『コロナ禍、貧困の記録 2020年、この国の底が抜けた』、まえがき公開です。 | 雨宮処凛オフィシャルブログ Powered by Ameba

『コロナ禍、貧困の記録 2020年、この国の底が抜けた』、まえがき公開です。

『コロナ禍、貧困の記録 2020年、この国の底が抜けた』のまえがきを公開します。

 

まえがき

 

「コロナになってもならなくても死ぬ」

 この言葉は、コロナ禍で開催された生活相談ホットラインに電話をくれた人が口にしたものだ。

 生活はギリギリで、コロナに感染しても死ぬし、感染しなくても生活苦で死んでしまう一一一。

 新型コロナウイルス感染がこの国でも広がり始め、不要不急の外出自粛や「ステイホーム」が呼びかけられ始めた2020年3月頃から、そんな悲鳴を多く耳にしてきた。

 電話相談だけではない。公園で開催される炊き出しや相談会で、住まいを失った人々が身を寄せる夜のターミナル駅周辺で、ネットカフェが多くひしめく繁華街で、深刻な言葉を耳にしてきた。

 ここで少し自己紹介すると、文筆業の私は2006年からこの国の貧困の現場を取材し、また支援者の一人として困窮者の相談を受け、公的支援に繋げるなどの活動をしてきた。08年から09年の「年越し派遣村」も経験し、07年頃から目立つようになったいわゆる「ネットカフェ難民」などの支援や取材も続けてきた。07年からは「反貧困ネットワーク」(代表世話人・宇都宮健児)の副代表、のちに世話人としても活動してきた。

 そんなふうに15年間、この国の「貧困」の現場に身を置く私にとっても、コロナ禍の打撃はこれまでにない規模のものだった。

 多くの困窮者が出ることが見込まれた20年3月24日、貧困問題に取り組む30以上の団体(現在は40団体)で「新型コロナ災害緊急アクション」が急遽立ち上げられた。

 4月に相談を受け付けるメールフォームを立ち上げると、そこには今に至るまで、連日、切実なSOSが届き続けている。

「今日、ホームレスになった」

「所持金ゼロ円です」

「もう一週間、水だけで過ごしています」

 メールをくれるのは、圧倒的に非正規雇用の人々が多い。

飲食、宿泊、観光、イベント、テーマパーク、販売、日雇い派遣など。ヨガやジムのインストラクター、エステティシャンなどフリーランスも多くいる。世代は20〜40代が中心で、2〜3割を女性が占める。

製造業派遣の中高年男性を中心に派遣切りが進んだリーマンショック時と違い、コロナ禍は、あらゆる業種に影響を与えている。特に、サービス業を支えてきた非正規女性が大打撃を受けている印象だ。

 一方、これまで出会わなかった層からの相談も増えている。

「夜の街」と名指しされた風俗やキャバクラで働く若い女性。飲食や宿泊、イベント関係の事業を自ら経営していたという元経営者や自営業者。その中には、あっという間に借金まみれとなり、すでに路上生活となっている人々もいた。一方、「住宅ローンが払えない」という人もいる。そんな相談を初めて受けた時には思わず遠い目になった。

 なぜなら、私がこれまで受けてきた「住宅」絡みの相談は、「家賃が払えない」「アパートを追い出されて住む場所がない」というものだったからだ。それが今、住宅ローンが組めるほどの「安定層」にまで、急激に貧困が広がっているのである。

 

「新型コロナ災害緊急アクション」のメンバーたちはSOSを受けると当人のもとに駆けつけ、まずは聞き取りをする。すでに住まいも所持金もない人が多いので、そのような場合には数日分の宿泊費と生活費を渡し、後日、公的制度につなぐ手助けをする。多くの場合、生活保護申請となり、同行する。

「新型コロナ災害緊急アクション」では、20年4月から21年1月に至るまで、1700世帯以上に対応し、5000万円以上を給付してきた。が、SOSの声は減るどころか増えていくばかりだ。

 そんな「野戦病院」のような日々が、もう一年近く続いている。もちろん、みんなボランティアだ。

 本書は、そんなコロナ禍の2020年の記録である。

 

