5.先生それぞれの叱り方
「こっちにケツ向けろ。」
と言われ、クルッと向きを換えたかやんの方にお尻を向けた。ジャージの上からとは言えたかやんの打ち下ろす平手は強烈で、50発ずつ叩かれたが、30発を超えたぐらいから2人のすすり泣く声が聞こえてきた。
正座している女子2人と、今お尻を叩かれたばかりの男子2人を一列に並んで立たせ、1人ずつじっくりと顔をのぞき込んだ。
「おまえら全員、まだまだ反省なんてしてないよな?ケツ叩かれて痛くて泣いて、その痛みから免れるために必死に謝罪しただけで、自分たちのとった行動に対しては、これっぽっちも悪かったなんて思ってないだろ?そんなことくらい、おまえたちの顔を見れば一目瞭然だ。だからまた、懲りずに悪さを繰り返すんだよな。なあ、海?」
海は首を振りながら、
「そんなことないです。」
「おまえは現に何度も何度もケツひっぱたかれて、それでもまた叱られるようなことをしてるじゃないか。」
「もう絶対にしません。」
「おまえの言うことなんて、まったく信ぴょう性がないからな。」
「・・・。」
海はそれ以上何も言い返すことができなかった。
「他の3人も同じだ。オレ、おまえらのこと信用できなくなったからな。一度失われた信頼を取り戻すのは並大抵のことじゃないって、しっかりと心に刻んでおけ。これから卒業までのおまえたちの態度で名誉挽回できるかどうか、1日1日、1つ1つ、よく考えて行動しろ。分かったか?」
「・・・。」
「分かったのか、分かんねーのか、意志表示できねーのかよ!」
「分かりました。」
4人は口々に返事をして、たかやんの言葉を脳裏に焼きつけた。・・・焼きつけようとした。
「担任にもちゃんと謝って来い。」
綾は沢木先生と廊下に出た。拓斗は部屋の中で西原先生の所へ。海と環太はよわしの所へ行った。
綾はまだ涙が止まらず、泣きながら、
「先生、ごめんなさい。」
と謝った。
「星野さん、先生たちみんな、本当に心配したのよ。こんな暗い中、何かあったらどうするの?」
穏やかな口調で言われたが、目はキリッと綾を見つめていた。綾はさらに激しく泣きながらコクンとうなずき、
「本当にごめんなさい。」
ともう一度謝った。
「藤重先生、すごく厳しかったけど大丈夫?でもあなたたちは、そのくらい怒られるようなことをしたのだから、きちんと先生の思いを受け止めてしっかりと反省するのよ。」
綾をギュッと抱き寄せて、頭をなでてくれた。お母さんみたいな優しさがひしひしと伝わってきた。
沢木先生が部屋に戻った後、綾はそのまま廊下で海を待っていようとすると、たかやんが出て来た。
「綾、オレにまだケツ叩かれたいのか?」
「ち、ちがいます。海を待ってようと思って。」
「海ならまだまだ時間かかるぞ。二谷先生、今日はずいぶんと怒ってるからな。それにおまえらが一緒になるとまた悪だくみ始めるから、さっさと部屋に戻ってろ。海のフォローはオレがちゃんとしとくから安心しろ。」
「は、はい。」
“たかやんがフォローって・・・、それの方がもっと心配なんだけど・・・。たかやん、さっきあれだけ厳しく怒ってたのに、何もなかったようにサラッとしてる。あとまで引きずらないでいてくれるのはいいんだけど、そのギャップにはいつも戸惑っちゃうよ・・・。”
綾はぶり返すようで怖かったが、思い切って聞いてみた。
「先生、部活・・・。」
「クビ。」
ひとことで片付けられてしまった。
拓斗は西原先生に、
「迷惑かけてすみませんでした。」
と謝った。
「おまえ本当にそう思ってるのか?」
拓斗はギクッとした。たかやんにあれだけボロクソに怒られたにも関わらず、拓斗はまったく反省していなかった。規則を破って悪いことをしたという自覚はあるが、
“これくらい何でもないことだよな。”
という開き直った感情の方が上回っているのは確かだった。たかやんの前では、本性は出さずにうまくごまかせたつもりだったが、離れた所から客観的に見ていた西原先生は、そんな拓斗の気持ちに気づいていたようだ。
「先生の中学時代、20年ぐらい前は、学校の先生にも部活の顧問にも、家に帰ればオヤジにだって、ケツひっぱたかれたり顔ぶん殴られたりしてたんだ。でもな、先生それじゃあ全然反省しようと思わなかった。かえって何すんだよって反発したり、もっと悪いことをしたりして悪循環だった。結局は自分の頭で考えて、自分で何とかしようと思わない限り、人って変わらないと思うんだよな。
