越木岩神社(西宮市) | 神社ぢからと寺ごころ

神社ぢからと寺ごころ

寺社を通じて教わった気づきを綴ってまいります。
頂いた御朱印も順次公開していきます。
磐座とか陰陽石を探すほうが多くなってきてましたが、最近では街中の小社ばかり回ってる気がします。

連休初日から天気が悪かったので、和泉国方面はやめまして、先に雨が上がる西に向かうことにしました。

ちょうど確認したいことがあったので、久々の越木岩神社からです。
毎回来るたびに新しい気付きのある神社です。

力石

狛犬
ここの狛犬の形相好きです。

拝殿

確認したいことの発端は御朱印なんですよ。

去年ぐらいから御朱印の右下に甑岩の判子が追加されてるようなんです。

判子がひとつ追加された程度で、ひょいひょい行きはしませんけど、それが甑岩をモチーフにしたマークであるならば話は別です。

まず戴いた御朱印から。
お目当てのマークが無い。

代わりに神社名の判子が甑岩に変わっていましたが。

お目当てのやつはこういうのだったんですよ。
ネットで拝借しましたが、あきらかに女性器マークです。

安産や子宝など女性守護をご利益としている神社ですから、このマークは当然かも知れませんが、問題はそこではなく、なぜ女性守護なのかというところです。

女性守護と言うからには御祭神は女性であるべきです。

新しくなった本殿
御祭神は、蛭子大神、市杵島姫ほか。

女性なんだから市杵島姫でいいじゃないかと思われるでしょうけど、どうもこの市杵島姫が後づけっぽく思えてしまいます。

確固たる理由なんてありません。

現在の主祭神の蛭子はどうか。

どうしてもえべっさんと習合してしまったので、おっさんのイメージですが、記紀には蛭子の性別に関する記載はありません。

僕は女性だと思っています。

蛭子大神にしても縁起によれば、円満寺の僧侶が勧請したとされています。

が、これは蛭子(ヒルコ)ではなく、戎(えびす)だと思います。

さらに、ここ越木岩神社は延喜式神名帳に記載のある大国主西神社の論社となっています。

大国主西神社という名ですから、当然大国主が御祭神のはずですから、これは男神ですよね。

しかし延喜の頃はすでに御祭神が変わってしまってることも多いようなので、これも素直に信用するわけにはいきません。

ほんと、わからんことだらけになってきましたので一旦中断。

磐座見てきます。

越木岩神社最大の魅力はなんといっても背後の磐座群ですね。

まずは市杵島社の背後の甑岩。

女性で問題ないと思います。

南座と呼ばれています。

こういう形状に積み重なった花崗岩は六甲山系に多いです。

さらに上がっていきます。

中座の貴船社。
このあたりで引き返す方も多いようですが、さらに上に行くべきでしょう。

北座の手前の石。
女の子です。

そして北座の磐座。
稚日女の磐座といわれていますが、どう見ても男の子です。

部分的に女の子にも見えますが、

やはり男の子です。
稚日女は、天照大神の姉とも妹とも同一とも言われている方でして、生田神社では同体としているようです。

僕はこの稚日女の幼名が蛭子ではないかと思っています。

そして甑岩か中座の磐座が稚日女のもの、または神社からさらに北の北山に稚日女の磐座があるように思います。

対という観点から、北座の磐座の主は思兼あたりを推したいところです。

これ書くにあたって、越木岩神社のホームページ参考にしてたら、北座の磐座のとこに、稚日女を祀っているとしながらも、思金命を祀っているという説もあると追記されていました。

熱心な磐座研究家もたびたび通う神社のようですので、そこらあたりの研究を反映されているのかも知れません。

名の無い岩もたくさん点在していて、磐境祭祀の形状がなんとなく残っているようです。

今回はそれらの岩石もじっくり観察してみました。

陽石のように見える角度からもちろん取ります。
いい感じ。

これでどうや。
満喫しました。

持論の証明に来たつもりでしたが、そんなんどうでもよくなりました。

陽石あったらそれでいいんです。

越木岩神社の北の道を歩いてみます。

道挟んで小社がありました。
おそらく磐座群の真後ろあたりだと思うのですが、もしや北山全体を遥拝するためのものでしょうか?

やっぱり磐座は楽しいです。

延喜式がらみばかりで、最近磐座ロスでしたので満足でした。

ちなみな今日から五連休なんですけど、この有り様です。