2.恋愛対象外
斗亜と知り合って2週間経ったころ、いつものようにラインで楽しく1日の出来事を報告し合っていると、
『来月彼女の誕生日なんだけど、女の子って何をもらうと嬉しい?』
思いもよらぬ斗亜からの質問に、海は頭の中が真っ白になった。
『えっ?斗亜くん彼女いるの?』
『言ってなかったっけ?』
『うん。聞いてないけど』
『同じ大学の1つ後輩』
『そうだったんだ』
『学部は違うんだけど、サークルが一緒で飲み会のとき意気投合して』
“彼女の情報なんて聞きたくない!”
もしこれが電話だったり、会ったりしていたら、海の態度の変化に気づかれてしまっただろう。海はてっきり、斗亜は自分に好意を持っているのだと思っていた。毎日毎日夜中に何時間もラインしているのだから、そう思うのも無理はない。
“彼女がいるなら、彼女とすればいいじゃん!JKとこんなことしてるの知ったら、彼女絶対に怒るでしょ”
今までいい人だと思っていた斗亜のことが、二股をかけて平然としていられるようなひどいヤツに思えてきた。
『もう寝るから』
海が一方的に終わらせようとすると、
『怒ってるの?』
とすぐに返信がきた。しばらくの間無視していると、
『彼女は彼女、うみちゃんはうみちゃんでしょ。お互いに楽しめればいいんじゃない?』
もっともらしいことを言われて、うまくかわされそうになっていたところに、
『ちょっと電話しない?』
というメッセージが送られてきた。
海は絶対に電話はしないと決めていたので悩んだが、このままムシャクシャした気分で終わりにするのも嫌だったし、ラインじゃ本当の気持ちをうまく伝えられないし、この人は悪い人じゃないということも分かっていたので、
『・・・うん、ちょっとだけなら』
とOKしてしまった。運よく悠一は夜当番の日で、あと1時間は帰って来ない。
「もしもし」
斗亜の声は低くて落ち着いていて、同級生の男子とは違って大人びた感じの声だった。
「もしもし」
海はちょっとかわい子ぶって、普段しゃべるときよりも少し高めのトーンで返事をした。斗亜に抱いていた不信感は、初電話という緊張感によってどこかへ消えてしまっていた。
「初めまして、っていうのもおかしいけど、やっとうみちゃんの声が聞けてよかった。」
「うん、私も。斗亜くん大阪弁かと思ったけど違うんだね。」
「出身は東京だからね。」
「そうなんだ。」
「家の人は大丈夫?」
「うん。あと1時間ぐらいで帰って来るから、それまでなら大丈夫だよ。」
今までのやりとりでいとこのお兄ちゃんと一緒に暮らしていることや、医者をしていること、双子の空のこと、2人でよく叱られることなどは話していた。もちろん、おしおきについては秘密にしていたが。
「1時間も話せるなんて嬉しいよ。そうそう、さっき彼女のこと話したら、うみちゃん機嫌悪くなったからどうしようかって思ったよ。」
「そんなことないよ。」
「返信こなかったじゃん。」
「だって・・・」
「だって何?」
海が黙り込んでしまうと、
「うみちゃんのそういうのよくないよ。」
「え?そういうのって?」
「すぐすねちゃうところ。」
今までのラインでは見過ごしてくれていたのだろうが、電話での沈黙は気まずくなる。すかさず指摘され、海はまごまごしながら話し始めた。
「だって・・・彼女いるんなら、私とじゃなくて彼女とラインしたり電話したりすればいいじゃん。」
海は少し言いにくそうに、早口に思っていることを伝えた。
「彼女とはいつでも会えるから、夜まで連絡しようとは思わないんだよな。それよりうみちゃんと話してる方が楽しいから。」
斗亜の本心なのか、海をなだめるために言っているのか本当のところは分からなくても、彼女よりも自分をよく思ってくれていることが嬉しかった。
「でも、彼女が知ったら怒ると思うよ。」
「大丈夫だよ。絶対に気づかれないし、それにうみちゃんは恋愛対象外だからね。」
「・・・・・」
「あっ、またすねちゃった?」
「すねてないもん・・・」
「SNSでの絡みはあくまでネット上だけの関係で、実際に会ったり好きになったりはしないって自分の中でルールにしてるから。」
「ふーん、そうなんだ。」
「そうそう、だからうみちゃんも僕のこと好きになっちゃダメだよ。」
海は心の中をのぞかれているようで、ドキッとした。
“別に好きなわけじゃない。まだ斗亜くんのこと全然知らないし、顔だって見たことないし。でもこうやって毎日毎日夜になるとラインしたり今日みたいに電話で話したりしてると、どんどん斗亜くんのこと意識して、きっとこのまま続けていったら好きになっちゃいそうな気がする”
「好きになんかならないから、心配しなくて大丈夫だよ。」
海は気持ちとはうらはらな言葉を返した。
「そうそう、そういう感じでね。」
