聖徳太子の憲法十七条西暦604年

一に曰く、和を以て貴しとなし、

(さから)うること無きを宗とせよ

二に曰く、篤く三宝を敬え

三に曰く、天皇の詔書は謹んで承る


第一条の続きは

人みな党たむら有り、

また達さとれる者は少なし。

あるいは君父に順したがわず、

また隣里に違たがう。

しかれども、上和らぎ下睦びて、

事を論あげつらうに諧かなうときは、

すなわち

事理おのずから通ず。

何事か成らざらん


第一条の全文は読んだことがない

短いものしか記憶に無い


これを一言で、現代語訳

「みんなで協力しましょう」


私もこういう認識でいたが、実は

話し合いで決めたことは正しい

と云ってるわけで

井沢元彦曰く

話し合いが全て正しいとする

「話し合い絶対主義」という信仰

信仰とは合理的でない事を信じる事


そう云われれば

反対意見を云う時には勇気がいる

反対意見ではなく

補足修正を口にしたくなる

クレーマーが嫌われるわけだ


更には天皇の詔書より仏法僧より

「和」が重要

西暦1868年慶応4年

五箇条の誓文にも記されている

始まりは天照大神の宣言

天壌てんじょう無窮むきゅうの神勅

出雲の国譲りを受けて

天皇の地となす


蛇足 じゅうななじょうではなく

じゅうしちじょう、だった

 続く