3.複雑な恋心
深夜に悠一が帰宅し、慌てて電話を切った翌日、斗亜から連絡はこなかった。知り合ってから今まで、1日も欠かさず連絡をくれていたのに。大学の課題に追われているのか、バイトが長引いてまだ働いているのか、それとも体調が悪くて早くに寝てしまったのか・・・。海は斗亜のことが気になって仕方なかった。am1:00まで待っていたが音沙汰なかったので、『おやすみなさい』とラインを送った。
“返事がきたら『何かあった?大丈夫?』って心配していたことを伝えよう。それとも『何でもっと早く連絡くれないの!』ってちょっといじけてみようかな”
返信がくることを信じていろいろと考えていたが、結局それから1時間半経っても既読にはならなかった。
“もしかしたら、今日彼女の誕生日でお泊りデートしてるのかも・・・”
彼女にとっての自分の存在を棚に上げ、大切な人を奪われてしまった寂しさと、どうにもならないイライラで胸が押しつぶされそうになった。
“斗亜くんは彼氏じゃないし、会ったこともないネット上の人なんだから”
と何度も自分に言い聞かせたが、今までのラインの内容や昨日の電話の声を思い出すと涙がポロポロと流れた。
ベッドに入ったものの、
“せっかく返信してくれても、寝ちゃったら気づかない”
と思うと目を閉じることができず、結局am3:00過ぎまで不安と闘いながら起きていた。
次の日、学校にいる間ずっとラインの着信ばかり気にしていた。授業中もソワソワと上の空で、先生から何度も注意された。下校中も家に帰ってからも肌身離さず携帯を握りしめ、画面を確認してはため息ばかりついていた。
“斗亜くんとはもう終わっちゃったんだ・・・昨日の電話で、きっと私の声とかしゃべり方に幻滅したんだ。彼女の話をしたとき私が機嫌悪くなったから、面倒くさいヤツって思われちゃったんだ・・・”
自分の悪い面が次々と思い浮かび、返信がこないのは自分のせいだと落ち込んだ。
どんよりした気分で夜ごはんを食べていると、
「海、暗い顔してどうした?学校で何かあったのか?」
悠一が心配そうに海の顔をのぞき込んだ。
「ううん。何でもないよ。」
悠一には本当のことは話せない。学校でのトラブルなら相談できたかもしれないが、SNSで・・・なんて知られたら大変なことになる。食欲はなかったが、悠一にあれこれ詮索されないように無理して残さず食べた。
食べ終わって食器を台所に運んでいると、ポケットに入れていた携帯からラインの着信音が流れた。昨日の夜からずっと待ちわびていたメロディーに胸が躍った。悠一に気づかれないように携帯を確認すると、斗亜からのラインだった。
「わぁー!」
思わず声を上げてしまい、慌てて口に手を当てた。
「お兄ちゃん、洗い物あとでするから置いといて。」
さっきまでとはガラッと表情が変わり、階段を駆け上って自分の部屋に飛び込んだ。
海の不審な態度を見て、
「何だあいつ。」
悠一は空に問いかけたが、
「さあ?」
と空も首を傾げた。
「学校で友達とケンカでもしたのか?あの年頃の子は、まあいろいろあるんだろうな。まさかクラスでいじめられてるとか?いや、あの性格じゃいじめてる方か?空、なんか知らないのか?今年は教室隣同士だから、おまえのところにも去年よりは情報入るだろ?」
「兄ちゃん、心配しすぎ。海だってもう高2なんだから大丈夫・・・だと思うけど。」
「ほら、おまえだって確信は持てないだろ。何か気づいたことがあれば、すぐに知らせてくれよ。」
心配の種は尽きないが、海が明るい表情に変わったので悠一はひとまず安心したようだ。
海は部屋に入ると、はやる気持ちを抑えるように深呼吸してからラインを開いた。
『元気だった?』
いつもの決まり文句にホッとした。すぐに
『うん』
と返信すると、
『もうごはん食べた?』
『うん』
『学校どうだった?』
『別に』
『楽しいことあった?』
『ない』
『うみちゃん怒ってる?』
『ううん』
あれほど心待ちにしていた斗亜からのラインだったのに、気づくと海は冷たい返信を送っていた。
『どうしたの?いつものうみちゃんと違う感じだけど』
昨日の夜から今まで、ずっと淋しい思いをさせておいて、そのことに関してひとことも触れてこない斗亜が信じられなかった。『昨日は連絡できなくてごめんね』と言ってさえくれれば、海の機嫌はよくなるのに・・・海も自分から『昨日はどうしたの?』と素直に気持ちをぶつけられたら、こんな風に気まずい空気が流れずに済んだのに。彼女でもないのに1日連絡がなかったくらいで斗亜を問い詰めるのは筋違いな気がして、海からは何も言い出せなかった。
『気が進まないみたいだから、今日はもう終わりにしよう』
海は思いもよらぬ斗亜の言葉にあたふたして、
『斗亜くんの意地悪!』
と返信してしまった。
“あー、なんて嫌な女なんだろう。もっと素直でかわいい女の子でいたいのに・・・”
自分の行動があまりにもガキ過ぎて、自己嫌悪に陥った。
