『暁星〜Akeboshi〜』 湊かなえ著
大好きな 湊かなえさん
新刊
『暁星〜Akeboshi〜』は
何の前知識も無く購入したら
巻末に
これはAmazonのAudible用に書き下ろされたものです
と 記されていて
時代を感じた昭和生まれの わたし
Audibleに馴染みのない わたしは
やっぱり紙で 目で読む
内容は
とある事件の被告の男性の手記…『暁闇』と
女性作家が記す小説…『金星』が
1冊の中に収められている二部構成になっていて
どちらを先に読んでもよいという作品になっていた
そして
どちらを、先に読んでも
読了後
もう一度読み返そうと思わせられる作品
モデルの事件は…
昨日も今日も朝からテレビで報道されていた
元総理暗殺の
あの宗教2世の悲劇的な事件…がモデルだと直ぐにわかる
「ラスト一文を読み終えた後、心身が熱く震える涙が流れました」
と書店さんの感想が帯に記されていたとおり
ラストページ
最後の1行で
とても切ないラブストーリーになっている
本当の事件も
これが真相だったら良いのに…と思った
ひとごと…では…ないから…
だけど
この本の内容の感想は…わたしには
客観的!?には記すことが出来ない
だから
ここから…
わたしの
フィクションを この本の感想とあらすじの代わりに記そうと思う
輝〜かがやき〜
この物語はフィクションです
そっと深呼吸をしてインターホンを押す
「何かお困りのことはありませんか?」
私は小学5年生…
春休み 夏休み
または そうでない日の日曜日なども
わたしは 親から
そうするように言われたことを
勇気を出してする
訪ねた
家々の対応はもちろん各家庭によって違う
インターホン越しに
「何もありません」 そりゃそうだ…
誰がいきなりインターホンを押してきた見ず知らずの小学生に悩みごとを相談する…?
団地の時
おばあさんが出てきて話そうとしたら
後ろのカーテンの向こうからキーキー声の若い女性の声
「もう、なんやの!あんたみたいなん、もう二度と来んとって!」
…そりゃそうだ せっかくの寛ぎの休日の午前中だものね…
次の家庭
上品な奥様…らしい人が出てきてくれて
「まぁ! 偉いね〜 頑張ってね〜」と優しい言葉をかけてくれた
けれど 内心は
きっと呆れていたことだろう
その人に
手渡した新聞には見出しにこう書かれていた
『あなたが 今 悩み 苦しみの中にいるならば
ここに その答えがあります』
その『救いの光』誌という新聞を
ただ…困っている人を救うためにと
この世を『地上天国』にするためにと
純粋に信じて
配り続けた小学生
今、小学生にそんなことをさせたら虐待じゃないの!?
わたしの名前に付けられた『輝〜かがやく〜』という字は教祖の一番好きな文字だそうで
熱心な当時の親たちは皆
我が子の長子たちにこの文字を付けたから
本部などの
活動拠点に集まる学生たちは
兄弟姉妹でもないのに
名前に やたらとこの文字が入っている子が多かった
文字を覚えはじめたころは
「あいうえお…」の五十音より先に
漢字の
「利他愛」
「感謝報恩」
「病貧争絶無」という言葉を覚えた
学校の勉強よりも
教祖の生い立ちばかりを勉強させられたから
親の生い立ちには無関心でも
教祖の生い立ちだけは
子どもながらも諳んじて言えた
まるで どこかの独裁国家教育と同じ
中学生になり多少の
お小遣いを貰うようになったら
その中から
「献金」が一番大切な出費項目だった
この世の天国の ひな型となる
「美術館建設」のためだと
美術館建設中は 献金に励むため
山を切り崩すところから 完成するまで
学生なのに 新幹線に乗って
ほとんどは夜行バスに乗って
現地を定期的に見学させられた
長い年月をかけて
風光明媚な温泉地に
その教祖の頭文字が冠された
「天国のひな型」は完成し
今も
たくさんの人々を癒やし
関連施設の
美しいお庭などは 今や人気ブロガーさんなども
ブログに記しておられたりするのを見る
ただ…
その宗教は
「無医薬」を唱っていて
「自然治癒力」を求める傾向が強く
熱心な信者たちは なかなか病院へ行こうとしない
私の父は…
あまりにも熱心な母の信仰心から
「薬」を飲まなかった というか
飲まされなかった挙句
くも膜下出血で倒れた時も
救急車も呼ばず ただ…
熱心な信者さんたちに囲まれ
祈ってもらっている中…
虹の橋を渡ってしまった
私は成人式には出席していない
その日 私は母の強い勧めで
教祖の眠る「聖地参拝」の方へ参加したから
そして
二十歳を迎える私は
やはり
母に言われて
白いブラウスに紺のスカートを履いて
ある舞台壇上にプラカードを持って立っていた
そこでは こんな曲が流れていた
「つ◯ぞう〜♪ つ○ぞう〜♪
か・◯・え・◯、つ・◯・ぞ・う♪」
1983年参議院選挙
あれは…決起集会!?だったのだろうか
日本昔ばなし…を読んでいたから…
幼い頃から 本が好きだった
イソップ童話 アンデルセンの物語…など夢物語というよりも勧善懲悪が心地よかった
中でも日本昔話は
必ず
出だしに
「むかし むかしあるところに
おじいさんとおばあさんがすんでいました
おじいさんとおばあさんは信心深く…」
とあり、
信心深くて
やさしいおじいさんとおばあさんには
必ず良いことがあり 幸せになっていて
反して
そうでない おばあさんたちは
欲深で
最後には必ず酷い目に遭っていた
だから…
「信心深い」ことはとてもとても良いことで 素晴らしいことで
だから…自分の親は
立派な親だと信じていた
いや
信じるようにしていたのかも知れない
けれど…
この話はとてもとても長くなりそうだから…
ここまでにしておこう
子どもたち孫たちに伝えたいこと…
良いこと 嬉しいこと
悪いこと 悲しいこと
誰にだって交互にやってくる
「禍福は糾える縄の如し」だ
子どもができると
大切な我が子が病気をしたり 怪我をしたり…虐めにでもあったりしたら…と
尚更 人生
心配と不安の連続になる
そんな時
その辛さや不安を
「新興宗教」に救いを求めてはいけない
わたしの出した結論は
悩んだら 不安になったら
『科学』に学べ
『歴史』に学べ
『科学』も『歴史』も知の宝庫
何が真実か どうしたら良いのかは
考えろ 考えろ 考えろ考えろ考えろ
『ニーチェの言葉』が流行ったとき出会った言葉
「信仰…それは自分の頭で考えるということをやめること」
今
私は自分の頭で考えるようにしている
どんなことも何が正解なのかも未だ分からないことが多く
もがき苦しみながらも
でも必死で 自分の頭で
考えるようにしている
さて…私も 編集作業をしよう
「冒頭一文をトル」
了
※読了後、思い出したのはこの歌でした
〜『二人のアカボシ』〜
📚読書記録📚
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