同タイトルのマンガは俺はよくしらない。
しかし昔、ヤンキー文化というものが存在していたことはよく知っている。
マンガだけとっても、いわゆる「ビーバップ・ハイスクール」の仁義系から、「湘南爆走族」や「あいつとララバイ・シャコタンブギ」などのグラフィティ系、「今日から俺は」や「ろくでなしブルース」みたいな喧嘩純情、コメディ系など、幅広くその文化は題材となっている。
そうそう、こいつもそうだ![]()
雑誌でも、「ポップティーン」や「ヤングオート」にみられる、究極なヤンキー達は大活躍していた。
そしてGOODSにおいても、「なめ猫」の大ブレーク、音楽は「横浜銀蝿」とすべてこの文化でコーディネート出来る仕組みになっている。
しかし僕は、この過去の文化をとっくに、「限りなくナンセンスなもの」とBOXに綴り、かなり深く土の中に埋めて封印したはずだ。
おそらく、80年代に青春時代おくった人間なら、この文化が道の真ん中を堂々と歩いて、蔓延った威力を知っているだろう。油断禁物である。
それは、たぶん「ブラックエンペラー」なる伝説的な暴走族の下々から引き継がれるおどろおどろしさと、シンナー・ボンド中毒で脳神経が中絶された頭悪さが融合したみたいな文化だ。
それは各個人が頭で考えることはしなくて、ファッションも含めて常にその象徴のマネとそれを真似した人を真似てまかなってしまう。
しかしその勢いというのは、簡単で単純なだけ、新型の複写機のようにもの凄い速さでコピーされていき、喧嘩のときの相手への威嚇の掛け声や、女を口説く言葉までコピーされている。
まったくマニュアルどおりに動く奴らで、なかなか手ごわいわけだ。
そんな中、先日、品川庄司の自伝小説の映画「ドロップ」がクランクインされた。
驚いたことに、まことに盛況らしい。
僕は、世の中から80年代の遺物のようなつっぱりヤンキー君とその文化がようやく影を潜めて、ギャングやチーマー、ヒップホッパーのような奴等が、ストリートを占領してることを好意的に思っているわけだ。
またもやあの文化が同じ顔をしてやってくるのに畏怖しまくっているぜぇ。
こいつらを、21世紀型、地球にやさしいエコ人間に変えれるのは、矢沢さん、あんたしかいねえよ
