不妊治療してると誕生日全く嬉しくありません


特に死産した直後の誕生日はかなり辛かった


朝起きたら夫が部屋をデコレーションして

明るく楽しくしようとしたのか寝起きから日本酒飲ませようとしてきて(これはいまだにやばいだろと思う)

普通に飲めないのと

子供が死んでしまったのに

私が「お誕生日おめでとう!」と生を祝われることがすごくすごく辛くて

そのまま寝室に戻って午前中はベッドの中にいました

夫には悪い事をしました


今もですが、死産前と後では、写真でみる自分の顔も全然違います

私としてはまるで別人です



でも夫は変わらず毎年早起きして部屋を飾りつけて、私のことを考えたプレゼントを置いておいてくれます


先日、今年の誕生日がありました


何かしてくれてるかなとは、ありがたいことに思っていたけど、私がドアをあけた瞬間に音楽を流していつもに増して可愛く部屋を飾ってくれていました


私は夫と結婚してから

嬉しくてありがたくて泣く、という経験を知ったのですが、その日も泣きました

ありがたくて


すっぴんのまま近くのパンケーキを食べに行き

その後手を繋いで散歩して

夜は私の好きなレストランを予約してくれていました



レストランに行く時

久しぶりにすごくおしゃれしたんです


しっかりメイクして

普段着ない真っ白な素敵なドレスを着て

アクセサリーをつけて

ヒールを履いて

良いバッグを持って


最近の私は鬱々としすぎていて

クリニックに行くのも嫌で疲れて

ここ1〜2ヶ月くらい

化粧は眉毛だけ、下手したらコンタクトも入れない状態で外出していました

自分をケアする余裕がなく体が重くて面倒で

着飾ることに対して憂鬱になっていました


昔は仕事でもかなりちゃんとしてた

でももうなんというか前向きに生きることに疲れて


もう嫌だ!となったある時から「もう誰も見ちゃいない、特にクリニックなんて部屋着で行ってもいいくらいだ」となってしまい、メガネで行ったりしてました

それでなんとか家を出ていたのです


夫との週末のデートもそんな感じでした



でも今日久しぶりにしっかりおしゃれして

夫とデートして

なんというか

そんな事が出来るようになった自分

誕生日という日を笑顔で過ごせている自分

そうさせてくれた夫

に気付いて


ピアスをつけていた時に

「自分のことも大切に綺麗にしてあげなければいけないのだよな本当は」

と、死産後たぶん初めて思いました


私はインドやエジプトとかたくさんの国に行ったり

ボランティアしたり転職したり

死産したり自分が死にかけたりもしたけど

「あの日あの時に私の人生観・価値観が変わりました」という悟りを開いたみたいな経験はなく


そんな私が日常の中でふと自分の中で

じんわりそう思える事が私としては大きくて


たぶん、不妊治療の年齢を考えると嬉しくないけど

でもすごく良い誕生日だったのだと思います



夫とそんな事を話していたら

「自分が死んで子供に会えた時、辛く落ち込んだ人生だったよなんて言うより、こんな経験をしてこんな楽しく幸せなことがあったよ、パパとママはこんな風に過ごしたんだよとたくさん報告できる方が良くない?」

