米軍資料に見る徳之島空襲(8) | 鹿児島県奄美諸島の沖縄戦

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4月1日、米軍が沖縄本島に上陸を開始した。この日の空襲状況については「大編隊で終日空襲あり」(「徳之島空襲日記」62頁)と「敵機の来襲もなく安心す」(「激戦下の徳之島」20頁)と、全く正反対の記述が残されている。
 この日確認できる攻撃は、空母「ヨークタウン」を発進した、第9戦闘飛行隊のF6F4機である。4機は戦闘空中哨戒の任務中で、徳之島の亀津泊地の1マイル北の小型ボートとU型の2階建ての建物を、午前10時45分に攻撃した。その結果、ボート3隻を破壊し、建物は煙を出していた。
小型ボートは亀津泊地の1マイル北とあるので、亀徳港にいた漁船か機帆船であろうか。日本側には記録はない。最初から徳之島を攻撃目標にしたと言うよりも、行きがけの駄賃で攻撃した感じだろう。米軍の空襲が小規模だったのは、やはり沖縄本島への上陸作戦に集中していたためだろう。
 2日は「午后四時より夕方まで飛行場周辺にはげしい空襲があった」(「徳之島空襲日記」62頁)という。
 だがこの日の攻撃は、午後だけではなく午前中にも行われていた。午前中の攻撃は、空母「ホーネット」を発進した、第17戦闘飛行隊のF6F12機(ロケット弾4発を装備)・第17爆撃飛行隊のSB2C12機(8機は500ポンド爆弾2発、4機は250ポンド爆弾2発を装備)と、空母「ヨークタウン」を発進した、第9戦闘爆撃飛行隊F6F8機(6機はロケット弾6発、500ポンド爆弾1発を装備。2機は500ポンド爆弾1発を装備。)だった。(8機の内2機はロケット弾5発を装備)
 「ホーネット」隊は午前5時50分頃に発進し、前日に加計呂麻島の瀬相に入港した大島輸送隊の艦艇を攻撃した。徳之島飛行場への攻撃は帰還する途中に行われ、飛行場と軍事施設に機銃掃射が加えられた。
午前7時に発進した「ヨークタウン」隊は、喜界島飛行場と大島輸送隊の艦艇を攻撃する前に、爆弾・ロケット弾・機銃で攻撃した。R・J・ジョゼフォピィッツ大尉は対空掩体に爆弾を投下した。一式戦と思われる戦闘機1機が滑走しているのが見られ、L・D・モーリー大尉がこれを破壊した。
 この日早朝に徳之島飛行場から、一式戦を装備する第20振武隊2機を含む攻撃隊が出撃している。離陸時の事故で2機が破損し出撃不能となったが、地上で撃破された一式戦の記録はない。
 午後の空襲は、空母「ホーネット」を発進した、第17戦闘飛行隊のF6F8機・第17戦闘爆撃飛行隊のF6F8機(ロケット弾6発を装備)と、空母「ヨークタウン」を発進した、第9戦闘飛行隊のF6F8機(6機は500ポンド爆弾1発を装備。1機は500ポンド爆弾2発を装備。7機がロケット弾6発を装備)だった。
 「ホーネット」隊は午後2時50分に発進し、加計呂間島で大島輸送隊の艦艇を攻撃した。徳之島飛行場へは帰途に、第17戦闘爆撃飛行隊機が機銃掃射し、2機の単発機をおそらく破壊した。また弾薬倉庫を含む飛行場南西地区への攻撃で、大爆発が起こった。
「ヨークタウン」隊は戦闘機掃討と、喜界島と徳之島飛行場の爆撃のため、午後3時に発進した。飛行場の滑走路を8機が爆弾・ロケット弾・機銃で攻撃し、命中弾で甚大な損害を与えた。他には飛行場の弾薬集積所を機銃掃射し破壊した。