息子から
信頼できる人いる?
信じられる人いる?
と聞かれました![]()
今、それを問われると
「信頼できる人ねえ・・・
信じられる人ねえ・・・」
家族、友達、会社の人、周りの人を思い返してみると、信じられるってどういうこと?
どんなに身近な人でも
私の考えを否定しないかというと、違うし
意見が合わない事は普通にあるし・・・
とすると
「あなたを信じているね」
「あなたを信頼しているからね」
と言われたら、めちゃくちゃ嫌だ!怖い!
勝手に信じてるとか、信頼するとか言われたら
こんな私をせっかく信じてくれてるんだから
選択を間違わず、言動で傷つけないように、
信頼を裏切らないようにしなければならない
それでも
何もかもあなたに合わせられる自信ないし
そういうつもりはなくても、傷つけてしまうかもしれない
もしかして私
考えが一致する、分かってくれる人を信じられる人って思ってる?![]()
それはとっても窮屈で
縛り合う気がする
だから
「信頼も信じてるもいらないかな」
「ただ、もしかしたら
無条件で自分自身を信じられるようになったら
相手の事も無条件で信じられるようになるかもね」
考えながら思うところを言語化していると
息子も
「結局俺は
小見山さんの事(耕せにっぽんでお世話になった方)を信じられるっていうよりも
疑うことがない人って表現したほうがしっくりくるんだよね、家族にしてもそう」
自分なりに自分の気持ちを伝えてくれました![]()
なるほど!
「疑いようがない」って
なんだかほんとにしっくりきます![]()
確かに私も今は家族を疑うことはないかもです
行き違いがあっても
考え方が違っても
私を傷つけようとしているわけじゃないって分かるし
私は息子の
ダメなところも
嫌なところも
受け入れられないところも
許せるし、そのままを受け入れられる
きっと息子もそう思ってくれてると思う
だから一生懸命、想いを言語化してくれる…![]()
たから!
それを信じるっていうんだよ‼︎っていわれたらそれまでですけど![]()
自分を好きになれないとき、
自分に自信がないときは
この相手を
信じられるのか、信頼できるか
と
疑いようがないのか
との違いは大きいのかもしれません
(分かってもらえるかなぁ…
)
思い返すと
息子が不登校になって間もないころに
「お母さんはあなたを信じてるからね」と言ったことが…![]()
それは
「今はゆっくり休んでいいよ
あなたは立ち直れる強い子だって信じてるよ」という意味でした
親として、この子を
学校に行かせなければ
将来、きっと後悔する
息子が大切だから
親だから自信をつけて背中を押さなければと
思いからまた言葉でした…![]()
加えて、自分にも言い聞かせてた
自分の思う「良い親」でいなきゃと必死だったから
私の体験から思うことは
不登校になって、自分を責めて、傷つけている子どもに対して
「あなたを信じてるよ」
は凶器になるかもしれない・・・です![]()
お気をつけください![]()
ここからは余談ですが
最近息子に「●●食べる?」って言わないでと真剣に言われています
親って、どっち食べる?とか、これあるけど食べる?とか聞きますよね?
でも、今まで息子に言い過ぎたようで
(あの頃、何を話したら良いかわからなくて、唯一のコミュニケーションだったかも
)
息子からすると
食べるか食べないか選択させないで
自分が食べたかったら食べるし、お母さんが食べたいなら食べちゃっていいんだよと。。。
子どもに先に選んでもらうのは、好きなもの食べて喜んで欲しいからなんだけど、
それって愛じゃないのー?
言われた時は理解できず反発しましたが
改めて息子の言葉から考えると
あなたを優先してるんだから答えては圧力なんだ
親だって
食べたいなら、遠慮なく食べれば良い
一つしかないなら、一つしかないから聞くねと言えば良い
本来
自分を大切にできないと、相手も大切にできない
自分の自由を尊重できたら、相手の自由も尊重できる
最初はなんてわがままなんだろうと思いましたが
大切なことに気付かせてもらいました
繊細な子にとっては相手の表情はもちろん
言葉使いなどにも敏感です![]()
親だからって間違いがないわけじゃない
そもそもできた人間じゃない
だからこほ
意見の違いを伝え合える関係が大事ってことですかね![]()