おしおきされてハッと気づく子もいれば、先生とか拓斗みたいに逆効果になる場合もある。まあおしおきする側にしてみれば、カケみたいなものかもな。自分の経験も踏まえて、先生は基本的には生徒のケツは叩かない方針だ。脱走したことや、藤重先生に叱られたことを拓斗自身がどう感じるか、少し大げさな言い方だけど、今日のことをどうやって今後の生き方につなげていくか、自分で答えを見つけ出せ。」
拓斗は「はい。」と返事をして、頭を下げて部屋から出て行った。
女の先生たちは自分たちの部屋に戻り、よわし、西原先生、たかやん、そして海と環太の5人が残った。よわしはソファに座り、まず環太を呼んだ。
「海はそこで待ってて。」
よわしは環太の肩に両手を置き、真っすぐに見つめて言った。
「環太、ちゃんと反省できたのか?」
「はい。」
「お尻出して、ここに来て。」
ひざをポンポンと叩くと、環太は素直に従った。
海はその様子を見ながら、
“西原先生は拓斗のお尻叩かなかったのに、やっぱりよわしはおしおきするんだ・・・。そうだよね、昨日も私たちのお尻叩いたもんね・・・。私昨日、結構厳しくやられたんだよな。今日も泣かされるんだろうな・・・。どんなおしおきされたって、あんなにきれいな星空見れたんだから後悔しないって本気で思っていたのに、たかやんにものすごく怒られて、やっぱりやめとけばよかったって思った。これからよわしにも怒られるの、すごく怖い。よわし、もう私のこと許してくれない気がする・・・。”
「環太、今日は何もなく戻って来れたけど、何かあってからじゃ遅いんだからな。」
ビシッ!
「返事は?」
「はい。」
ビシッ!
「環太は優しくてまわりに流されやすいけど、自分の意見をもっとしっかりと持つようにしなさい。」
「はい。」
ビッシーン!
「誘われても断る勇気、悪いと思ったことはやめさせる判断力も必要なんだぞ。」
「はい。」
ビッシーン!
「藤重先生から言われたこと、僕が言ったこと、それからこのお尻の痛さを決して忘れないんだよ。」
「はい。」
ビシィッ、ビシィッ、ビシィッ・・・・・ビッシィーン!
全部で20発ほど叩かれて、環太のおしおきは終了した。よわしが無言になってからの十数発は、シーンとした部屋の中で、お尻を叩く鋭い音と環太の叫ぶ声だけが響き渡った。よわしのおしおきも厳しいものだったが、それでもたかやんがいつもより何倍もブチ切れていたせいか、よわしの普段と変わらないおしおきスタイルを見て、海は少しホッとした。
「環太、部屋に戻っていいよ。海、こっち来て。」
トボトボとよわしの所に行くと、いきなり荒々しくひざの上に倒され、ガバッとお尻をむき出しにされた。
「危険なことはするなっ!」
普段声を荒げないよわしに怒鳴りつけられ、お尻をバシバシ叩かれた。いつもの諭しながら1発1発反応を見て、という優しさを感じる叩き方ではなく、続けざまに強打され、海は驚き、痛みに耐えられずギャーギャー泣きわめいた。逃れようと足をバタバタさせると、よわしの足で海の足を挟み込まれ、抵抗した分さらに強く叩かれた。
環太に対する叩き方とは明らかに違っていて、自分に対してかなり怒っていることが海にもはっきりと理解できた。何回も「先生、ごめんなさい。」「許して。」「もうしないから。」と叫んだが、
「海の言葉は、もう何も信じられない。」
と言って、また叩き始めた。
「昨日、他の2人より厳しくしておいたのに、そんなのまったく意味がなかったってことか・・・。僕が昨日、どんな気持ちで海だけに冷たく当たったのかなんて、君には分かってもらえないんだろうね・・・。」
悲しそうに話しながらも手は止まることなく、バシバシバシバシ・・・・・お尻を連打し続けた。
“もう限界”と思っているところに、
「次にまた何か悪いことを考えついたときに、思いとどまることができるように、今から少し強く叩くから、歯を食いしばって。」
もう充分過ぎるくらい本当に痛いのに信じられないことを言われ、全身で抵抗して逃げ出そうとしたが、手も足も体もガッシリと押さえ込まれている。泣いてどんなに一生懸命謝っても、今日のよわしには通用しない。昨日のよわしは心を鬼にしていたが、今日はそれ以上に強い意志を持っていて、簡単には海を許す気持ちはなかった。
よわしの右手が高い位置にセットされた。
バッチィーン!
