空席が目立つ客席、しかし舞台は濃密

ミュージカル界の実力派スターが集結――と聞けば、さぞ満席で熱気に包まれているのだろう…と思いきや、意外にも客席にはぽつぽつと空席。やはり一般的な知名度の壁はまだ厚いのかもしれません。ただし、肝心の舞台の中身はというと、そんな不安を軽々と吹き飛ばす充実ぶりでした。

全体として感じたのは、「甲斐翔真を本気でブラッシュアップさせにきている現場だな」ということ。主催がアミューズという点も含め、ある種“鍛錬の場”としての色合いが濃かった印象です。

マシュー・モリソンの圧巻パフォーマンス

まず圧巻だったのがマシュー・モリソン。正直、年齢的にも「歌で魅せる人」というイメージが先行していたのですが…いやいや、今もなおキレッキレのダンサー。そこに加えて、観客をしっかり巻き込む“魅せる歌”。一人で『ヘアスプレー』のメドレーを披露した場面では、会場の空気が一気に変わり、大きな拍手に包まれました。たった一声で「あ、この人うまい」とわからせる発声も見事。1週間前までブロードウェイのステージに立っていたというスケジュール。スターって大変。

キム・ソヒャンの圧倒的歌唱力

続いてキム・ソヒャン。クラシカルなナンバーからシャウト系まで、あらゆる歌唱スタイルを自在に行き来する圧倒的な技術。「私だけに」では、ほぼ地声だけで押し切りながら、音域の広さとパワー、そして感情の爆発力で完全にショーストップ。鳥肌、という言葉が軽く感じるレベル。来日してくれてありがとう!

ルミーナのスター性と存在感

そしてルミーナ。日本語・英語・韓国語を違和感なく歌い分けるだけでなく、あのマシューと並んでも埋もれない声の強さ。なるほど、『レ・ミゼラブル』英国版に起用されるのも納得です。エポニーヌでは、声量・伸び・表現力すべてが高水準で、まさにスターの歌唱。

女性陣ふたりに共通していたのは、「感情のピーク」と「歌唱のピーク」が寸分のズレもなく一致するところ。その精度の高さが、舞台全体の完成度を底上げしていました。

甲斐翔真への期待と課題

さて、問題の甲斐翔真。今回の布陣の中に置かれたことで、結果的にかなり厳しい見え方になってしまったのは否めません。

歌は音域もクライマックスも無理に押し上げている印象があり、声の段階で浮いてしまう瞬間がある。ダンスも、トップクラスと並ぶと差がくっきり出る。そしてトークになると少し間が持たず、全体として“完成度”という点ではまだ追いついていない。そういう意味では、かなりシビアな言い方をすれば「公開処刑」になっていたのは事実だと思います。

ただし――ここで「歌えない・踊れない・しゃべれないからダメ」と切り捨てるのは、ちょっと短絡的でもある。ミュージカルの世界ではやはり“カワイイだけ”では厳しい。特に今回のように、マシュー・モリソンやキム・ソヒャンのような、技術も表現力も極まったキャストと並ぶと、ビジュアルのアドバンテージはほぼ意味をなさなくなります。むしろギャップとして露呈してしまう。

ただ一方で、ビジュアルやスター性が「入口」として機能するのも事実。実際、主役ポジションに立てているのはその魅力があるからこそ。問題はそこから先で、「与えられたポジションに実力を追いつかせられるか」。ここから伸びるかが分岐点

今回の経験は、本人にとってかなりショックでもあり、同時に大きなチャンスでもあるはずです。このまま“見た目の良さでなんとなく主役”に留まるのか、それとも歌・ダンス・芝居すべてを底上げして本物の主役になるのか。ここが分岐点。

これまでにも同じような立場の俳優が、ここで化けるか、そのまま埋もれるかを何度も見てきました。

まだ若い。だからこそ、今回の“公開処刑”を糧にできるかどうかで、数年後の立ち位置は大きく変わるはずです。

 



――客席の空きとは裏腹に、舞台の熱量は確かに本物。そのコントラストも含めて、なかなか印象に残る休憩なし120分でした。


【CAST】
マシュー・モリソン
甲斐翔真
キム・ソヒャン
ルミーナ

【CREATIVE】
演出:原田薫
構成:藤倉梓
音楽監督:杉田未央
美術:坂口加世子
照明:吉田一統
音響:佐藤日出夫
演出助手:藤倉梓
舞台監督:和田健汰
音楽コーディネート:土岐和之
宣伝美術:樋口敬太(Gojo graphics)

【CAST】

マシュー・モリソン

甲斐翔真
キム・ソヒャン

ルミーナ

 

【CREATIVE】
演出:原田薫
構成:藤倉梓
音楽監督:杉田未央
美術:坂口加世子
照明:吉田一統
音響:佐藤日出夫
演出助手:藤倉梓
舞台監督:和田健汰
音楽コーディネート:土岐和之
宣伝美術:樋口敬太(Gojo graphics)

