Love does not exclude anything.  
Love regards everything as its expression.


さすがに、正月が終わり仕事が始まるとなかなかビデオを見るヒマがない(^^;;

ので、前みた「バシャール」のビデオについて、また別のコメントを。

ネガティブな心性を持つ兄のことを心配する女性の話を以前書きましたが、「バシャール」は彼女に対して、”Do you love him unconditionally?”とたずねます。女性が、「はい」と答えるのに、三度たずねます。
(”Do you love him unconditionally?”とは、「お兄さんのことを無条件に愛していますか?」という意味ですね。)
三度たずねたあと、「バシャール」は、無条件に愛するということが、どういうことかを説明します。


というわけで、以下、「無条件の愛」ということからの、天野の自由な連想(^^)


「愛」とはなにか?

それこそ、色々な色々な説明(表現)があり得るでしょうが、一つの説明の仕方として、以下のような言い方があり得るかなと思います。

「愛」は、すべての存在(宇宙に生じるすべての現象)を(それがどんなものであっても否定することなく)認める(承認する)と思います、respectする(尊重する)と思います。

「なにか」を自分とは関わりのないものだと考えるような考え方は、「愛」ではないと思います。あらゆるものを「自分」であると(≒あらゆるものを「自分」の顕れだと)考えるような考え方が「愛」だと思います。

なので、なにかをexcludeしようとする(排除しようとする)ような考え方は、「愛」ではないと思います。
「敵」をつくるような考え方は、「愛」ではないと思います。

「二元論」に慣れた地球人は、すぐに「敵」をつくりたがりますが(^^)。

ネガティブとされるものでも、ネガティブにみえるものでも、(排除するのではなく)「認める」のが「愛」だと思います。
「認める」というのは、「放置しておく」ということではなく、ネガティブなものがless negativeになるように(さらに、できればpositiveになるように)suggestionsやrecommendationsをofferしたりしますが、「愛」は、相手に対して、なにかを強制・強要したりはしないと思います。「ネガティブ」だからといって、その「ネガティブ」なものを攻撃したり、「ネガティブ」なものとの関係を断ち切ったりはしないと思います。(強要したり攻撃しているようにみえても、それは一時的な and/or 便宜上のことでしょう。)
どんな存在であっても、どんな現象であっても、その存在(現象)の、自立性を尊重するということだと思います。

「ネガティブ」とされるものでも、「我々」と同じように、宇宙の創造物なのだから、それを「排除」しようとするのは、不思議な姿勢だと思います。(もち、そういう姿勢も、それはそれで存在してよいわけですけど。でも、排除しようとしないほうが、その「姿勢」の振動数は上がるだろうと思います(^^))
「ネガティブ」とされるものでも、「我々」と同じように、「宇宙」の創造物なのです。

チャネリングのメッセージが、「愛」に基づかれているかどうか。
→その判断基準のひとつは、そのメッセージが、「敵」を「想定」するような物言いをしていないかどうか、それはひとつの大きなポイントであるように天野は思います。