“せっかく連絡してきてくれたのに、こんな態度とってたら斗亜くんドン引きだよね・・・私ってば勝手にいじけて雰囲気悪くして、このまま終わりにしちゃったら、また明日1日どんよりした気分で過ごさなきゃいけなくなる。もしかしたら、このまま永遠に連絡とれなくなるかもしれないし、そうしたら絶対に後悔するよね・・・”
海は頭の中がゴチャゴチャになって、目の奥の方がじわーっと熱くなるのを感じた。
すると突然ライン電話がかかってきた。
“えっ、出れないよ。下にお兄ちゃんいるのに・・・”
慌てて着信拒否すると、再び着信音が鳴り響いた。
「もうっ!」
と言いながら仕方なく電話に出て、小さい声で
「電話無理だってば。」
と言うと、
「うみちゃんわがままなことばっかり言ってるから、ちょっとお説教。」
と少し怒っている感じに言われてしまった。
海は前に斗亜と話した『彼女がわがまま言ったら』という話を思い出した。
「うみちゃん、何で怒ってるの?」
「怒ってないよ。」
「うそだ。どうみても怒ってる態度とったよね?」
「だって・・・」
「ん?」
「・・・・・」
「ほら、またそうやって黙り込む。この前も言ったけど、そういうのよくないよ。言いたいことはちゃんと言ってくれないと伝わらないから。」
「うん・・・」
少しの間があり、
「もしかして、昨日連絡しなかったこと怒ってる?」
図星だったが、どう反応していいのか悩んでしまいしばらく沈黙が続いた。せっかく斗亜の方から切り出してくれたのだから、本当の気持ちを伝えるチャンスだと思ったものの、“重いかな?重いよね?”という葛藤が生じ、なかなか次の言葉が出てこなかった。
「だって・・・」
「だって?」
「だって、今まで毎日連絡くれてたのに、昨日は何もなかったから。『おやすみ』って送ったのに昨日も朝も未読のままで返事こなくて、今だってそのこと全然言ってこないし・・・」
海は溜まっていた思いを一気に吐き出した。
「うみちゃん、淋しかったの?」
「えっ?」
「大丈夫だよ。」
「何が?」
「淋しくならなくて大丈夫。ちゃんとうみちゃんのこと考えてるから。」
「それなら何で返信してくれなかったの?」と言い返したかったが、これ以上本音をぶつけたら引かれてしまいそうだったし、ちゃんと考えてくれているというプレイボーイ的発言に恋愛免疫のない海はホロホロしてしまった。
「いろいろ言っちゃってごめんなさい。」
「思ってることをちゃんと伝えてくれてよかった。まだ知り合ったばかりで、うみちゃんがどんな子なのか分からないこともたくさんあるから。」
「うん。でも私、斗亜くんの彼女じゃないのに、わがまま言っちゃダメだよね。」
「そうだね、うみちゃんとは会えないから、わがまま言われてもおしおきできないからね。」
海はハッとした。
“そうだった。斗亜くんは彼女のわがままが過ぎると、おしおきするって言ってたんだ”
「彼女じゃないから、会えたとしてもおしおきはナシでしょ?」
「いや、うみちゃんは特別かな。」
「特別?」
「そう。なかなか素直になれないみたいだし、本音を言わずに気持ちを抑え込んでひねくれちゃうし、手のかかることがたくさんあるから、そういう子にはたっぷりおしおきが必要だよね。」
「えー・・・」
海は複雑な心境だった。この短期間で自分の面倒くさい内面を理解されていることに驚き、彼女にするというおしおきが自分にも必要と言われたことに少し嬉しさを感じ、それでも会うことはできないという現実を突きつけられた。そんなことを考えていて、この前聞きそこなった『おしおき』が何なのか聞くのをすっかり忘れてしまった。というより、海の中では『おしおき=お尻叩き』という概念で斗亜との会話が進行していた。
結局昨日の話にはならず、「ごめんね」もなければ理由も聞けずに海の中ではモヤモヤした思いが残ったが、これ以上ごねたら嫌われてしまうかもしれないと諦めることにした。そのあと、お互いの学校や友達の話、バイトの話などとりとめもないことを1時間近く話した。
すると突然、何の気配もなくドアがバタンと開いて、悠一が怖い顔をして入って来た。
「何時間電話してるんだ!早く食器洗ってくれないかな!!」
お風呂から上がっても台所の流しに食器が山積みになっているのを見て、悠一はイライラした様子で文句を言いに来た。海は慌てて斗亜との会話を中断して、
「わっ、お兄ちゃん、ごめんすぐやるから。」
と言って立ち上がった。悠一が部屋から出て行くのを待って、
「ごめんね。お兄ちゃん怒ってるからまたね。」
と斗亜に小声で言って電話を切った。
こんなにたくさんしゃべったのに、まだまだ斗亜とお別れするのが嫌だった。
“こういう関係、友達以上恋人未満っていうのかな?”
ちょっと悲しいような、でも何だか嬉しいようなフワフワした気分だった。階段を下りてリビングに悠一がいないことを確認すると、鼻歌を歌いながら洗い物を済ませた。
つづく