バッチィーン!
バッチイィーーン!
最強の3発が打ち下ろされた。
「もう無理・・・。」
海は首を振って泣きじゃくった。
「連日だからな・・・。」
部屋の隅で黙って2人の様子を見守っていたたかやんが、ポツリとつぶやいた。
本名の強士と違って、見るからに弱そうだからと生徒たちにつけられたあだ名『よわし』。そんな先生のめったに見ることのない強くて怖い一面を嫌というほど思い知らされて、海の心に深く反省の念が芽生えた。真っ赤になったお尻に手を当てられ、落ち着いた感じで、
「心配させるな。」
最後にひとこと言われて、ひざから下ろされた。
「ごめんなさい。」
今までの口からポンポンと飛び出していた「ごめんなさい」とは違う、ずっしりと重みのある言葉によわしはいくらか安堵したものの、自分が海にしたおしおきが果たして正解だったのかどうか・・・。うなだれて、お尻を押さえている海を目の前にして、居たたまれずにそのまま無言で部屋から出て行った。
残された海は泣きやむことができずに、よろよろしながらパンツとジャージを履くと、その場に呆然と立ち尽くした。ずっとおしおきの様子を見ていたたかやんに、
「海、こっち来い。」
と言われ、隣の女の先生の部屋へ連れて行かれた。
「かなり叩かれたから、ちょっとお尻冷やしてあげて。」
たかやんは海を畳の上にうつぶせに寝かせて、ジャージとパンツを下ろした。
「あーあ、真っ赤っかだよ。」
小春ちゃんに言われ、また涙が出てきた。
「二谷先生がこんなに厳しいなんて珍しいわね。」
沢木先生が言うと、たかやんは、
「探し回っているとき、すごく心配してたからな。それにこいつ、昨日の今日で反省の色ゼロだしな。それじゃあ昨日叱った二谷先生も、もっと厳しくって思うのも無理ないよな。まったく困った子だ・・・。」
海の真っ赤なお尻を見てため息をついた。
花ちゃんが冷水でしぼったタオルをそっとお尻に乗せてくれて、4人の先生たちが海のお尻を中心に寄り集まっているという異様な光景だった。
「海は何で、こう怒られることばかりするんだ?」
たかやんは不思議でたまらないといった風に、海に問いかけた。
「だって・・・。」
と言いかけて、思い出したかのようにまたシクシクと泣き出した。
「本当に大きな赤ちゃんね。うちの小3の次男よりずっと幼いわ。」
沢木先生に笑われた。
「悠一も苦労するよな・・・。」
たかやんの口から『悠一』という単語が飛び出した途端、海の頭に仁王立ちする悠一の姿が現われ
「先生、お兄ちゃんに言わないで。」
そんな願いは空しく、
「空も海も、保護者にはきっちり報告するからな。帰ったら明日の夜もまたケツ叩かれるのか。3日連続でかわいそうなお尻だな。」
「・・・。」
二谷先生が少し頭を冷やして部屋に戻ると、西原先生が1人で日誌を書いていた。
「二谷先生、大丈夫?だいぶ無理したんじゃないの?」
「はい、すごく疲れました。」
「それにしても、海って面白い子だね。」
「もうこっちは、ハラハラドキドキですよ。」
「女の子で珍しいよな。」
「今のだって、きっとすぐに痛みを忘れて、また何かしてくると思います。もうこうなったら、とことんつき合ってやるって、僕も去年1年担任をやった時点で覚悟を決めてます。」
「いつか二谷先生の思いを分かってくれるときが来るはずだよ。卒業して大人になってからかもしれないけどね。」
「それでもいいです。今伝えるべきことは、きちんと伝えておかないと。僕、後悔したくないので。」
