最近よく泣いています
1人の時ですが
今朝も起きてすぐ大泣きしてしまい
昨晩も泣きました
どうしたんだろう
死産する前までは私は自分のことで泣くということは皆無に近く
映画や感動するイベントでのみ涙腺がゆるく誰よりも泣いていました
自分の感情を1人の時でさえ出さない
特に親の前だと全く出さない
闇に堕ちてうずくまる方法でやり過ごすというのは育った環境によるかもしれませんが
私にとって泣くというのはかなりの勇気が必要でハードルが高く、故に泣くという形で感情を出したことは1人の時でさえほぼありませんでした
それが子宮内胎児死亡となってから現在まで
感情の昂りを認識する過程すらなく、悲しいと思ったら次の瞬間にはもう涙が溢れてる
ポロポロととめどなく流れてくる
悲しいのだろうな、とはわかるけど
何が悲しいのか考える間もなく
5分くらいでスンと泣き止み日常に普通に戻る
別にデトックスにもなっていないと思います
涙は枯れると言いますが、枯れることはありません
泉のように何年もとめどなく終わることなく湧き出てきます
死産後1年くらいは外を歩いているだけでそうなることもありました
あるあるでしょうが、妊婦さんや赤ちゃん子供連れの親を見るのがとにかく辛い
赤ちゃんもですが、幸せのピークにいる顔をしている親側を見るのが辛く
外を歩けば100%誰かは目に入るので
道でも電車の中でもどこでも泣けてしまい、外出を避けるようになってしまいました
スーパーの帰り道、セロリがささったエコバッグを持って、泣きながらトボトボ歩いていたら夫とばったり会った時がありました
こんな私が健康的なセロリを買って歩いていること自体がより自分を惨めにさせたので、セロリをよく覚えています
夫は何も言わずに頭を撫で、手を繋いで帰ってくれました
このブログは、不妊治療の辛さを書きたくて始めました
実際の生活は不妊治療のことばかり考えてますし
これだけ頑張ったのに報われない未来に怯えて
たぶん今朝もそれが辛くて泣いたのだと思うし
常にたくさん書きたいことはあります
でも実際に書いてるのは死産のことが多くて
あれれ、となり
ふと思い出したことがありました
私は1回目の移植で稽留流産をしています
ホルモン補充周期だったのに、E2補充を6週でストップされて、数日して腹痛を訴えE2の処方を頼んだのですがクリニックには気にしすぎと言われ
その翌日自宅で軽い陣痛のようなものに2-3時間苦しんで自宅排出しました
(この時点からなんか私かわいそうじゃね?)
胎芽らしきものも見え始めていたので、ホルモン補充不足だったんじゃないのという憎しみに近い気持ちは正直今でもありますが
染色体異常だったのかもしれないし
もう知る術はありません
1回は泣いたし痛かったしショックで辛かったですが、死産の時のような地獄の底まで叩き落とされる苦しみとは少し違った
傷ついたままでも私なら乗り越えられる、強くならなくちゃ、と感じる余白があった
でも詳しいことは忘れてしまったのですが
その後1年くらいして普通の産婦人科受診をすることがありました
子宮頸がん検診か何か不安があったのか忘れましたが、2回くらい同じところを受診しました
不妊治療についてまだ知らないことも多く不安だらけで、不妊治療や自身の体について何か質問をしたのだと思います
その時医師から
「あなたは流産にとらわれすぎている。何かというと流産、流産と言っている。」
と言われました
よくあることだから、そこまで心配しなくて良い、気に病みすぎないで、ということを伝えたい雰囲気はなんとなく伝わってきましたが、ショックでした
ポイントは
私はその時「えっ、そうなの?」と思ったんです
つまり自分ではその自覚が全くなかった
どちらかというと、体のことなので、流産経験があると何かリスクや後遺症があったりとか気をつけなければいけない事はあるのかな、今後妊娠したいから聞いておきたい
くらいの気持ちだったのですが
言われてみれば
もしかしたらそうなのかも
私って流産にとらわれてるんだ
その後は化学流産ばかりだったのでそれも流産のせいかもと確かに不安に思っていた
今は、仮にそうだったとしても(実際はそんなことはないのだと思いますが)医師に聞いたって仕方ないことはわかっています
自分の不安や気持ちをどうにかするために医師に質問しても、解決策はないし、時には傷つく言葉が返ってくる
だからお気持ち表明は無駄だなと思っています
でも当時はまだヒヨッコだった
その日の帰り道に漠然と
「そうか、私は流産にとらわれているのか。知らなかった」
と思いながら歩いたのをよく覚えています
それがどんな気持ちだったのかは今でも説明できないのですが
今ブログを書き始めて
死産のことばかり書いてる自分がいて
あの時の医師からの言葉を
また漠然と思い出したわけです
今も自分が今どんな気持ちかはわからないけど
どうなんだろうな
どうして私ばっかり
こんなに辛いことがたくさん起きるんだろう
頑張ればいつかはと思って6年も経ち
いまだに足踏みしながら過去の苦しさをまた自ら味わいにいって
人生ここでストップしてしまうような感覚
みたいな感じだろうか
流産、死産経験が尾を引いてしまうのは女性としては当たり前な気がしますが
自分の人生にそんなマイノリティな事が起こってしまったという現実が悲しいのだろうか
ここまで書いて思いましたが
もしかして私、まだ死産について気持ちの整理ができていないのだろうか
私は自分なりの死生観というものはけっこうしっかりあってぶれていないのですが
それと自分の気持ちは別だし
不妊治療がうまくいっていないことだけでさえ気持ちの整理は難しいし向き合うの嫌なのに
うーん、、
でもなぁ、、
人によっては死産というものは、死別にカウントしない人もいるのは知っています
その様な扱いや発言をされたことは何度かありますし、死産でも普通に出産しなければならない事を想像すらできない人もいる
生まれる前で良かったねと言われた事もあります
でも私にとっては可愛い可愛い子供で
胎動で命は感じていたし
死別の認識です
最初からいなかったのではなくて
亡くなったのだと思っている
うーん
何かが整理できてないのかな
生きた子供を既に産んでいたらまた違ったのかな
答えのない日々を生きる