2.依存
“あーあ、またこの人は絡んでくるのか・・・”
海は適当にあしらって、早く帰ることだけを考えた。
「海みたいなヤツ相手に、よく辛抱して頑張ってるよな。」
「・・・」
「お兄さん、今何才だ?」
「34才です。」
「いつまでもお兄さんにつきまとっていたら、お兄さんがかわいそうだと思わないのか?」
「え?どういうこと?」
「彼女いるんだろ?」
海はコクンとうなずいた。
「30半ばともなれば、そろそろ結婚してもいい年齢だよな。おまえそんなこと絶対に認めたくないだろ?結婚したら奥さんと一緒に幸せな家庭を築き上げていくだろうし、子供が生まれれば世話したり教育したり遊んだり、いいパパになって家族の絆をより一層深めていくだろう。今は海と空に向いている目が、ほぼほぼ奥さんや子供に向けられることになる。
そうやって将来のことを考えたら、いつまでもお兄さんに依存してないで、もうそろそろ解放してあげてもいいんじゃないか?おまえの家の諸事情は分からないが、『いとこ』という立場で面倒を見てくれているんだから、もっと有難みを感じるべきだろうに、おまえは迷惑をかけるようなことばかりしているし、いつまで経っても赤ん坊みたいに自立できずにいる。
空はおまえよりもずっとしっかりしているから、今オレが言ったことをきちんと理解しているようだが、おまえは現実から目を背けているのか、それとも端からそんなこと考えてもいないのか。今までさんざん甘やかされてきて、もう充分満喫しただろ。すぐに大人になれとは言わないが、あと数年で成人するという自覚を持って節度をわきまえて行動しろ。」
“そんなこと言われなくても分かってる。お兄ちゃんが私のものじゃないことぐらい、ずっと前から、一緒に暮らし始めたときから分かってるし、いつか私たちの元を離れて誰かと幸せな家庭を作ることだってちゃんと理解してる。眞木野さんなんて私たちとは赤の他人のくせに、ズケズケ踏み込んできて、余計な口出ししないでほしい”
「いつでもそう考えておけば、お兄さんと離れ離れになったときの喪失感は多少なりとも軽減できるだろう。それから、高校生にもなって日常的な『おしおき』から離脱できないのは問題だな。おまえの場合は、おしおきが必要な案件が多すぎる。せめて高校卒業するまでにおしおきからも卒業できるように生活態度を改め、幼稚な心を入れ替えろ。ただ厄介なのは、『お兄さん』と『おしおき』の両方に依存していることだな。もし2つがいっぺんに無くなったら、虚無感半端ないだろう。」
「お兄ちゃんには依存してるかもしれないけど、おしおきには依存してない。」
「じゃあ何でおしおきされるようなことを何度も繰り返すんだ?おしおきが嫌ならそうはならないだろ?」
「だって・・・」
「そういうのを依存してるって言うんだ。そのときはお尻叩かれて痛くて泣いて、もう二度とされたくないから気をつけようと思うだろ。でも、しばらくするとまた悪さを繰り返す。だんだんとおしおきを受けることが当たり前になって、それがないと何となく物足りない、満足できなくなる。そして相手が自分のことを大切に思ってくれていないと錯覚してしまう。おしおきされることで、それらの欲求が満たされて安心する。
まわりの人間がおまえをそういう思考にしつけてしまった節もあるが、何しろ甘ったれでわがままであまのじゃくで幼くて根性なしで精神的にまったく成長していない。挙げればきりがないが、要はどうしようもないヤツだってことだ。
これを機に自分なりに考えてみろ。ここに来ればいつでもおしおきしてやるし、オレのおしおきには依存しないはずだから。何でか分かるか?おまえオレのこと嫌いだろ?嫌いな相手からおしおきされたら、もう二度とあいつにはお尻叩かれたくないって本気で思うはずだからな。」
海は眞木野の話を黙って聞いていた。心の中では反論したいことが山のように積み重なっていたが、きっと何をどう言い返したところで、眞木野にはあっさりと打破されてしまうだろうし、さらに上乗せしてダメ出しされるのはうんざりだった。
「不満だらけって顔してるな。最後に確かめておくか?オレのおしおきに依存性があるのかないのか。」
海は首を横に振って拒否したが、眞木野は海の返事なんて始めから求めていなかった。ひざをポンポンと叩くと、
「さあ、たっぷりとおしおきしてやるから、こっちに来い。」
“してやるからって何様のつもり?してくれなくていいんだけど。確かめるとか言ってるけど、結局お尻叩きたいだけなんじゃん。だいたい眞木野さんにおしおきされる理由が分かんない”
「ほら、ブツブツ文句言ってないで早くしろ。おまえパンツ脱がされて人前でお尻むき出しにされても全然恥ずかしくないし、お尻叩かれるのだって日常茶飯事のできごとで痛くも痒くもないんだろ?」
今まで黙って聞いていたが、眞木野にボロクソに言われて耐えきれず、
「悪いことしてないのに、おしおきするなんておかしい。」
と抗議すると、
「おまえのそのひん曲がった根性を叩き直してやるって言ってるんだ。」
「ひん曲がってないもん・・・」
「は?何言ってる?誰がどう見たって真っすぐじゃないだろ。高也に聞いてみろ。久藤先生にもお兄さんにも。何なら今電話してオレから確認してみるか?」
そう言うとポケットから携帯を取り出した。
「やだ!そんなことしないで!」
「じゃあ認めろ。おまえは甘ったれでわがままでかまってちゃんで、まわりの人に迷惑ばかりかけて悪いことしても反省なんてまったくしないし、自分がいつもチヤホヤされてないと気が済まなくて。」
「もういい。」
眞木野の口から次々と出てくる自分を否定する言葉を遮った。悔しくてムカついて悲しくて泣きたくなったが、眞木野の言うことは全部当たっていた。それは自分でも分かっていたが、そこまで他人からはっきりと言われたことはなく、鋭く海の胸に突き刺さった。
“どうしてこの人は、私にこんなに冷たく当たるのか・・・私のこと本当に嫌いなんだろうな。口じゃ絶対にかなわないし、反抗すればするほど追い詰められて不利になる気がする。ここに通ってる人たちを何人も見てきたけど、こんな風に罵倒される人は一人もいなかったし、みんな眞木野さんのことを慕っていた。もうどうでもいいから早く家に帰りたい”
眞木野といると、いつもこういう憂鬱な気分になった。海は自分はここにいるべき人間じゃないと強く思った。スッと立ち上がると眞木野の方に歩み寄り、おしおきされることを受け入れた。
「悪い子だからおしおきしてくださいって言ってみろ。」
「え?」
「おまえが反省しないことは分かってる。でも反省したふりをするのは得意だろ?」
この人はとことん意地が悪い・・・
このセリフ、悠一には何度か言ったことがある。でもそれは強要されたわけではなく、悠一に嫌われたくなくて自ら発した言葉だった。おしおきされて早くいつもの優しいお兄ちゃんに戻って欲しいときに使うとっておきの言葉。信頼関係もないし好きでもない眞木野相手に言うのは、ものすごく抵抗があった。口をギュッと結んで黙り込んでしまった海に、
「お尻出すのは平気でも、そういうプライドはあるんだな。今日はもう誰も予約入ってないから、いくらでもつき合うぞ。さあ、『悪い子だからおしおきしてください』そんなに恥ずかしいか?幼稚園児ならそれほど深く考えずに言えるだろ?」
そのあと10分間沈黙が続いた。
つづく