死産経験しかないので

死産についてしか書けないのですが

その経験をして思う様になったことが幾つかあります


死産後1〜2年は特に

外を見ると空いっぱいに

「悲」という大きな漢字がドーン!とあるような

泣き叫んでも狂っても変わらない「現実」の壁が目の前にあるような感覚がありました


そんな中思う様になったことの1つが

人はいつ死んでしまうのか分からない、という恐怖です

とてつもない恐怖



理由は2つ


1つめは

死産の理由は臍帯巻絡による突然死でした

前日の夜、大きなお腹を蹴っている様子を動画で撮っていました

大きさも順調だった

色々な詳細は省きますが

次の日が朝イチの受診日だった

明確に覚えてるのは、起きあがった瞬間、やたらと体が軽かった

病院で子宮内胎児死亡を告げられ

私が呑気に眠っていたあの日の夜中に亡くなったことは明確でした



2つめは

死産時に私が4ℓ、正確に言うと4.6ℓ出血したこと

なかなか止まらない血

映画の様に先生達に血が飛び散っていました

止血作業は陣痛の何億倍も痛かった

そして陣痛と違って忘れられない痛みです

数時間におよぶ止血作業

私は麻酔を懇願しましたが

後から「あなたはショック状態に2回なった、あの時眠らせたらそのまま死んでしまう可能性があったので、痛みが理由だとしても意識を保たせる必要があった」と説明されましたが

