先週、私が非常勤で働いているクリニックに読売新聞の記者から取材の申し込みが届いていました。木曜日夕刊の「こころ」という欄で、院長を記事として取り上げたいとのこと(私の勤務するクリニックは、「セクシュアル・マイノリティに理解がある」ことを謳って開設したという点で、日本ではかなりめずらしいクリニックです)。
私がここで述べたいのは、院長が取り上げられることについてではなくて(笑)、そのときに、(「こころ」という欄がどういう感じの記事なのかを例示するために)添付されていた記事のほうです。
『人は死なない』という本を書かれた、矢作直樹さんという、東大の救急部のドクターの記事が添付されていました。

このような方がおられたんですね!
このような肩書きの方が、このような本を(肩書きを明らかにしつつ)書かれたことに感銘を受けました。

救急部・集中治療室のドクターがこのような内容を書かれたことが、とても説得力を高めていると思いました。
「肉体は死んでも霊魂は存続する」というような内容を書かれています。
このような本が出たことにより、「身体的な死」が存在の終わりではないと認識する人々が、さらに増えることでしょう。

矢作さんの別の本で、この本を出版したあとも、学内でのバッシングもなかったと書かれていました。
→なるほど、やはり、時代は変わっているのですね。

おそらく、いわゆる「立派な肩書き」を持つ人々の中にも、いわゆる「スピリチュアル」な認識を持っている人々が、以前よりも増えているでしょうね。このような本が出ると、そのあとに続く人は、越えるべき敷居を低く感じるかもしれませんね。多くの人々が、「スピリチュアル・カミングアウト」していくとよいと思います (^^)
私も徐々にやっていこうと思います。

(天野のプロフィール欄に書いたことですが)今後、医療のパラダイムが変っていくとよいと思います。より、いわゆる「スピリチュアル」と呼ばれる事柄が、今後、医療の中にも入っていくことは、とても必要でしょう(スピリチュアルといっても色々とありますが、「身体」をどう捉えるか、「死」をどう捉えるかについては特に、スピリチュアルなパラダイムも必要でしょう。)

矢作さんは、ドクターとしての仕事も、きっちりとしておられるのだろうな、と→自分の働く医療現場をより望ましい形に変えていく、という「現実的」な仕事も、きっちりとやっていっておられるのだろうな、と思いました。
東大病院の若い医者や医学部生の少なからずの者が、「自分の身内は東大病院に入院させたくない」と思っているのを知り、それを、「自分の身内は、絶対に東大病院に入院させたい」と思うようにしたいと、思ったとのこと。
→で、実際、救急医療に関わるような、東大病院の医療現場を変えていきます。
(かなりエネルギーの要る作業だったのではないかと推察します。)

今回、シンクロで矢作さんの本に出会い、バシャール的に言うならば、「望む現実にシフトしていっているんだな」と思った次第。

この動きを促進させていきたいと思う天野でした。