父の思い出~長崎原爆大被災の記憶 | 天野正孝オフィシャルブログ「頑張ろう!日本!!」Powered by Ameba

父の思い出~長崎原爆大被災の記憶



こんばんは。昨日今日と行事がつまり書き込みができませんでした。ようやっと時間が取れましたので、2日間の報告をいたします。

昨日は、午前8時30分~議会へ。
都市計画審議会の資料を整理しておりました。
午前10時~都市計画審議会に出席。
都市計画マスタープランもいよいよ策定に向けて大詰めとなってきております。
前回からの懸案であった、原発事故対策や東海・南海・東南海の三連動地震への対策も盛り込まれることになりました。この後、9月2日~27日の間、パブリックコメントを受け付けるとの説明もありました。
午後2時~事務所の仕事。
午後5時~後援者と情報を交換してまいりました。

今日は、午前8時30分~議会へ。
午前9時~土地利用特別委員会。
昨日の都市計画審議会でも説明されたマスタープランについて、様々な意見が出されました。
8月にもう一度残りについて議会としての意見を総括する予定です。
午前11時50分~静岡へ。
午後1時~グランシップで静岡県市町議会議員研修会に参加。
本日の講師は辛坊治郎氏で「ニュースの裏」というタイトルで1時間30分の講演でした。
講師は「たかじんのそこまで言って委員会」等多くの番組に出演している読売テレビの元アナウンサーで、現在は、芦屋大学客員教授もされているとのことでした。
内容としては、真実に近い間違い、間違いだけれども真実のことが現実に起こっている現在、本質を見極める目の必要性と、言葉の重みについてが主な内容でした。
午後5時~事務所の仕事をしているところです。

66年前の今日、長崎に2発目の原爆が投下された日です。
私の亡父は、浜松師範から学徒出陣で陸軍静岡連隊に配属され、士官候補生として、九州大村にいたとのことでした。原爆の火がきれいだったこと、翌日諫早駅で救護活動した時の被災者の悲惨な状況等、子供のころから細かく教えてくれました。そのおかげで、私も、戦争の怖さ、愚かさ、悲惨さを学習する素地ができたといまさらながら、亡き父に感謝しています。
爆心地が浦上天主堂というのも、クリスチャンとして因縁を深く感じます。
こうした日本であるからこそ、原子力に対しては、しっかりとしたスタンスを持っているべきだったと思います。「平和利用」というおためごかしで巨大な利権を生み、一部の人間たちの富を増やしていった事実を認め、直していく努力が早急に必要になってきております。

ペタしてね