とにかく痛み止めも何もなかった

ただでさえ死産で、子供の顔も見られておらず、早く抱きしめてあげないといけないのにと

悲しみでパニック状態になり獣のように叫んでいました

あれほど醜く惨めな、取り乱した姿を大勢の人前で見せたのは人生で初めてでした


そして色々とあり

ICUに数日入り

さらにまた色々とあり

その後も半年ほど総合病院通いが続き


自分が危ない状態だったのだと認識した時


きっと私は、あのまま死んでしまっていたら自分が死んでしまったことに気が付かなかっただろう


と純粋に思いました


人はなかなか死なない、死ねない

でもある時は一瞬であっけなく死ぬ

さっきまで普通に元気でも、5分後は分からない



ちなみに、私自身がそんなことになってしまったせいで、家族や周囲が、私の子供のことなどより

「そんなことよりもあなたが生きていて良かった!」という嬉しい気持ちに支配されてしまい、私が正しく苦しむ時間を得られなかった話は、また別でしようかと思います





この2つのことから

私は自宅に戻ってから

特に夫に対して

「今日事故にあってしまうかもしれない」

「明日目が覚めたら冷たくなっているかもしれない」

という考えから離れられなくなり

毎晩、夫の寝息を聞きながら

夫が死んでしまったらどうしよう

長く生きて、いかないで

とシクシク泣いていました

1年半くらいはベットに入って夫の寝息を聞くだけで、毎晩泣いていました


これは私が亡くしたのが子供であるだけで

他の身近な人を亡くした方は、別の形で似た様な苦しみがあるのだろうと思います




ここからが本題なのですが


自分なりにそういう経験をして

つまりは「今生きて隣にいてくれる人は、この人の体がここにあるのは、当たり前ではない」ということを嫌と言うほど知ったわけです


そして私にとって究極的に大切な人というのは

夫と、親友とよべる2人

大切な友人が3人くらい

そして両親

くらいしかいない


なのに

今私は不妊治療が苦しくて苦しくて

夫に優しくできない

スケジュールが定まらないので旅行さえままならない

治療がうまくいかない落ち込みから長く這い上がれずに鬱々としていて

治療のことで喧嘩もする

死産のこともずっと辛い


「夫と一緒にいられる時間を最大限大切に幸せに過ごす」とは間反対の所にいる感覚です

なんなら夫のイビキがうるさくて不眠になり、不妊治療の間だけはとお願いして別室で寝る様にさえなりました



親友

実は死産を伝えていません

色々あってうまれるまでは妊娠を伝えないでおこうと思っていたので、妊娠のことも伝えていません

私がなんだか変だなと気付いてくれているのに、そっとしておいてくれる優しい人達です

元気で健康なうちに会うことが大切と誰よりも分かっているはずの私が、会うことを拒んでいる

早く会いたいのに、できないのです



両親

良い両親ですが、同時に今でいう毒親なので

元々複雑な気持ちがあることが主な原因かもしれませんが

優しく接してあげることができない

不妊治療中にストレスを感じたくないので月に1回くらいしか会わないようにしてる

母は毎日2時間くらい連絡してくるし、本当なら週一で私と出かけたいらしいのですが

希望は叶えてあげられません

毎日の連絡と電話、月1-2会うだけで精神的には限界です


私がいま不妊治療を諦めれば

私のことなんてどうでも良くなると言うか

健康的に暮らすことへの執着はなくなり

刹那的に、その時の時を大切に楽しく生きることができるような気がします


その中心は「自分のため」というより

「自分の罪悪感をなくすため」もあるかも

特に両親に対しては


なので

夫・友達と、両親に対する気持ちは少し異なるのですが


とにかくもっと自由に、後悔なく

今会える大切な人と一緒に

もっともっと色々なことを思うがままにしただろうなと思うのです


それが全くできていない


そしてその主な理由は


全くうまくいかない不妊治療をやめられない私のせいなのです


私さえ諦めれば、全て解決に近い


治療をしていて身体的精神的に最も苦しいのは女性です

それがわかってて自ら苦しみにいっている


治療なんてもうやめたい

毎月の結果発表は地獄

なのにこわくて諦められない


そんな自分がとても辛いのです


矛盾だらけ


高齢ギリギリで

最後の治療と思ってやっている方も

似た様な気持ちの方いるかもしれません


もう少し

もう少し


そのもう少しが出来なくなる日

本当に近い将来来るのだ


死産も然り


本当に私の身に起こってしまうんだ


その後どうやって生きていくのかな

どうしようかな?



とりあえず断捨離やっぱりするか














よく考えたら

私は死産後に本当の深い気持ちをリアルでは誰にも話してこなくて

同じ経験をした方のブログを読み漁っていた


だからハッシュタグなるものをつけた方が良いのかもと思いつけてみる

超初心者なのでよく分からないけどつけてみました



タイトルに書いたこと


私は晩婚なので、約20%くらいいる嫌な人に色々言われてきました

80%くらいは普通に幸せに自分の人生生きているので、人に余計な意見を言わないでいてくれるのは分かっているのに

発せられた言葉というのはずっと頭に残るもの


順を追おう



「だから結婚できないんだよ」


仕事なんてしてるから

稼ぎがあるせいで男への理想が高くて選んでる

妥協しろ

いい年して髪をのばして染めてるから

結婚なんて誰としても同じ

現実をみてない

顔が好きになれないとか傲慢

あなたって男よりお金(仕事)なのね

結婚後に好きな人と浮気すれば良いのに

真面目すぎ

30過ぎたらババア、選べる立場ではない

流行りのレズ?(男性にはホモかと聞く)

愛される女になるには〜でないとね!

男って〜だから〜しないとね!


