「吉」と読まれたのでしょう。この奇妙な命名の由来を父は、満州からの引き上げ途中に、『いつか満州を再び「日の本の世に」』との思いを託して命名したと、顔を赤らめて教えてくれたことがありました。自分には決して好きな名前ではありませんでした。

 父は「満洲国」においては一国家公務員として働いており、満足できる環境下で生活していたので、なおさらそのように思ったのだと思います。

 

 嘉四郎(曽祖父)は<戊辰の役・一族自刃>で、嘉一郎は<ヴィ・ナロード・結婚>、そして嘉正は<敗戦・国家喪失>と、自分の努力ではどうにもならない現実で、常に会津へと打ち戻されてきたように思うのです。

 

 その「」という文字に隠されていた「暗号」を解く鍵が見つかったのでしょうか、まだ十分ではない気がしています。

 

 もうしばらく、お付き合いのほどを。