魂生大明神(羽島郡) | 神社ぢからと寺ごころ

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寺社を通じて教わった気づきを綴ってまいります。
頂いた御朱印も順次公開していきます。
磐座とか陰陽石を探すほうが多くなってきてましたが、最近では街中の小社ばかり回ってる気がします。

元旦より当ブログのアクセスが普段の2倍以上が続いていました。

毎年年末年始は初詣とか検索される方が多いのかアクセス増えるんですけど、今年はまだ持続しています。

これもひとえに男根リンク効果と思いたい。

さてさて、岐阜県の神社巡りなんですけど、かなり贅沢というか勿体ない時間の使い方してきました。

前回の中津川の女夫岩のある公園と、今日ご紹介するここだけしか寄ってませんからね。

でも、こういうのって大事やと思いました。

自分自身が行きたいとこに行くという本能に素直になったほうが満足度が違いんですわ。

たとえば一日10社回ったとしても充実感と達成感はそれなりにありますけど、満足度が薄いんですよ。

今回は、たとえ2箇所でも満足度はかなりありました。

中津川からビャーっと戻りまして、熱田神宮に近い金山駅で名鉄に乗り換え笠松へ。

笠松駅近辺もたくさん小社ありましたけどひとつだけにしましたよ。

笠松競馬場の近くです。

それでは、熱田神宮をスルーしてまでも来たかった神社をご紹介しましょう。

こちらです。

木曽川の堤に鎮座しておりました。


目立つ鳥居のこちらから。

名称わかりません。

読めません。

へそ塚
ここも逆光だ。

調整したけど見えにくいね。
双体道祖神が刻まれてました。

不自然に真ん中真っ直ぐ線入ってるのは女陰を表してるんだと思います。

へそ塚は、笠松陣屋の片隅にあったものが、この地に再建されたものだそうです。

安産や赤子の成長を願いって、へその緒を収めているそうです。

そして目的の魂生大明神。

縁起
創建時期は江戸時代中期。

元々はある美濃郡代が娘の縁談がないのを心配して、金精神の信仰がある陸奥国から男根の形をした石を取り寄せたものだそうです。

東北は金精さんだらけですからね。

その石も、へそ塚同様に笠松陣屋の傍らに祠を設けて祀ていたんだそうです。

明治元年、美濃国の旧幕領、旗本領に笠松県が置かれ、県庁舎が笠松陣屋に置かれました。

その後、明治4年、廃藩置県により美濃国が岐阜県となると、岐阜県庁舎として使用されますが、この際も魂生大明神はそのまま祀られていたそうです。

岐阜県庁舎で祀られてたって、現代ならセクハラやと言われかねませんよ。

なんにせよ楽しみです。

手水舎?
いや、違う。

賽銭箱だこれ。

そしてその横には、奉納された木製の男根あります。

横から。

裏も当然見ないとね。

さらに、なで石も男根形。
これは御神体の形を小さくしたものといい、大穴的中のご利益があるとされ、笠松競馬場に近いこともあって競馬ファンが参拝することがあるらしい。

正面からコンニチハ。

ご利益
縁結び・安産と夫婦円満の間に大穴的中って、これ競馬の穴のこととちゃいますよね。

令和5年5月に建て直された社殿。
御祭神は魂生大明神です。

『コンセイ』は、『金精』や『金勢』と漢字表記されることが多いですが、『魂生』のほうが人の誕生を表してるっぽくていいと思います。

岐阜県庁で祀られていた御神体のその後ですが、笠松陣屋の建物を笠松学校(現笠松町立笠松小学校)に使用することとなり、教育上相応しくないという理由で魂生大明神の祠は取り壊され、御神体は地中に埋めらてしまいます。

ここでやっと現代の倫理観になってきましたね。

しかし、この御神体を埋めた人物は程なく病死してしまい、このことから御神体の祟りという噂が流れたといいます。

明治5年頃、この噂を聞いた電信付設工事を行っていた工夫が、『そんなの迷信だ』と、その御神体を地中から掘り出し赤色の染料をかけてしまいました。

すると、工夫は病に伏せてしまいました。

『祟りに違いない』と考え、御神体についた赤い染料を取り除こうとしたが取れなかったので、石工に頼み、染料の部分を削り取ってもらうが、程なくして工夫と石工は病死したという。

これらの出来事から、霊験あらたかなとの噂が花柳界に広まり、やがて全国に広まったという。

現在の場所に移転した時期は不明だが、鳥居の建立時期や当時の資料より、大正時代後期~昭和5年頃と推測されています。

花柳界に広がったってとこ興味そそりますよね。

全国の遊郭には、金精さんとか祀られてたと思いますので、その発端がここの魂生大明神だったと思われる伝承です。

祟りの話はこじつけか後付けだと思います。

本当にあってそれを信じていたのなら、そんな危険な物が花柳界で広がるはすがありませんから。

社殿の中にその御神体が安置されてるので外からは見えませんが、扉に鍵がかかってなかったんですよ。


開けました。


御神体
長さ3尺7寸(約120cm)
亀頭幅1尺1寸(約38cm)
陰茎の上端径8寸6分(約28cm)
陰茎の下端径1尺2寸(約40cm)
だそうです。

上部しか見えませんでしたけど、結構でかいな。

かつては降雨を祈願する際、褌を女性に着用させてから御神体の男根に巻けば、必ず雨が降るといわれていたといいますから、今も残ってたら奇祭のひとつになっていたことでしょう。

これにて帰ります。

大満足な一日でした。