神社ぢからと寺ごころ

神社ぢからと寺ごころ

寺社を通じて教わった気づきを綴ってまいります。
頂いた御朱印も順次公開していきます。
磐座とか陰陽石を探すほうが多くなってきてましたが、最近では街中の小社ばかり回ってる気がします。

地方のバスの時刻表というのは、ある種の独自のルールと、僕たちには到底あずかり知ることのできない独自の時間の流れによって動いている。
​大手乗り換えアプリの優秀なプログラマーたちが、どれほど完璧なアルゴリズムを組み立てたところで、地方のバス路線の現実を100パーセント網羅することは不可能なのだ。それはまるで、最新のデジタルカメラで、鬱蒼とした古い森の奥にある影の深さを正確に写し取ろうとするようなものかもしれない。そこにはどうしても、埋めようのない空白が生じてしまう。
​そして今回も、その空白が僕の前に立ちはだかった。
​スマートフォンの画面に表示された数字と、僕の腕時計の針、そして実際に停留所に掲げられた色褪せた時刻表の数字は、まるで互いに口をきくのをやめてしまった古い夫婦のように、決定的に食い違っていた。
​「やれやれ」と僕は心の中で呟いた。

え?もう村上春樹風はいい?

普通に書きますね。

そんなわけで、乗り換えアプリと実際のバスの時刻表が違っていたため、姫路駅北口のバス停に着いたのは、お目当てであった宇原獅子舞の演舞開始時間を5分過ぎていました。

終点のバスの降車で多いのは、支払いの戸惑いだったり、昨今では外国人観光客への対応に時間を要するにことがあります。

それに巻き込まれないように、素早く降車口に走り、支払を済ませてバスを出ました。

しかし、何かが違う。

予想では、駅前から大音量の演奏音が聞こえてきてるはずだったんですが、それが聞こえない。

この日は、姫路駅前の広場で『しそうの乱』と題うった宍粟市ゆかりのアーチストによる野外フェスだったんですよ。

てすから、ガンガンにPAしてると思ってましたから、日にち間違えたかなと思って不安になりました。

ほんとに大丈夫かな?と思いながら駅前の広場へ向かいますと、なんか笛の音が聞こえてきました。

もう始まってました。
梯子登りはじめてましたけど、駅前広場という開けた場所であることもあり、観客が密集しておらず、とりあえずここらの前列に入ることができました。

音楽フェスの野外PAとなるとそれなりの大音量は当たり前の世界ですけど、すべてをごちゃまぜにせず、催し物に合った音量で調整しているのか、お囃子の音がええ感じでしたよ。

こういった民俗芸能系の野外PAは、大きく聞かせないといけないけど、うるさくてはいけないという微妙なとこをやらねばならないんですよ。

聞きやすく作られてたので、いい音響屋さんなんだろうなと思いました。
 
とはいえ、このイベントの本筋の音楽フェスは聞いてないのですけどね。

宇原獅子舞は十二の舞がありまして、雄獅子と雌獅子の二頭が登場しますが、この日は梯子の演目だけのため、雄獅子一頭だけでした。

雄獅子が二匹の猿に導かれ、峻険の山に見立てた梯子に登っていきます。

この獅子舞の由来は、姫路市から宍粟市までの播磨伝播により継承されてきた毛獅子で、毎年10月の第2日曜日に、宇原天満神社と宇原岩田神社へ奉納しています。

視界の厳しい中、獅子の動きで登るというのはかなりの稽古が必要だったと思います。

二人で獅子に入ってるのはわかってるのですが、獅子という生き物が登ってるようにしか見えないのですよ。

てっぺんまで来ました。

ここからが一番の見せ場です。

舞いながら後ろ足の位置を安定させていきます。
大塩天満宮で奉納される毛獅子よりも毛の量は少ないのですが、それを感じさせないような大きな動きで圧巻です。

山頂に達した獅子は立ち上がります。

これ肩車状態なんですけど、高いところでするのは、獅子かぶってなくても怖いですよ。
地上から高さ六メートル以上あると思います。

この梯子の上に立ち舞わす梯子獅子は、宇原獅子舞保存会が世界に誇る舞です。

獅子もすごいですが、猿二匹もいろいろアクロバティックな動きで楽しませてくれます。

曲芸師、軽業師といってもいいでしょう。

そして、神々に人々の無病息災と土地の五穀豊穣を願う舞を奉納します。

猿が下山を誘います。

これ降りるのも難しいよね。

猿は道化役を演じながら、獅子の安全に常に気を配る役どころでもあるのでしょうね。

無事降りてきました。

とてつもなくすごいものを見せていただき、ありがとうございます。
皆さん若いんですよ。

若い人らがこういった伝統芸能に力を入れてくれてるのって、素晴らしいことですよね。

応援します。

秋の本祭は見に行きたいです。

写真撮れてないとことかは動画では押さえてますので、インスタのショート動画リンクしておきます。