2.最悪だ・・・
「ううん、違う。海の方。」
「えっ!?何で?おまえらそういう関係なのか?」
芳崎の驚いている様子が口ぶりから伝わってくる。
「そういう関係って?」
「つき合ってるのか?」
「違うってば。」
「じゃあ何で2人で?」
「いろいろあって。」
「ちょっと待てよ。さすがに2人で泊まるのはまずいだろ。」
「何でまずいの?」
「そりゃ、高校生の男女が2人で一夜を過ごすというのは・・・」
芳崎は言葉を濁したが、星はきっぱりと否定した。
「大丈夫。そういうんじゃないから。」
「そういうんじゃなくったって、その場の雰囲気とか気の迷いとか・・・」
「芳崎さん、考え過ぎ。僕たち同志だから。」
「言ってる意味がよく分かんねーけど、ちゃんと家の人には連絡したのか?」
「ううん、まだ。」
「ちょっと待ってろ。すぐかけ直すから。」
芳崎は一度電話を切り、そして1分も経たないうちに再び電話をかけてきた。
「静岡駅だよな?」
「うん。」
「迎えに行ってやるから、1時間ぐらいファミレスかどこかで時間潰してろ。」
「え?」
「今ちょうど浜松から帰るところだから、途中で拾って車で送ってやるから。」
「本当?すごく嬉しい。芳崎さんありがとう。」
星は電話を切ると、ニコニコしながら海に伝えた。
「芳崎さん、今浜松にいるから車で送ってくれるって。」
「すごーい!私たち運がいいね。」
平気なふりをしていたが、海だってさすがに男子と一緒にホテルに泊まるのは気が進まなかった。星は草食系だし忠犬だから何も起こらないと信じてはいたが、世間体というか、悠一の顔がチラチラと浮かんできて、心のどこかでやましい思いがあるのは事実だった。別々の部屋を取ればいいのだろうが、今まで1人でホテルに泊まったことがなかったので、1人きりで寝るのは心細いし怖かった。
安心したら急にお腹が空いてきて、駅前のファミレスで夜ごはんを食べることにした。星が突然、
「お父さん、海と空先輩に似てたね。」
と話を切り出した。
「そう?どこが?」
「雰囲気というか、オーラというか。」
「そうかな?」
「でも、せっかく大阪まで行ったのに、名乗らなくてよかったの?」
「うん。恥ずかしいし、あの状況で「私あなたの娘です」なんて言ったら、びっくりして腰抜かされそうだもん。あんな少ない情報しかなくて会えるかどうか不安だったから、無事に会えて話せただけで満足だよ。自分のお父さんが実在するって確かめたかっただけだから。」
「空先輩も会いたかったんだろうな。一緒に連れてくればよかったのに。」
「空は何考えてるのかよく分かんない。会いたいのか、会いたくないのか。たぶんどうでもいいんだと思う。全然関心なさそうだもん。」
「そんなことないと思うけど。でも空先輩はもっと正当な手段で会いに来るだろうな。」
海にキッと睨まれて星は身を縮めた。
父親の話はしたけれど、斗亜の話題にはお互い触れなかった。海の中ではまだ気持ちを整理する時間が必要だったし、星にとやかく言われたくなかった。星としてはやはりSNS上で知り合った見ず知らずの人と会うことは好ましくないという認識が強く、「会えてよかったね」と単純に言ってしまっていいのか悩ましかった。
食べ終わったころ、芳崎から電話がかかってきた。2人が駅のロータリーに出ると、芳崎が黒のハイエースから降りて立っていた。星が駆け寄って、
「芳崎さん、ありがとう。」
と満面の笑みを浮かべてお礼を言うと、
「おまえなぁ。」
と呆れ顔でほっぺたをつねられた。
うしろの方から少し控え目に、
「すみません、ご迷惑かけて。」
海がペコリと頭を下げると、
「おまえら、いったいこんなところで何やってんだ?」
怒っている感じではなく、不思議でたまらないように首をかしげて質問された。
「まあ、帰りながらゆっくり話は聞くとして、残念なことに・・・」
と言って車の中を指さした。
「え?」
2人がその方向をのぞき込むと、助手席には腕を組んで目を閉じて眠っているのか、微動だにしない眞木野の姿があった。
「うそだー!」
星が目をパチクリさせて叫び声を上げた。信じられないと首を振りながら、
「何で?」
と芳崎に尋ねた。
「今日は仕事を早く切り上げて、浜松までトレーニング用品の買いつけに来てたんだ。おまえら運がいいんだか悪いんだか分からないな。」
苦笑いする芳崎に向かって、
「最悪だ・・・」
星は絶望的な顔をしてつぶやいた。サーッと窓が開いて、
「は?どっちが最悪だ?こんなところに寄り道しなきゃ、もうすぐ家に着いてたころだ。」
「・・・」
「さっさと出発するぞ。」
眞木野は不機嫌そうに星を睨みつけて窓を閉めた。