もてあそばれているようでムカついた。5才も年上の大学4年生、将来教師を目指しているという斗亜は、海から見たらものすごく大人だった。だからって、上から目線で好き勝手言うのはやめてほしい。本当なら「バカにするなー!」って怒鳴りつけて電話をブチッと切ってしまいたかったが、海は唇をギュッと噛みしめて我慢した。斗亜と連絡をとるようになってから、夜になるのが楽しみで毎日ウキウキしていた。退屈で何もない日常からやっと抜け出せたのに、ここで感情的になって斗亜との関係を終わりにしてしまったら、絶対に後悔すると思ったから。
“きっと斗亜くんは、大学でもバイト先でも男女問わずたくさんの人たちと接点があって人気者なんだろうな。海の知らない世界で輝いている人なんだ。普通に生活していたら絶対に出会わないはずなのに、たまたまSNSで繋がって仲良くなれた、ただそれだけのこと。実際に会って一緒に出かけたり、食事をしたりはできない、ネット上だけの関係。このまま縁を切りたくなかったら、そう割り切っていかなきゃいけないんだ”
現代のネット社会において、SNS上での出会いと実生活とは切り離すものだという斗亜の考え方が正論なのかもしれないし、そこまではっきりと境界線を引く必要はないのかもしれないし・・・
「うみちゃんは彼氏いないの?」
「うん。」
「今までつき合ったことは?」
「ないよ。」
「そうなんだ。どんなタイプの人が好きなの?」
「うーん・・・?」
海は同級生にはあまり興味がなかった。今までの自分を振り返ると、同年代の男子は恋愛対象というよりは悪巧みをする同志だった。それよりも、いつも側で見守ってくれているお兄ちゃん大好きだし、恒先生みたいな優しくて包容力のある人も好きだし、生徒思いのよわしも気になる存在だった。海のまわりには魅力的な大人の男性がたくさんいることを実感した。ただ、この人たちの難点といえば・・・
「わがまま聞いてくれる人がいいな。」
「うみちゃん、わがままいっぱい言いそうだもんね。」
「そんなことないけど・・・」
「そうかな?」
斗亜はからかうような言い方をした。
「斗亜くんは彼女がわがまま言っても、何でも優しく聞いてあげそうだよね。」
「いや、ある程度は聞いてあげるけど、あまりにも度が過ぎるとそうはいかないよ。」
「えー!そうなんだ。彼女ってそんなにわがまま言うの?」
「たまにだけどね。」
「そういうときはどうするの?きっぱりとダメって言うの?」
「まあそうだね。それで解決すればいいけど、向こうも意地になって引くに引けなくなるときもあって。」
海は自分にも思い当たる節があったので、そういうとき斗亜がどうするのか興味深く次の言葉を待った。
「明らかに彼女が悪いときは、お説教してしっかりと言い聞かせるよ。それでもダメなら、ちょっと泣かせて反省させるかな。」
「えー!泣かせちゃうの?斗亜くんって優しそうなのに意外と厳しいんだね。」
「もしうみちゃんが僕の彼女だったら、たっぷりとおしおきしてるんだろうな。」
「えっ、今なんて・・・?」
海はブルッと体を震わせた。
「悪い子におしおきは効果抜群だからね。」
「・・・斗亜くん、おしおきって何するの?」
海は恐る恐る聞いてみた。
“どうか斗亜くんがお尻を叩く人ではありませんように・・・”
実際に会うことはないのだから、たとえ斗亜がそういう部類の人であっても構わないのだろうが、もしそうならばチラチラと『おしおき』を匂わせる発言をされそうで嫌だった。
するとそのとき、玄関の鍵がガチャッと開く音が聞こえた。海は慌てて、
「わー、お兄ちゃん帰って来ちゃったから切るね。」
「うん。また。」
話の続きが気になったが、悠一に見つかったら大変なことになる。海は素早く電気を消してベッドに潜り込んだ。
“斗亜くん、彼女におしおきするのかな?おしおきってどんな?まさかお尻叩くんじゃないよね?さっきはお兄ちゃん帰って来ちゃって聞けなかったから、明日聞いてみよう”
斗亜の口から飛び出した『おしおき』という言葉が、頭の中をグルグルと回って眠りを妨げた。
“「もしうみちゃんが僕の彼女だったら、たっぷりとおしおきしてるんだろうな」って・・・わぁーどうしよう、斗亜くんにお尻叩かれるなんてあり得ない・・・”
顔は知らないけれど、声からイメージした斗亜がかわいい彼女をひざの上に乗せてお尻を叩いている光景を想像した。その彼女がいつの間にか自分に入れ替わっていて、お尻がムズムズするのを感じた。海はフーッと大きなため息をついた。ベッドで寝たふりをしていると、いつものように悠一がそっとドアを開け、寝ている海の顔をのぞき込んで安心したように出て行った。
“もう高校生なんだから、いちいち見に来なくていいのに!”
海は斗亜との関係をのぞかれているようで、いつまでも自分を子ども扱いする悠一を疎ましく感じた。
つづく