九州と四国は梅雨明けしたが、関西はまだだという。気象庁の慎重さは仕方がないとしても、きせつのうつろいを体で感じる自分自身の感覚では、もう梅雨は明けたと確信している。部屋の窓から入ってくる、裏山からの風の匂いや、空の青さの光の具合は、もう夏だ。


森に続く裏庭の足元に、ドクダミの花が白く光って咲いている。


              
草の中に1歩足を踏み入れると、どくだみのにおいがふわっと立ち上る。


僕は、あのにおいが好きだ。


カラダが浄化されるような、すがすがしいにおいだと思う。

梅雨明けのころに咲くどくだみ。夏を告げてくれる花のひとつです。



同じころ、キョウチクトウが白い花を誇っている。


              
どんな場所でも育つといわれる強健さ。ピンクの花が一般的だが、うちのキョウチクトウは白い。


ブログをしばらくサボっている間に、次々に花が咲き、季節が移っていった。単に”四季”と4つで分けてしまうのはとてももったいないと思う。だから昔の人はたくさんの節季をつくったのだろう。

温暖化と環境破壊が進む現代社会に生きていると、二十四の節季など感じるすべもないが、京都市内でもかろうじてこのあたりでは、節季のうつろいを肌で感じることができる。そして、それぞれの節季があらわす言葉が、ちゃんとその言葉通りに実感できる。


先人の知恵と、すばらしい言葉の感性には脱帽するしかない。