5.2人の魂胆
眞木野は悠一に、
「納得できたかどうかは別として、こういう経緯のようですが、お兄さんから何か聞きたいことがあれば。」
「今回眞木野さんが助けてくれたからよかったものの、もしそうでなかったら、おまえたちどうしてたんだ?」
『野宿』とか『ヒッチハイク』が海の頭に浮かんだが、それを口に出したら確実にビンタが飛んでくると思い、
「ごめんなさい。」
と謝った。
「ごめんなさいじゃなくて、どうしてたんだ?って聞いてるんだ!」
テーブルをバシッ!と叩いて怒鳴りつける悠一を、眞木野は「まあまあ」となだめると、
「夏なので一晩外で過ごしても大丈夫でしょうし、あの辺りはホテルがたくさんあるので何とかなったでしょう。この2人じゃ誰かさんみたいに、いかがわしいホテルには行かないと思いますし。」
ソファで聞き耳を立ててテレビを見ていた空はギョッとした。
“何で眞木野さんが知ってるんだ・・・?”
一方星はもちろんラブホなんて行ったことはなく、妄想が膨らみニヤけてしまい、眞木野に「おいっ」と睨まれた。
「ホテルに泊まるにせよ野宿するにせよ、今回はお泊まりじゃなかっただけよかったですよ。もしそんなことになっていたら、お兄さん一晩中気が気じゃないですよね。未成年者同士で夜中にうろついていたら補導の対象になりますし、良からぬ事件に巻き込まれる可能性もありますから。」
「本当に眞木野さんには感謝しています。ありがとうございました。」
「そこも問題なんですけどね。本来なら真っ先にお兄さんや星の両親に連絡するべきところを、星はうちの南にホテルに泊まるために保証人になってくれと電話をかけてきましたからね。順番が違うというか、根本的に考え方が間違ってるんです。2人にはやはりしっかりと再教育が必要だと思います。まあ、今日はもう遅いので、このへんで失礼させていただきます。」
立ち上がる眞木野を見て、海も星もキョトンとしていると、
「何だ?2人とも不思議そうな顔して。おしおきされてすっきりしたいか?残念だが今日のところはとりあえずお預けだ。」
2人の顔が一気にほころび、肩の力がスーッと抜けていくのが見て取れた。眞木野は
「星、帰るぞ。」
と言って玄関に向かった。
海は厳しいおしおきを覚悟していたので、何もないことに驚いた。それに「反省しろ」とか「謝れ」といった強制的な指示もなく、怒られている感じがまったくしなかった。悠一では冷静に話ができないので、事実確認をするためにわざわざ寄って行ったのだと解釈した。
“星は眞木野さんのこと、すごく怖い人だって言ってたけど、全然大したことないじゃん。でも考えてみれば、私は眞木野さんとは無関係なんだから、おしおき受ける理由はないもんね”
帰り際に眞木野が言った『お預け』という意味深な言葉を、海は聞き流してしまったようだ。
悠一が玄関に見送りに行っている間に、空は海に「頑張れよ」と声をかけていそいそと2階に上がった。海はフーッと大きくため息をついて、
“眞木野さんはOKでしょ。あとはお兄ちゃんかぁ・・・”
このあと2人きりになったら、相当厳しくおしおきされるに違いない。
悠一がリビングに戻って来ると、
「お兄ちゃん、今日は本当にごめんなさい。」
海は誠心誠意の気持ちを込めて謝った。悠一は海とは目を合わさずに、
「早く風呂入ってこい。」
と言うと、ソファにドカンと腰を下ろし、腕を組んで目を閉じた。
“お風呂出てからか・・・”
海は今日1日の自分の取った行動を顧みた。さっき話した内容を上書きし、悠一に不信感を抱かせないように頭の中を整理した。悠一の怒り具合を推測すると、お尻へのダメージは相当なものになるだろう。いつもより少し長めに湯船につかって気合いを入れた。
髪を乾かしリビングに戻ると、そこに悠一の姿はなかった。2階に上がり、悠一の部屋のドアをノックして「お兄ちゃん」と声をかけたが応答はなく、そっとドアを開けてみるともう電気は消えていた。ベッドで眠っている悠一の背中が目に飛び込んできて、もう一度「お兄ちゃん」と呼んでみたが返事がなかったので、海はドアをそっと閉めて自分の部屋に入った。
“今日はおしおきないんだ・・・もうこんな時間だから明日なのかな・・・”
厳しいおしおきを覚悟していただけに、悠一の考えていることが分からなくなった。いつもならいくら遅い時間でも、その日のうちにガツンと叱られお尻を真っ赤にされるのに・・・
