自己愛の行方 ~父を想う~
尊大でありながら傷つきやすい自我…自己愛を
誰しも持っている。
この暴れ馬のような自我を乗りこなすことが
人の一生の課題のような気がしてならない。
10代のときに抑圧された私の大きな自己愛は
10代後半から20代の終わりまで
一気に爆発した。
その後も余震は続き、時折制御困難となった。
が、年齢を重ねるうちに
内から自然に沸き起こる“いい感じ”が多くなってきた。
伴って他人の評価が随分と気にならなくなった。
自己愛という膨大なエネルギーの
処理に成功したのか。
アルマゲドン脱出みたいな…。
周囲の多くの人々に自己愛の処理に混迷し、
支えとならない方向にへ向かっている姿を見る。
以前は私だけだと思っていたが。
苦しそうだ。
まだ小学生の私に父親は「哲学をしなさい」と言った。
その当時はなんのことやらわからなかった。
私の未来を見越してのことだったのか。
暴発のときから
この一言を頼りに私は生き方の“宝探し”を続けた。
父はまだ混乱が続いていた医師に成り立ての頃、
医師である私でも経験しないような
壮絶な闘病生活の末他界した。
父は中学もろくに行っておらず
戦後のどさくさに離島周りの教員になった人であった。
物心ついたときには父親はすでに亡く
昔かたぎの母親は3男坊の彼に
長男と次男が戦死するまで目を向けることはなかった。
子供の頃の我が家は
壁が見えないほどに本に埋め尽くされていた。
父親は己の支えをこの膨大な数の本に求めていたのだと思う。
父は私にたくさんの生きるための言葉と態度の記憶を残してくれた。
今、この一言は
愛情深い父親の私への最大の贈り物となっている。