と言われました


死産とかすると

「あなたが悲しんでいると子供が悲しむよ」

「子供が心配するよ」

「だから前を向いて元気出さないと」

「〜よりはマシなのだから今に感謝しないと」

などという言葉を言われることの方が圧倒的に多く

私はどうにも同意できず受け付けられなかった


でも今回夫の言った言葉は

前向きで悲観的な言葉がなく自然で

とてもシンプルで良い考え方だなと涙が出ました



2人で生きて行くかもしれない未来を

前よりももっと現実的に覚悟しなければならない日々を過ごしているから


こういった事にすごく意識がいくようになりました


夫と幸せに暮らす日々そのものが

とてもとても重要


そのためには私も頑張って元気で生きなければいけないのだなと思いました


正直、悲しくない日なんてない

今後もずっと悲しみと一緒に生きていく人生

心がさっと暗くなる日々

それでも同時に幸せを感じることも両立できるはず


夫に100回くらい

ありがとうと言えた誕生日

本当にありがたいです


不妊治療さえしていなければ

子供が欲しいとさえ思わなければ



毎月の採卵や結果発表に一喜一憂することもなかった

目が覚めた途端に消えたいと思う日々を過ごすこともなかった

こんな大金を使うこともなかった

流産することもなかった

死産することもなかった

友人と疎遠になることもなかった

ぶくぶく太ることもなかった

日々食べるものに神経質にならなくて良かった

少し雨で体が冷えたくらいで卵子の質が悪くなるかもなど必要以上にストレスに過敏になる事もなかった

日常生活での制限が多すぎて、夫とのデートや食事が時につまらないものになることもなかった

予定が立てられないからと旅行に行けないこともなかった

電車の中で赤ちゃんを見て目をそらすこともなかった

夫が温泉に行くだけでピリピリしなくて良かった

あの人のあの言葉に傷つくこともなかった

祖父から最期に言われた言葉が「子供がいないお前は家畜以下」だったことに傷つかないで済んだ

これらの日々の苦しみを夫は理解してくれないなどと夫に対して不要なネガティブな事を思わなくて済んだ


書ききれない


今私が苦しんでいることの全てが

不妊治療さえしていなければ

子供さえ欲しいと思っていなければ

最初から子供がいらなければ


ぜーーーーんぶなかった


毎日仕事して自分の人生楽しんで夫と仲良く幸せに暮らしただろう

好きなものを食べ、お酒をたまに飲んで、旅行して



今後2人で生きて行く事になったらそうしたい

だけど心のどこかで、死産した子供や、子供が持てなかったことや、不妊治療で受けた色々なダメージが、ずっと燻り続けるだろう


100%ハッピー全開ではもう生きられないのではないかと思う



結婚はゴールじゃない

出産はゴールじゃない


などと言う人は、ある程度スムーズにそれを通過できたのではないのか

あまり苦労をしていなければ、そこからが「人生てこんなに大変なこともあるんだ」になるでしょう


結婚したくても出来ていない人や

不妊治療や死産を経験している人にとっては

それは確かに1つのゴールなのだということが理解できないのだと思う



関係ないけど、「相手が不幸じゃないと気が済まない人」というのが一定数いると死産後に思った事がある


仕事の関係で死産を伝えなければいけない時もあって

ある日、ある人にかわいそうかわいそう言われたので

「夫がいてくれるので何とか毎日やってます」と言ってしまった

すると返ってきたのは

「え、でも旦那って先に死ぬじゃん。裏切りもするし。子供は裏切らないし先に死なないから寂しくないよ。やっぱ子供いた方が良いよ」

という言葉だった

死産して2ヶ月くらいしか経っていなかった私に

のろけを言う元気などなかった様な時に


私が余計な事を言ったのだろう

でもこの人と一緒にいると、私が子供も失って死にかけて夫ともうまくいっていない不幸のどん底にい続けないとこうして攻撃されるのだと悟って関わるのをやめた



他にも

しばらく連絡がつかなかったのは出血多量でICUにいたからと説明した時に

「大変だったね、、、、え…ごめんだけどどうして赤ちゃん死んだの?ICUってことは子宮摘出したの?」

と目を輝かせて、もう興味好奇心が抑えられません!!!という顔で聞いてきた人もいる




私は自分が不幸のどん底に落ちて

今もその地べたを這いずり回っていて

崖の上に戻れる予定もないので


ある意味人の不幸に興味がなくて

というかそんな気持ちの余裕もなくあっぷあっぷしているので

大変なんだな、辛いんだな、苦しいよね

という気持ちしか湧いてこないんだけど


不妊治療さえしていなければ

こんな事思う事もなかったんだろうなって


そしてこういう人を避けようとして

そうなると1人でいることを選ぶ様になり

他の良い人たちとまで関係が疎遠になっていってしまい

自ら幸せを手放しているように感じるのも苦しい


これだけ何年も頑張ったのにこの現状っていうこともダメージが大きい



支離滅裂だけど

もう採卵を終わりにすることへの気持ちの整理がなかなかつかなくて


書いた


高齢や凍結ができない事が理由で治療を諦めるかどうか悩んでいる方、きっとたくさんいるよね

それでも毎日足だけは前を向いて頑張っているのだと思う

決断するの辛い

現実がこわい


でもいつの日かその日が来る

辛いね


辛い…


もう何年もずーっと朝起きた瞬間から

消えたい…

という精神状態で


もう採卵は最後と決めての翌朝の今日も

かなりしんどかったです

こんなにやったのに


目が覚めた瞬間の現実




少し思うのは、夫の年齢です


もちろん女性の年齢の方が重要ですが

同世代でも胚盤胞数や正常胚の数が多いのは

旦那さんがすごく年下だったり

せめて同世代くらいだったりするように思います


うちは年の差があるので夫はもう50です

実は夫が50になってから正常胚全く出なくなったんですよね


逆も然りで男性が高齢でも子供ができるのは

奥さんがかなり若い場合が多いと思う


卵子でも精子でも、若さは相手のエラーを修復する力があるそうです


 

だからもうダメかもと思ってきたのは

夫の年齢もあります

私がどんなに頑張ってももう無理かもと


だって人生で50個も胚盤胞作ったんです

私の体が全然だめなら胚盤胞もできないはずで

38歳から治療をしているわけだから

1人くらい子供いてもおかしくないくらいは採卵しました

染色体異常があるにしても、ありすぎです

確実に正常胚とわかっているのは、死産した子(NIPTしたので)とPGTした合計3個だけです

少なすぎます


相手が若かったら私も出産できていたかもなと思ってしまいます

夫の子供しか欲しくないから考えても仕方のないことだけど



私が正常胚3個にこだわったのは

40歳までに移植9回、使用した胚は20個

年齢的にも、そのうち死産した1個しか正常胚がなかったとは思えなくて

正常胚でも着床しなかったり化学流産した時があるのだろうと思っていたからです



男性側は何歳でも精子さえあれば子供が出来ると言われますが、私はあまりそう思いません

相手が若い場合です

若さがすごいのです


それに夫は精子はあったけど

治療のスタート時はあまりに凍結結果が散々だったので調べたら静脈瘤があったし


今はもう私の年齢では夫の精子を修復する力もない

そういうことかなと思います

両方高齢の私たちはもう限界

悲しい


ここまで頑張ったことは正直人生でないかもしれないので

やり切ったというよりは

虚しさが残ります