 

 

朝夏まなとのタイトル・ロールデビュー

2026年版『メリー・ポピンズ』。今回の話題はやはり、朝夏まなとのタイトル・ロールデビュー。宝塚出身、とりわけ元男役がミュージカルに挑戦すると、高音域に線の細さが出ることがあります。これはジャンル的に避けにくい部分。けれど彼女の場合、それ以上に強く残るのが“陽”の魅力。メリー・ポピンズは厳しさの奥に愛情を隠すこともできる役ですが、朝夏版はむしろ逆で、隠そうとしても愛情がにじみ出てしまうタイプ。子どもたちを導く姿が自然で、リーダーとして立つ説得力がありました。

そして印象的だったのがショー場面。ダンサーやシンガーが舞台を大きく盛り上げている中、彼女がセンターに立った瞬間、空気がふっと整う。「物語の中心がここにある」と客席が自然に受け取る存在感。ショースター性というのは、やはり特別な資質だと感じます。

 客席の熱量も印象的

今回もう一つ印象的だったのは客席。

よく笑い、
静かにすすり泣き、
大ナンバーの後には歓声も飛ぶ。

まるで来日公演を観ているような開放的な空気で、舞台と観客のキャッチボールがとても良かった。舞台芸術は観客と一緒に完成する――そんな実感のある回でした。

小野田龍之介バートが生んでいた空気

小野田龍之介のバートは今回初見。歌えば安定感があり、踊り出すと「こんなに踊れる人だったの?」と驚かされる。それでいてどこか親しみやすい、“近所のお兄ちゃん”のような空気がある。ミュージカルのキャスティングは技術だけではなく、役との距離感が重要ですが、その意味でとても自然に物語の中に存在していました。スーパーヒーローではなく、観客が安心して寄り添えるバートだったと思います。

急きょの登板でも印象に残った丹宗立峰

安崎求の降板により、急きょブーム提督/頭取を務めた丹宗立峰。ミュージカルで名前をよく見かける俳優ですが、急な出演変更を感じさせない安定感。作品全体の流れをしっかり支えていたのが印象に残ります。代役という状況そのものも含めて、舞台のライブ性を改めて感じさせる瞬間でした。

 子どもたちが“ちゃんと生意気”

今回とても良かったのが子役たち。ジェーンとマイケル、とにかく生意気。でも『メリー・ポピンズ』は、子どもが最初から良い子だったら成立しない物語。大人を振り回し、「もう知らない!」と思わせるくらいで、初めてメリー・ポピンズの存在が効いてくる。つまり観客がイライラするくらいが正解。子役特有の「ドヤ芝居」と役柄が奇跡的に一致。今回の子どもたちはまさにそのラインで、役柄にぴったり。

 

……正直、実際に一緒に暮らしていたら一回くらいひっぱたきたくなるタイプでした(笑)。だからこそ、メリー・ポピンズ登場の意味が鮮やかに立ち上がっていました。

 改めて感じた作品そのものの魅力

この作品の強さは、脇役それぞれに見せ場があること。観ていて飽きないし、役者側にも確実にやりがいがある構造になっています。

楽曲は耳に残り、
ストーリーはハートウォーミング。

長年上演され続ける理由を改めて実感しました。

舞台転換はこうやるんです(ここは言います)

装置はツアー仕様なのか、ロンドンで観た時とは少し印象が違う。それでも舞台転換は鮮やか。照明も豪華。東急シアターオーブはセリや盆といった舞台機構こそありませんが、天井高があるためラストのフライングは圧倒的な高さ。


そしてここは声を大にして言いたい。

 

舞台技術が演出そのものになる舞台でした。

 

音楽の流れを止めない。
物語の感情を途切れさせない。
場面転換そのものがドラマを前へ進めていく。

 

一方で、舞台転換のたびに上演がストップし、暗転の中で数分間客席の集中が完全に切れてしまうのが新国オペラの演出。客席がしらける時間は、作品の呼吸が止まる時間でもあります。新国オペラを担当される演出家のみなさんには、ぜひ現在のミュージカルやレビューで進化している舞台転換の考え方を一度見てほしい。

 

これは好みの問題ではなく、観客体験の問題

舞台転換は休憩ではなく、演出の一部。

この分野に関しては、残念ながらオペラ界はミュージカルやレビューに大きく後れを取っているように感じます。

 

 

メリー・ポピンズ:濱田めぐみ/笹本玲奈/朝夏まなと(トリプルキャスト)
バート:大貫勇輔/小野田龍之介/上川一哉 (トリプルキャスト)
ジョージ・バンクス:
小西遼生/福士誠治 (Wキャスト)
ウィニフレッド・バンクス:木村花代/
知念里奈 (Wキャスト)
バードウーマン/ミス・アンドリュー:
島田歌穂/樹里咲穂(Wキャスト)
ブーム提督/頭取:コング桑田/
(変更前)安崎 求 →(変更後)丹宗立峰(Wキャスト)
ミセス・ブリル:
浦嶋りんこ/久保田磨希 (Wキャスト)
ロバートソン・アイ:
石川新太/DION(Wキャスト)
ジェーン・バンクス:辻 乃之花