「二谷先生の信念はちょっとぐらいのことじゃブレなそうだから、陰ながら応援させてもらうよ。」
「自分のやり方が海にとってプラスになっているのかどうか、不安になることもたくさんあるので、そんなときは相談に乗ってください。」
「ああいつでもな。二谷先生はまだまだ若いんだから、悩んで考えて反省して努力して、生徒と共に成長していけばいい。」
「西原先生、僕すごく気になってるんですけど、海、お尻大丈夫だったかなって・・・。あんなに思いっきり叩いたのは初めてだったので。」
「そうだな、かなり痛そうだったよな。」
海は30分ぐらいお尻を冷やしてもらってから部屋に戻った。みんなが心配して、海の所に寄って来た。明らかに泣きはらした顔をしている海に、
「大丈夫?」
紗也が顔をのぞき込んで聞いてきた。
「黙って行っちゃってごめんね。」
「ねぇ、海、本当に心配してたんだよ。どっか行くんなら、何かひとこと言ってからいなくなってよね!」
花憐は少し怒っているようだった。
「ごめん・・・。ちょっと星を見に外に出たら、見つかっちゃって怒られてたの・・・。」
「えー、またお尻叩かれちゃったの?」
紗也が同情して聞いてきた。
「うん。よわし、昨日と別人みたいに怖かった。私もう顔を合わせられないくらい怒られちゃったよ・・・。」
「よわしってば、すごく心配そうに、何回も探しに来てたんだよ。」
花憐に言われて、
“ごめんなさい。”
心の中でよわしに謝った。
それから少し経って、
「消灯の時間です。」
よわしが見回りに来た。みんな布団にもぐって寝たふりをして、よわしが出て行くのを待っていると、海の所に来て布団を少しめくり、
「海、ちょっと廊下に出て。」
と言って先に部屋から出て行った。
“えー・・・気まずいんだけど・・・。”
気が重かったが、スルスルと布団から抜け出して廊下に行くと、
「海、お尻大丈夫?たくさん叩いちゃったから、まだ痛いよね?」
いつもの繊細なよわしに戻っていた。海は安心したものの、さっきのよわしの怒った顔が頭から離れず、うまく受け答えができなかった。
「ちょっとごめんね。」
よわしがいきなりジャージとパンツを引っ張って、お尻をのぞき込んだ。
「キャッ!」
「ごめんごめん。まだ腫れてるけど大丈夫そうだね。」
「花井先生たちが冷やしてくれたから。」
「あー、そうだったんだ。よかった。じゃあおやすみ。」
頭をポンポンされた。こういう優しいよわしの方がいい。怖いよわしはもう嫌だ。
「先生、心配かけてごめんなさい。」
心の底から自然と言葉が出てきた。
「ふふ、やっと素直な海が見れてよかった。さっきは僕すごく感情的にお尻を叩いてしまったから、きちんと伝わらなかったかもしれないけど、もう一度聞いてほしい。少しぐらいのいたずらや、他人に迷惑をかけない悪さだったら大目に見てあげることもできる。でも今回の行動は、自分自身を危険な目に遭わす可能性もあったし、それ以上に先生方や友達を不安にさせ、非常に心配させてしまう行為だったよね。僕、そういうの、絶対に許すことができないんだ。海にとってはすごく厳しいおしおきだったと思うけど、しっかりと心に焼きつけて、二度とこんなことしないようにしてほしい。」
「はい。」
よわしの一生懸命さが、海にはとてもよく伝わってきた。
「お尻叩かれる夢を見ないといいけど・・・。おやすみ、海。」
「・・・おやすみなさい。」
つづく