などなどなど

現実独身だったので言い返せなかったけど

結婚したいま、全てやはり同意しかねる

私が未婚の方に話すなら、上記全部絶対に言わない


特に嫌だったのは

結婚というものをしただけで

「すべての愛されている既婚女性代表」みたいな立場で諭してくる人


私の夫は完璧ではない

でもそれを「妥協した」なんて思ってない

この人と一緒なら頑張れると思ったから結婚した

「妥協しろ」って言う人に対しては

「この人は妥協して結婚したんだな」

と思うだけだったし

結婚してからもなおそう思う


そんな事言ってる私も将来離婚するかもしれないし



さて結婚したらしたで


「結婚はゴールじゃない」

「愛情は3年で冷める、生活は現実」

「旦那はいなくて良いけど子供だけは作りな」


私は夫と出会って8年くらいだが

いまだに好きだし愛しているし

夫からも愛されていると感じる

手を繋いで歩きたいし

夫は若干濡れ落ち葉で大変だがその日のことを報告しに真っ先に帰ってくる

夫が悲しんでいたら慰めたいし

苦しめる人がいたら排除してやりたいし

健康に幸せに生きていってほしい

夫は私が危険な目にあったら本能的に助けてしまうだろうから、危ないこともしないし場所にも行かない様にしてる

誰がどう見てもやばい太ったすっぴんの落ち込んだババア状態でいても「綺麗だよ」と言ってくれる

毒親育ちの私をすごく上手に育ててくれる

ありがたくて、ありがたくて

ムカつくこともあり喧嘩もするけど

感謝の気持ちがあるから大切にしなきゃと立ち返れる


こんなことは当然リアルでは誰にも言わない

でも同時に

夫が嫌いとか、お金さえあればいいとか、冗談でも死んで欲しいとか、そういう話題には絶対に乗らない

だって思ってないから



するとそれに気付いた人が次に言う言葉



「子供いないもんね」

「そりゃ2人きりなら仲良くいられるよね」



子育てって大変なんだと思う

異論はありません

私はその苦労を知らない

子供ができたら私も夫を嫌いになるかもしれない

そうだね


でも、こういう事簡単に人に言えちゃう人って

子供が生まれるまで夫婦での大きな試練がなかったんじゃないのと思ってしまう


結婚してラブラブなうちにセックスしてたら子供ができたり

または元からそんなに愛情のある結婚ではなくて、仮に不妊治療したとしてもすんなりできたり


世の中には

配偶者が大きな病気にかかったり

実家の問題があったり

先天的後天的に子供がもてない体とわかったり

私の様に死産をしたり

幼い子供の闘病があったり、亡くしたり

長い長い不妊治療を続けている人


今現在子供がいなくても

夫婦で、文字通り手と手をとりあって、泣きながら乗り越えてきたことがいっぱいある人って

たくさんいると思う

そしてそういう人はそれを黙ってるから

辛すぎたり人に言っても仕方なかったりするから


全ての人が歩きたくてその道を歩いてるわけではない

だけどその道を歩くしかないから必死で歩いてる

もしかしたら今は立ち止まったり、迷ったりしている最中かもしれない


子供いなくても、夫婦で大きな試練を乗り越えてる人はたくさんいる

だけど目に見えるのは

子供がいないって現実だけだから

そんな中でも一生懸命人生を生きようとしてる姿しか見せないから

なぜか下に見られる事がある

真の苦労は知らないよね、みたいな感じで


でもそういうもんだと思って受け入れてる


そうです、私は晩婚で仕事なんぞもしており

そのせいで子供もいない能天気な社会的生産性のないババアです!

という心構えでいた方が真に受けて傷付かない



今は高齢なので

「どうして子供いないの?」

の方が多いかも



「子供がいるとかわいいよ〜!」

「老後寂しくない?」

「旦那は先に死ぬけど子供は最後まで一緒」

「まだギリ間に合うよ!」



そうだよね

子供ね、亡くなったんです

可愛いでしょうね〜、だって亡くなっていてもあれだけ可愛いかったんだもの、動いておしゃべりしたら信じられないほど可愛いでしょうね

実はお骨ですら激カワなんですよ

不妊治療ももう6年やってるんです

そうですね、私は最後は1人ぼっちで死ぬかもしれないね、きっと寂しいでしょう

今からこわいです

あなたは幸せで良いですね

とても羨ましいです


その様に頭の中で考えながら

愛想笑いして話を聞いています



長く長く卑屈な文章を書きましたが

つまり


〜すれば分かるよ

〜になれば分かるよ


ってなんだかとても無意味で自己満足的な言葉だなと思うのです




「親になれば分かる」


これは実母から何百回と言われてきた


というかなんなら驚くことに

死産した後の私に向けて言ったことすらある


母親であるってことは

そんなにも全てを凌駕するほど立場が上で素晴らしく頂点に君臨できるものなのだろうか


だから私は子供をもつことがこわい気持ちもある

子供をもしもてたら

絶対にこの言葉だけは言わないと決めてる


だって分からなくて当たり前だから


分かって欲しい事があるなら別の伝え方をしたい


でもそんな妄想も

子供を育てた事のない人の理想だよね







前回正常胚でてから

胚盤胞21個だしてます


4院通ったのである程度有名クリニックのやり方の違いももうよく分かってます


最初の半年で正常胚2個でたから

3個!あわよくば5個!(大馬鹿野郎)

