前回正常胚でてから

胚盤胞21個だしてます


4院通ったのである程度有名クリニックのやり方の違いももうよく分かってます


最初の半年で正常胚2個でたから

3個!あわよくば5個!(大馬鹿野郎)

と思って採卵をやめられずに

一年半も不毛な戦いをしました


いまやめるなら

じゃあ一年半若いあの時に移植しておけば良かった

とか

そもそもあの時、こういう判断をしていたら

とか

後悔が押し寄せて

悔しくて


それでなおさら途中でなんてやめられなくて

悪循環でここまできた


頑張れば報われる

神様はみてる


んなわけあるかいな

スピも何も信じません


約一年前から既に限界きていたけど

最初に根を上げて爆発したのは

治療費もたいして出しておらず

私が何やっているかも覚えていない

精子だけ出してる夫でした


「頑張りかた間違ってるんじゃないの!」

「こんなに報われなくて気が狂いそう!」

「高刺激ばかりして死んだらどうするの!」



えっ???????

「つまり治療やめろってこと?」

「そんな事は言ってない!」


じゃあ私の体質に合った良い病院を探してくれるの?私が何に悩んでるか理解してるの?


でも夫が大爆発したので

元からですがもはや建設的な相談などはできず

頑張ってる当事者の私の心はその時完全に一度折れました

辛い辛い半年間でした

その時に元気に前向きに「転院してみようよ」と言ってくれていたら、まだ採卵が10個前後とれていた時期なので、また結果は違ったかも

今はもう3-5個しかとれなくなってしまったので


前から治療報告はできるだけLINEでなどと対策はしていましたが

今は、私がどこで何をしてどんな結果だったかさえもう伝えないことにしました


なんとまぁ楽なことか

6年前からこれが許されていたら、私もう子供いたのではないかと思うほどです


夫は何も調べない何も覚えてくれない

100回同じことを聞いても100回答えろと言うタイプなので

することとすれば

私が考えに考えて出した答えを「反対する」ことだけでした


あの時の反対されなければ

という大きな出来事が、4-5回あります

思い出すだけで身悶えるほどに辛いです


44になってもう詰んでるときに

理想的な形になってももう遅いんです


私が38の時

夫は食生活も何もかもめっちゃくちゃで

私が常に感じていたのは

「どうせそのうち子供なんてできる」

という夫の楽観的思考でした


それが採卵数は多いのに胚盤胞ができない

稽留流産や化学流産を繰り返す

あげくの果てに死産して

夫の知らない間に私は失血でショック状態に陥っていた

「もしかしたら無理なのかも」とようやく夫は50歳近くになって気付いた


そして治療開始から4年くらい経った頃にようやく

夫はサプリを飲み、運動するようになりました


6年前の私が30代の時にそうしてくれていたら、と思わずにはいられないけれど

これを私が許さないと夫婦としてやっていけない


亡くなった子供の出産日にはバルーンやお菓子を買ってきてくれるし

今も文句言わず精子提供してくれるので

夫なりに一生懸命ではあるのでしょう


女性とは決して分かり合えないものがありそれは仕方のないことです


孤軍奮闘して決断する方が私の性格的に合っていることは最初からわかっていて

でも新婚から「勝手にやるんで口出さないでね、説明も特にしませんので」とは言えなかった


とにもかくにも今

だした胚盤胞が20個台にのった


どうする

ここまでやってダメならもうダメか


30個までがんばる?


本当はこの夏で採卵終わらせたかったけど

最後になること願った採卵が凍結ゼロとか地獄みたいな結果


今年いっぱい頑張る?


でもどんなに長くても今年中で終わりだ


おそろしい

6年ものあいだ不妊治療が生活と脳の全てだった人がその終わりを見据え始めることが、どれほどおそろしいことか、お前にわかるんかぁー!


もがいています

どうにかして今日を明日を生きないと


転んで倒れて顔がぐしゃぐしゃになってても

顔と足は前を向けてきていた私偉すぎる