浅香山稲荷神社(堺市北区) | 神社ぢからと寺ごころ

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寺社を通じて教わった気づきを綴ってまいります。
頂いた御朱印も順次公開していきます。
磐座とか陰陽石を探すほうが多くなってきてましたが、最近では街中の小社ばかり回ってる気がします。

堺市を巡るって書きましたけど、結局はここだけでしたよ。

もひとつは住吉区でした。

回ったのは少なかったですけど、当たりでしたよ。

ずっとチェックはしてたのですが、このあたりに来るついでがなかったので、訪問遅くなってました。

住宅地の中にあります。

正しく言うなら、神社の周りに家が建っています。

神社のほうが先だからね。

参道をジグザグに稲妻のような感じで歩いて行きますと到着。
 
浅香山稲荷神社の由来
昔、この辺りは住之江の浦と連なる小さな湾であり、そこに小島がありました。

聖徳太子御巡遊の折、白髪の老翁が太子に、昔より此処に埋る香木有りと伝えて、太子が不思議に思い掘らせたところ、地中より幾千年も経たと思われる朽木が出て、これを焼かせたところ馥郁優なる香りがしたそうです。

その時太子が「浅からぬ香り」と表現したため、以後この地を『浅香の浦』と呼び、その香木で老翁の像を刻みここに祀ったのが、この神社の創始と言われています。

後に、ここに城が築かれた時に、この神像を稲荷大神と仰ぎ祀られてたのだそうです。

浅香山稲荷神社
冒頭にも書きましたけど、ずっとこの神社のことは知ってまして、慌てて行くこともないし、何かのついででって思ってたんですよ。

でもね、ここええよ。

東大阪の瓢箪山稲荷ほどではないですが、神仏習合のあの雑多さがありました。

神仏習合は賛否両論ありますが、バカ正直に分離して糞面白くもなくなった神社よりも、よほど古い信仰の名残りがあって面白いです。

まあ、もっと面白いのは神仏習合すらしないで残ってるとこなのは間違いないですけど。

てか、そういうとこってあるのか?

出雲大社も五重塔があったみたいですし、伊勢の神宮ですら式年遷宮は僧侶が仕切っていて、奥の院いわれた朝熊山の金剛證寺ありますもん。

拝殿 
 
なんか石ありましたけど、説明のやつ真っ白やわ。
この石自体に魅力を感じなかったので、何石でもいいです。
 
拝殿横に大きな御神木がありました。 
 
その根本には楠姫大神と書かれた木柱が、玉祖神社の男根石のようなぶっ刺さり方でありました。
浅香亀治郎之碑は特に興味ないのでスルーします。

拝殿向かって左から奥に進んでいきます。

白福稲荷大神 
 
お塚のエリアがありました。

吉峰大神、峰高大神、吉昭赤狐。
読みにくいので、赤狐であってるかわかりませんが。 

八大龍王大神、石山大神、末玉大明神
 
まだまだ続きます。
 
白光大神
 
まだありますよ。
 
今回で一番の収穫がこちらの社です。
なんかしらの名を付けたれたお稲荷さんやろうなって思ってたんですけど、中除覗いてみたらね。
 
巳さんや! 
 
しかもたくさんあって素晴らしすぎる。

ひとつ欲しいなぁ。
 
特にこれ。
年季が入ってて渋すぎ。
 
こちらは鳥居ついてます。
 
竹浦大神を中心に、竹光大神と天白大神が祀られた社。
 
なにげに振り返ってみる。
 
手作り感満載の白狐
 
お堂っぽいのと五輪塔っぽいの。
 
五輪塔でいいと思うのですが、神社仕様だわ。
 
お堂っぽいほう覗いてみます。
 
石仏と、なんか石が祀られてます。

この書き方どう読み取ればいいのだろう? 
白石明神と虫切地蔵尊は特定できましたけど、他がね。

しばらくこの前で考えてましたが、わからんもんはわからんので、先に進みます。

ブルーシート覆屋の社 

朽かけの木は天龍大神。
 
お塚群
ネットがかかってて、それ踏んでいくのも気が引けたので、確認できてませんが、神名が刻まれてないもののほうが多かったです。

こちらから本殿がよく見えました。