と思って採卵をやめられずに

一年半も不毛な戦いをしました


いまやめるなら

じゃあ一年半若いあの時に移植しておけば良かった

とか

そもそもあの時、こういう判断をしていたら

とか

後悔が押し寄せて

悔しくて


それでなおさら途中でなんてやめられなくて

悪循環でここまできた


頑張れば報われる

神様はみてる


んなわけあるかいな

スピも何も信じません


約一年前から既に限界きていたけど

最初に根を上げて爆発したのは

治療費もたいして出しておらず

私が何やっているかも覚えていない

精子だけ出してる夫でした


「頑張りかた間違ってるんじゃないの!」

「こんなに報われなくて気が狂いそう!」

「高刺激ばかりして死んだらどうするの!」



えっ???????

「つまり治療やめろってこと?」

「そんな事は言ってない!」


じゃあ私の体質に合った良い病院を探してくれるの?私が何に悩んでるか理解してるの?


でも夫が大爆発したので

元からですがもはや建設的な相談などはできず

頑張ってる当事者の私の心はその時完全に一度折れました

辛い辛い半年間でした

その時に元気に前向きに「転院してみようよ」と言ってくれていたら、まだ採卵が10個前後とれていた時期なので、また結果は違ったかも

今はもう3-5個しかとれなくなってしまったので


前から治療報告はできるだけLINEでなどと対策はしていましたが

今は、私がどこで何をしてどんな結果だったかさえもう伝えないことにしました


なんとまぁ楽なことか

6年前からこれが許されていたら、私もう子供いたのではないかと思うほどです


夫は何も調べない何も覚えてくれない

100回同じことを聞いても100回答えろと言うタイプなので

することとすれば

私が考えに考えて出した答えを「反対する」ことだけでした


あの時の反対されなければ

という大きな出来事が、4-5回あります

思い出すだけで身悶えるほどに辛いです


44になってもう詰んでるときに

理想的な形になってももう遅いんです


私が38の時

夫は食生活も何もかもめっちゃくちゃで

私が常に感じていたのは

「どうせそのうち子供なんてできる」

という夫の楽観的思考でした


それが採卵数は多いのに胚盤胞ができない

稽留流産や化学流産を繰り返す

あげくの果てに死産して

夫の知らない間に私は失血でショック状態に陥っていた

「もしかしたら無理なのかも」とようやく夫は50歳近くになって気付いた


そして治療開始から4年くらい経った頃にようやく

夫はサプリを飲み、運動するようになりました


6年前の私が30代の時にそうしてくれていたら、と思わずにはいられないけれど

これを私が許さないと夫婦としてやっていけない


亡くなった子供の出産日にはバルーンやお菓子を買ってきてくれるし

今も文句言わず精子提供してくれるので

夫なりに一生懸命ではあるのでしょう


女性とは決して分かり合えないものがありそれは仕方のないことです


孤軍奮闘して決断する方が私の性格的に合っていることは最初からわかっていて

でも新婚から「勝手にやるんで口出さないでね、説明も特にしませんので」とは言えなかった


とにもかくにも今

だした胚盤胞が20個台にのった


どうする

ここまでやってダメならもうダメか


30個までがんばる?


本当はこの夏で採卵終わらせたかったけど

最後になること願った採卵が凍結ゼロとか地獄みたいな結果


今年いっぱい頑張る?


でもどんなに長くても今年中で終わりだ


おそろしい

6年ものあいだ不妊治療が生活と脳の全てだった人がその終わりを見据え始めることが、どれほどおそろしいことか、お前にわかるんかぁー!


もがいています

どうにかして今日を明日を生きないと


転んで倒れて顔がぐしゃぐしゃになってても

顔と足は前を向けてきていた私偉すぎる