 3月、「年越し派遣村前夜」のような空気になってきたなと思っているうちに状況はどんどん悪化し、4月7日には東京をはじめとした1都6府県に緊急事態宣言が発令された。ネットカフェも休業要請の対象となり、あらゆる仕事の現場が止まる中、住まいをなくし、所持金も尽きる人たちからのSOSが殺到し始めた。

人通りがまったくなくなった都内のターミナル駅には「ホームレスになりたて」と一目でわかる人たちが続出し、その中には若者や女性の姿も多くあった。ある駅近くの路上の一角は、カラフルなトランクやぬいぐるみや衣服が山と積まれた「女の子の部屋」のような光景になった。アパートやシェアハウスを追い出されたのだろう女性たちの私物が路上に置かれていたのだ。

コロナ禍を受け、国は特別定額給付金や持続化給付金を創設。それで「一息つけた」という声も聞いたが、夏頃にはそれもなくなり「万策尽きた」という相談が増えた。

秋になるといよいよ状況は深刻になり、10月、ひと月の自殺者数がとうとう2000人を超えた。

そうして迎えた年末。この国には、年越し派遣村をはるかに超えた貧困が広がっていた。

支援団体が開催した「年越し支援・コロナ被害相談村」には3日間で344人が訪れた。

うち3割が所持金1000円以下で、45%がすでに住まいがない状態。一方、年越し派遣村の時は1%以下だった女性の割合は、344人中61人と18%にまで増えていた。ネットカフェ暮らしの女性、40代ロスジェネ(就職氷河期世代。2021年時点で30代後半から40代後半)女性、外国人の女性一一一。

3月から多くの相談を受けてきたが、その中には、10年以上ネットカフェ暮らしという人もいた。20歳頃から今まで、20年間をずっと製造業派遣の寮を転々とすることで生き延びてきたというロスジェネ男性にも何人か会った。「失われた30年」の生き証人のような人々、それでもギリギリ路上生活を回避してきた人々が、コロナで遂に野宿となったのだ。

それだけではない。ミュージシャンやアーティスト、演劇人たちからの苦悩の声も多く聞いた。

 

 そうして、2021年がやってきた。

 年明けそうそう、都内の炊き出しに並ぶ人は、過去最高を記録した。1月9日、池袋のTENOHASIの弁当配布に300人。1月16日、新宿都庁前の、「新宿ごはんプラス」と「もやい」(困窮者支援団体)共催の食品配布に240人、2月6日には283人。いずれもコロナ前の2倍以上の数字である。コロナ禍以降、炊き出しに並ぶ行列には、以前は見なかった女性たちの姿もちらほらと見える。ミニスカートの若い女性や、「上品な奥様」風の女性も並んでいる。

 このまえがきを書いている今、新型コロナウイルスの新規感染者は2000人以上。こちらも「過去最多」を更新し続けている。

そんな中、コロナを理由に「命か、経済か」という二択がしきりに語られている。感染を抑えるか、感染が広がっても経済を回すかという二択ではなく、一旦感染を押さえるため、休業手当などの補償をしっかりすればいいものを、なぜかその案は語られずにあえて極端な二択ばかりを突きつけられているようだ。

 

 今、多くの人が不安の中にいる。

 本書には、コロナ禍により貧困に陥った人たちが多く登場するが、同時に多くの「解決策」も示されている。

 貧困問題をメインテーマとして15年。今ほど「この問題をテーマにしてきてよかった」と痛感したことはない。なぜなら私は、「この国で、どんなに経済的に困ってもなんとかする方法」を無数に知っているからだ。

 そんな「死なない」ノウハウを、今、あなたに伝えたい。あなたが困っていなくても、あなたの大切な人が困っている時に、ぜひ教えてあげてほしい。

 同時に、コロナ禍で、日々「助け合い」をしている人たちがいるということを、この世の中もそれほど捨てたもんじゃないということを、多くの人に知ってほしい。

 本書が、コロナ禍のあなたのお役に立てたら、これほど嬉しいことはない。

 

『コロナ禍、貧困の記録 2020年、この国の底が抜けた』