リーディング・オペラ初体験
歌・音楽・朗読で物語を紡ぐ「リーディング・オペラ」シリーズは、衣装や大掛かりな装置に頼らず、作品そのものに集中できるコンサート形式の上演として、2023年にスタートしたそうです。
今回が私にとって初めての体験。シリーズ第3弾となる『ラ・ボエーム』を、千秋楽で観てきました。クリスマス・シーズンにこの作品、時期的にはぴったりです。
2024年はプッチーニ没後100年にあたり、本シリーズでも『トスカ』『蝶々夫人』が上演され好評を博したとのこと。その流れでの『ラ・ボエーム』という選択は、シリーズとしては非常に順当だったと思います。
音楽的完成度は正直に言って高いとは感じられず、プッチーニの音楽が鳴っている場面と、そうでない場面とでテイストががらりと変わる点が気になりました。ピアノ・ヴァイオリン・フルートによるトリオ編成への編曲そのものは丁寧で、なによりファツィオリの響きは素晴らしかっただけに、なおさら惜しい。結果として、プッチーニらしさが薄れた瞬間に「簡略版」であること、そしてキャストの力量不足が露骨に浮かび上がってしまった、という印象です。
リーディング・オペラ上演の特色
音楽・演出:中村匡宏
原曲のクラシカルなアレンジをベースに、本作のために書き下ろされた新曲を加え、演出も兼任。構成そのものは整理されており、意図は理解できるものでした。
上演台本:草玲るな
前作『蝶々夫人』に続いての参加。原作の精神を尊重しつつ、現代の観客にも届きやすい語り口で物語を組み立てています。ただ、「イタリア・オペラを日本で、しかも潤色した形で上演する」という試みを、もしイタリア人が観たらどのように受け止めるのだろう──そんなことを考えさせられました。
会場について
今回が初訪問となったアニェッリホール。ピアノはファツィオリ F212。イタリアを代表するピアノで、ホール名もフィアット創業家として知られるアニェッリ家がファツィオリを寄贈したことに由来するそうです。
ホワイエは広く、革張りの椅子も珍しい。クロークはあるものの、荷物預かりは行わないという事前アナウンスがありました。小規模ホールなので生声でも十分だと思うのですが、今回はマイク使用でした。
革張りの椅子というのも珍しい!
ここからは正直な感想
正直に言えば、私はこの公演を「どこかの音大の卒業生による若手歌手のオペラ公演」だと勘違いしていました。その認識のまま観ると、このプロダクションにはかなり動揺させられます。
まず、キャストはほとんど歌いません。有名な旋律の多くは、歌ではなく楽器トリオによって演奏されます。歌うのかと思えば、主旋律は無視され、伴奏の上に独自の旋律が乗せられる。声楽の訓練を受けているようには見えず、主旋律を歌うこと自体が難しいのか、オクターブを下げたり、独自に編曲されたりします。
観客としては「この前奏が流れたら、次はここで歌い出すはず」と身構えるのですが、見事に裏切られ、文字通り椅子からずり落ちそうになる。そのうえ、歌われる歌詞も、長年慣れ親しんできた字幕の内容とは異なるため、ここでも「えええ?」と動揺することになります。
もはや『ラ・ボエーム』というオペラを一度忘れ、別作品として受け止めない限り、耐えるのは難しい上演でした。とはいえ、この作品は多くの観客にとって、すでに何十回も観てきた人気オペラです。新演出どころの騒ぎではない違和感が積み重なり、モヤモヤ感は増すばかり。
名アリアも二重唱も歌い上げられないまま、突然オリジナル曲で「われら、ボエーム!」と歌い始める場面には、さすがに唖然としました。アンサンブル・オペラを歌えない人たちで『ラ・ボエーム』を演じるのは、やはり無理がありすぎます。プッチ―ニの曲は使わない方が良かったかと。
演出と人物造形への違和感
演出面で特に気になったのはムゼッタの造形です。本来は「いい女」であるはずが、ただの下層階級の下品な女に見えてしまう。その結果、アルチンドロは間抜けな老人に成り下がり、人物関係のバランスが崩れていました。
ロドルフォやマルチェッロにも心無い台詞が多く、このあたりには脚本家の人間性が透けて見える印象。『RENT』のように、最初から別作品・別ジャンルとして仕上げてくれれば見応えもあったでしょうが、「なんちゃってオペラ」の形では、作品の魅力も演じ手の魅力も、どちらも半減してしまいました。
【スタッフ】
演出・音楽:中村匡宏
上演台本:草玲るな
【キャスト】
ロドルフォ:上口耕平
ミミ:柏木ひなた
マルチェッロ:中田凌多
ムゼッタ:敷村珠夕
ナレーター/コッリーネ/ショナール/アルチンドロ:福井晶一
【演奏】
ヴァイオリン:花井悠希
フルート:林愛実
ピアノ:山本有紗
【上演時間】
1幕 65分
休憩 15分
2幕 60分
https://artistjapan.co.jp/aj_laboheme2025/
































