こんばんはあまみのそらです。

と、今日は詩ではなくて中谷宇吉郎という方のエッセイから少し読みたいと思います。
おにぎりの話なんですけれども、中谷宇吉郎さんが1900年生まれなんですが、小さい時に女中さんがのおにぎりのためのご飯を炊いてくれた時のお話です。

やがてその日も消え、
女中が蓋を取ると真っ白い湯気がもうもうと立ち上がる。
たきたてのご飯の匂いが、ほのぼのとお腹の底まで浸み込むような気がした。女中は大きいしゃもじで山盛りにご飯をすくい上げて、おひつに移す。
最後のおこげのところだけは、上手に釜底にくっついたまま残されている。


その薄狐色のおこげの皮に、塩をばらとふって、しゃもじでぐいとこそげると、いかにも美味しそうなおこげが取れてくる。女中はそれを無雑作にちょっと握って小さいお握りにして、「さぁ」と言って渡してくれた。
香ばしいおこげに、よく効いた塩味。このあついおにぎりを吹きながら食べると、たきたてのご飯の匂いが、むせるように鼻をつく。これが今でも頭の片隅に残っている五十年前のおにぎりの思い出である。

私もおにぎりは大好きです。20代の頃、就職で行き詰まっていた時になぜか竹芝


桟橋という東京の港ですけれども、そこに行って、なぜか母が握ったおにぎりを持っていたんですね。
海を見ながら泣きながらそのおにぎりを…違うな、おにぎり食べてたら涙が出てきちゃったんですね。
おにぎりいろんな思い出がありますけれども大人になってからはそれが一番よく覚えています。
皆さん、おにぎりの思い出


ありますでしょうか