マイケル・バンクス:中西 縁


ノース・ブルック:石川 剛
ミセス・コリー:小島亜莉沙
ケイティ・ナナ:福満美帆
ヴォン・ハスラー:小林遼介
ネーレウス:髙橋慈生
ミス・ラーク:吉田玲菜
ヴァレンタイン:東間一貴

<スウィング>
伊藤稚菜、工藤 彩、齋藤信吾、高瀬育海、髙田実那、高山裕生、水島 渓

岩下貴史、小形さくら、熊澤沙穂、今野晶乃、
咲良、清水 錬、白山博基、照井裕隆、中原彩月、
長澤仙明、西村実莉、廣瀬喜一、MAOTO、吉岡慈夢

 

 

――笑って観ていたはずなのに、少しだけ姿勢を正して帰る映画

 

2026年4月公開の韓国映画『PILOT ー人生のリフライトー』を観てきました。軽いコメディだと思って劇場に入ったのですが、観終わる頃には予想よりずっと“今の時代”の話を観ていた気がします。

✈️あらすじ(人生、突然の墜落)

一流航空会社の人気パイロット。ところがハラスメント発言が炎上し、キャリアは一瞬で終了。職も名声も家庭も失い、再就職もブラックリストで不可能。そこで彼が選んだ手段は——女装して就職活動。しかも応募先は「女性雇用を増やしたい航空会社」。まさかの採用。こうして主人公は女性パイロット“ジョンミ”として人生をやり直すことになります。

🎭……って、これ『トッツィー』じゃない?

観ている途中で気づきます。「あれ?これ、ほぼ『トッツィー』では?」


仕事を失った男が女装し、女性として社会に入り直し、初めて世界の見え方が変わる。コメディの王道構造。ただし決定的に違う点がひとつ。ハリウッド作品の女装は「美しい変身」が前提ですが、本作は——全然、完璧に美しくない。そこが最高に可笑しい。

隠しきれない違和感。努力はしているけれど無理がある。だからリアルで、だから笑える。韓国映画は“人間の不格好さ”を残すのが本当に上手いです。

😂前半は爆笑コメディ

序盤はテンポ抜群。

 

バレそうでバレない職場
男女の立場逆転ネタ
微妙にズレた女子会空気

主演チョ・ジョンソクのコメディセンスが圧倒的。説明台詞に頼らず、表情と間だけで笑わせる技術はさすがでした。

✈️でも、笑っているうちに気づく

この映画の本質は女装ではありません。テーマはむしろ、「一度失敗した人間は社会に戻れるのか?」

SNS炎上。

過去発言の永久保存。

やり直しが難しい現代。

主人公は確かに問題を起こしました。そして社会は彼を完全に排除する。この距離感が妙にリアルで、少し怖い。

👩女性として働いて初めて見える世界

女性として働き始めた瞬間、主人公は初めて気づきます。

同じ能力でも扱いが違うこと。
無意識の偏見。
軽く流されてきた言葉の重さ。

つまり彼は、かつて自分が立っていた側を知る。説教にならないのに、観客にはちゃんと届く。韓国映画の巧さが光る部分です。

🩰いちばん今っぽかった瞬間

個人的に印象的だったのは息子のエピソード。主人公は、息子も自分と同じパイロットを目指していると思い込んでいる。
けれど現実は——バレエダンサー志望。ここが実に現代的。親の成功モデルを継ぐ時代ではなく、子どもは別の価値観で未来を選ぶ。職業も、ジェンダー観も、生き方も。世代の変化が、さらりと描かれていました。

🤝友情の物語でもある

物語の核は恋愛ではなく、女性同士として築かれる友情。同僚との関係が温かいからこそ、正体が揺らぎ始めた後半が切ない。
笑いが少しずつ現実へ着地していく構成が見事でした。

🎬韓国映画の強さ

社会問題を真正面から語るのではなく、

笑わせて
共感させて
最後に少し考えさせる。

観客を置いていかないエンターテインメント。だから劇場を出たあと、「いい映画だった」より先に「なんだか考えてしまう」が残りました。

 

2024年製作/111分/G/韓国
原題または英題:Pilot
配給:松竹
劇場公開日:2026年4月3日

 

【スタッフ】

監督:キム・ハンギョル
脚本:チョ・ユジン

 

【キャスト】
ハン・ジョンウ/ハン・ジョンミ:チョ・ジョンソク
スルギ:イ・ジュミョン
ジョンミ:ハン・ソナ
ヒョンソク:シン・スンホ