「何で?」
“もう呆れ果てて、海のことなんてどうでもよくなっちゃったの?何回怒られても反省しないから、おしおきする価値もないって見捨てられちゃった?それとも、前あったみたいに無視作戦が始まっちゃったのかも・・・”
おしおきされてちゃんと謝って許してもらって、あわよくばちょっと甘えたいなんて理想像を描いていただけに、モヤーッとした虚しさが残り、すっきりしないまま眠りについた。
翌朝目を覚ましてリビングに下りると、朝ごはんを用意している悠一はいつものように「おはよう」と声をかけてくれた。普段よりも口数は少なかったが、怒っている様子はなく、無視もされていなかった。海はホッとして気持ちが楽になった。眞木野を交えた昨日の話し合いで今回の件は終わりになったんだ、と思った矢先に空にメールが届いた。
「海、眞木野さんが今日オレと一緒にヒップハートに来るようにって。」
「え?何で?」
「知らねー。」
「空、今日バイトでしょ?」
「うん。」
「やだ、行かない。」
「ダメだ。一緒に行かないとオレが怒られる。」
「絶対に嫌だ!」
2人の会話を聞いてシラーっとしている悠一に、
「お兄ちゃん、何か聞いてる?」
と尋ねると、
「さあ?」
とだけ言われた。
“そういうことだったのか・・・”
昨日おしおきがなかったのが不思議だったが、今やっと腑に落ちた。絶対に2人で何か企んでいたに違いない。100%行きたくないと思ったが、すっぽかしたら余計後悔することになる気がして、眞木野の指示に従うしかなかった。
お昼前、仕方なく空と一緒に家を出た。ヒップハートに向かう電車の中で、
「ねえ、何でこうなるの?昨日の夜、家に来たときにおしおきすればそれで終わりになったのに、何でわざわざ行かなきゃいけないのよ!お店でおしおきされるってこと?昨日の夜も今朝もお兄ちゃん全然怒らなかったし、眞木野さんだって星が言ってるほど怖くなかったし、大人って本当に理解できない。」
「おまえ本当に大阪城見に行っただけなのか?」
「そんなはずないじゃん。大阪城なんて行ってないよ。」
「じゃあ何しに行ったんだよ。まさかたこ焼き食べるためじゃないよな?」
「たこ焼きは論外。父親探しの旅だよ。」
「まじか?もしかして、それで父親の名字をオレに聞いてきたのか?」
「そうだよ。」
それっきり空は不機嫌そうに黙り込んでしまった。
海は空の様子なんて気にもせず、
「大人って勝手だよね。」
と文句を続けた。
「海だって同じだ。」
空がイラついて言ったので、海は空の顔をのぞき込んで、
「え?」
と首をかしげた。
「何で星と行ったんだよ。」
「え?」
「何でオレを誘わなかったんだ?」
「だって、空どうせ行かないでしょ?いつもオレを巻き込むなって言ってるじゃん。」
「今回のは違うだろ?」
「何が?」
「オレだって父親がどんな人か知りたかった。」
「そうなの?そんなこと今まで一度も言ったことなかったじゃん。おばあちゃんちで話したときも興味なさそうだったし。」
「興味がないわけじゃなくて、あんまりゴチャゴチャ言うと母ちゃんが嫌がると思ったから。」
「優しいじゃん。」
「おまえだけばあちゃんに写真もらってるし。」
「知ってたの?空も欲しかったらおばあちゃんにもらってあげたのに。あっ、でもこれ1枚しかないって言ってたっけ。カラーコピーしてあげようか?」
「別にいい。で、どんなだったんだよ?」
「ん?」
「オレたちの父親って。」
「大学の教授で、いい感じの人だったよ。」
「ふーん。」
「あっ、星がね、空先輩に雰囲気が似てるって言ってた。」
「そうなんだ。話はした?」
「うん。少しだけどね。」
「何て?」
「2人で大学見学に来たことにしてたから、この学校はこういうところが魅力だよとか、遠くから偉いねとか。」
「ふーん。子供だって伝えたのか?」
「ううん。言えなかった。」
「ふーん、そうなんだ。」
空はもっと話を聞きたそうだったが、
「よかったな、おまえだけ。」
と嫌味っぽく言った。海は少し申し訳なく感じて、拗ねている空をなだめるように、
「ごめんね、空。今度は一緒に行こうね。」
と取り繕った。
「別に一緒に行ってやってもいいけど。」
空は無表情で素っ気なく答えた。
おわり