以下の記事も再掲です。

(2015年9月20日にアップした記事です。)

トム・ケニオンさんの『アルクトゥルス人より地球人へ』という本を読んでいて、この記事の内容が思い起こされてきたので再掲します。

(めっちゃ面白い本だったのですが、以下の一点がひっかかったのでした。)

((面白い点を述べずに)ひっかかった点だけ述べるのもどうよ??ってカンジも(我ながら)いたしますが (^^; )
(面白い点も、あらためて述べることができたらいいな、と思ってます (^^) )

 

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「すべてはひとつ」であると(「あらゆるものが、『わたし』の映し出されたもの(反映)であると)知っている、バシャールたちササニ人たちは、なにかを「守る protect」という体験を選択することがありません。
(「(なにかを)守る」という概念があることは知っていますが、なにかを守る、という体験を選択することはまずありません。)

 

「なにかを守ろうとする」ということは、「なにかを守る必要性のある」リアリティを生み出すということになります。

 

すなわち、

「自分からなにかを奪おうとする他者」
「自分を攻撃しようとする他者」

の存在するリアリティをつくり出すことになります (^^)
(そのような体験を選択する、ことになります。)

 

では、バシャールたちは、どのように、リアリティを体験しているのでしょうか?
(どのようにリアリティを作り出しているのでしょうか?)

 

バシャールたちササニ人は、
preferという言葉と、chooseという言葉を、多用します。

preferは、「なにかをより好む」という意味です。

 

バシャールは、
「貴方が don't prefer だと思う事柄は(貴方の好まない事柄は)、単に、その事柄を選択せずに、ほかの事柄を選択すればよいだけなのです」
というような言い方をします。

 

preferという表現を好んで使うバシャールの世界観には、

「貴方が好ましいと思わない事柄Aを、必要以上に「嫌だ」と思わずに((嫌だ」いう思いを抱くことによって)事柄Aに、エネルギーを与えることなく)(事柄Aも(そのほかのあらゆる事柄達も、みな)等しく選択可能な選択肢である、というニュートラルな観点で眺め)、で(事柄Aを選択せずに)、(より好ましいと思う)事柄 Bを選択する」

というニュアンスが存在しているように思います。

 

バシャールたちササニ人は(っていうか、エササニに限らず、第四密度以上の存在達は)、自分が選択しない(自分がpreferしない)事柄に関しても、その事柄を、「悪く言う」「貶める」ような言い方で述べることは、まずないように思います。(そのような言い方は、第四密度よりも下のバイブレーションなのでしょうね。)

 

おそらく、このようなバシャールの言い方は、
第三密度的な考え方からすると、
「じゃあ、この世界で、ネガティブな事柄が起こっていても、それをほうっておいてもいいのか??」
というような議論を呼び起こし得る言い方だろな、とも思いますが (^^)