なんででしょうね?
「サラリーマン」なる職種の歴史は、せいぜい100年かそこいらなのに…
さらには「ホワイトカラーワーカー」の歴史なんてもっと浅かろうに…
いまや(とくに都市部では)「ホワイトカラーワーカー」であることが当たり前のようになってしまっている。
それが「当たり前」であり、大多数の人が何の疑問も持たない。
そこから外れた人はさも落伍者であるかのような目で見られ、
さらに専業主婦の居心地がだんだん悪くなってくる時代…
ううん…。
これってどうなんでしょう?
・男性女性、老いも若きも、縁もゆかりもない土地まで毎日相当苦労して通い、
・家族や地域の人々と顔を合わせるのは平日朝夕の限られた時間と、土日のみ。
・子どもは、お父さんお母さんの働いている姿を見たことがない。
(そもそもどんな仕事をしているのかすら知らない)
・結果として、子どもは「働くこと」に対するイメージをもつことができない。
(また、「働くこと」に対する感謝の気持ちが希薄)
・働くお父さん、お母さんは地域のことをまったく知らない。
・そして、天変地異がおこれば、たちどころに帰宅難民。
…わたしには、この状態がとても不自然な気がしてなりません。
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「会社勤めをする」「ホワイトカラーワーカーである」
イコール
「地域を捨てる」「家族と疎になる」
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この図式をブレークスルーできないものでしょうか?
そろそろ、家族や地域との密度を高めつつできるような「ホワイトカラーワーク」が主流になってきてもいいんじゃないでしょうか?
たとえば、「テレワーク」はそのための手段の一つですよね。
最近になって、国も「テレワーク」の促進にチカラを入れているようですが、
まだまだ浸透してきているようには感じられません。
もっともっと普及が進み、
「ホワイトカラーワーカー」の働き方の選択肢の一つとして定着して欲しいな、
「ホワイトカラーワーカー」が家族と地域との密度を取り戻すことができないかな、
と心から思います。
…とここまで書いてふと思ったこと。
・地域に密着している。
・すぐそばで子どもが遊んでいる。
・親が働いている姿が子どもから見える。
これって、もしかしたら「農業的」な働き方なのかもしれない!?
昔の農家の生活って、
・親が畑仕事をしている近くで、子どもたちが走り回って遊んでいる。
・子どもは田畑で働いている親の姿を見ながら育つ。
・子どもも親も、地域に密着して生活している。
・忙しいときは、子どももお年寄りも一緒に仕事を手伝う。
…こんな感じでしたよね!
こういうスタイルのホワイトカラーワーカーがいたっていいじゃないですか!
「農業的ホワイトカラーワーカー」
古き良き生活様式を、グローバル化が進む新時代の働き方に取り入れる。
そうすることでわたしたち一人一人が人間らしさを取り戻しつつ、小さなコミュニティーの中で大きなグローバルを支える。
こんな社会を作っていきたいなって、最近真剣に思います。
