・あの時は誰もが一生懸命でした。ふるさとのために皆が全力を尽くしたことだけは、あの震災の唯一の財産かもしれません。ご一読を。
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・あれから4年になりますね。去年はブログを離れていたので、今年はこの機会にお話をさせて下さい。ある友人の話をしたいと思います。これほどの絶望はあるのだろうかという悲しみを味わった友人の話です。
・友人の名前はMくんと言います。大学の学籍番号が前と後ろだったという縁で始まった付き合いでしたが、ウマが合い、果てしなく遊び、社会人となってからは居が離れたものの、お互いの結婚も祝い、時々連絡をする仲でした。
・4年前、震災が起こりました。Mくんの住む場所は福島県の南相馬でした。津波が襲い、Mくんの息子の安否が不明となりました。なぜ避難所にいないのか、なぜどこの高台にもいないのか。夜を徹してでも息子を探したいMくんにはそれができませんでした。原発事故により避難を余儀なくされたからです。どれほどの不安と葛藤だったか。
・1ヶ月後、Mくんは息子の遺体と向き合います。8mもの津波に巻き込まれ失われた小さな命。どれほどの絶望だっただろう。悔恨だっただろう。それを考えるたびに僕も一人の親として、今でも涙が出てくる。
・Mくんも僕と同じ教職に身を置いています。自暴自棄も許されない日常の中で、担任する児童と向き合いながらMくんはこんな風に自問自答したそうです。
「どうして問題児は生きていて、迷惑一つかけなかった俺の息子は死んでしまったのだろう」と。
・この話を聞いて僕は「ああ、Mは何て偉い奴だろう」と思ったのです。それでもなお、気丈に教壇に立つ彼の姿が想像できたからです。Mくんが今日という日を迎え、胸に去来する思いは何だろう。そんなことを想像し、そしてたくさんの知己の死を悼み、僕は今日の3.11を過ごしていました。