「どうして言ってくれなかったの?」
星は恨めしそうに芳崎に文句を言った。
「おまえから電話を受けた時点で、もうすべてが終わってたんだから仕方ないだろ。これから家まで約2時間、覚悟するんだな。」
芳崎が真剣な表情で言うので、星も気合いを入れるように、
「分かった。」
と返事をした。
緊張した星とは対照的に、
「お願いしまーす。」
海は能天気に車の後部座席に乗り込んだ。この非常事態に動じないのは、海が眞木野という人物に面識がなく、その得体のしれない恐ろしさを知らないからだろう。星は自分のことよりも海のことが心配で、何かあったら眞木野から海を守らなければと腹をくくって海の隣に乗り込んだ。
車が出発すると、
「それにしても、おもしろい組み合わせだな。」
眞木野は興味深そうに聞いてきた。
「おまえたち、中学のころ闘ってたよな?」
「それは昔の話だから。」
星がその話には触れてほしくなさそうに答えた。
「確か月美さんが絡んでたよな?」
「もう忘れた。」
「何だったかな?星が書いた、えっと・・・?」
眞木野が頭をひねって考えていると、
「もうその話はいいから。」
星は少しムッとして遮った。そこに海がすかさず、
「果たし状のことですか?」
と何食わぬ顔で答えた。
「そうそう、果たし状だ。今どきそんな奇抜なことを考えるヤツがいるんだな。」
星はこれ以上相手にするもんかとギュッと口を結んだ。
「海はあれもらってどう思った?」
眞木野は質問の矛先を海に向けた。
“この人、前に一度中学の講習会で会っただけなのに、いきなり名前呼び捨てにするんだ。空がバイトしてるから、私とも親しい関係だと思ってるのかな?それともバイト中に空が私のこと海って言うのを聞いてて、自然と海って呼んでるのかな?”
海は内心少し敬遠しつつ、それを悟られないように明るく答えた。
「すごくびっくりしました。何これ?って。」
「そうだよな。古風というか、アホらしいというか。」
「そうですよね。男らしく直接言ってくればいいのに。ちょっとキモかったし、あれでお兄ちゃんにもバレちゃって大変だったし。」
「わざとバラすように仕向けたんだよな?」
星は眞木野と海が自分をダシにして、意気投合し盛り上がっているのが嫌だった。でもここで眞木野の機嫌を損ねるのは得策ではない。いくら鎌をかけられようが冷静に対応しなければ。
「あれは僕もちょっとやり過ぎたかなって思うけど、あのときは必死だったから。」
「月美先生を守るために、悪いヤツと闘ってたんだもんな。」
“悪いヤツって私のことだよね?眞木野さんって、いちいち面倒くさっ・・・”
「もうその話は終わりにして。」
海がムッとしたのを察して、星が打ち切ろうとすると、
「じゃあ次は何の話をしようか?もう本題に入っていいのか?」
「・・・」
「・・・」
2人ともうつむいて黙り込んでいると、
「おまえたち、もちろん家には連絡してあるよな?」
「あっ・・・」
「うそだろ?もう11:00だぞ。」
星は『もう少し遅くなるよ』と母親にラインを送ると、『OK~』と気楽な返信が送られてきた。
動じない海を見て、
「海は連絡したの?」
星が心配そうに尋ねると、海は手に持っていた携帯の画面を星に見せた。そこには『お兄ちゃん』からの不在着信がズラーッと表示されていた。
「ヤバイやつじゃん。」
「うん。さっきファミレスで見たんだけど、怖すぎてスルーしちゃった。」
「でもこのままってわけにはいかないから、早く連絡した方がいいんじゃない?」
「担任からも1件入ってるけどこっちはいいとして、お兄ちゃんには絶対怒られるよね・・・」
「何呑気なこと言ってるんだ。怒られるなんて生易しいもんじゃ済まされないだろ。ケツ真っ赤にされて、ロープで吊るし上げられるレベルだ。」
眞木野が変態じみたことを言うので、
「ロープ?お兄ちゃん、そんなことしないもん・・・」
「海は何度おしおきされても、まったく反省しないんだろ?よく空が言ってるぞ。そういう懲りないヤツには二度と悪さをしないような強烈な罰が必要だからな。」
「・・・」
“空のバカ!勝手に変な情報吹き込むな!”
海はムッとして口を尖らせた。
「まあオレには関係ないけどな。」
“そうだよ、眞木野さんがおしおきするわけじゃないんだから、余計な口出ししないでほしい”
星は2人の間の険悪な空気を変えようと、
「早く家に電話した方がいいんじゃない?」
と海に促した。
「ラインでいいかな?」
「ちゃんと電話で話した方がいいよ。」
「そうだよね・・・」
恐る恐る電話をかけると、ワンコールよりも早く繋がって、悠一の怒鳴り声が車中に響き渡った。
つづく