お峰が主役に見えるほどの存在感

今回、一番目を奪われたのは右近のお峰でした。

表向きの顔と本音を使い分け、高音から低音まで自在に変化する声色。感情が切り替わるたびに別人のようになり、瞬時にコメディへ振り切る芝居も見事です。ジャンルは違いますが、大地真央全盛期のミュージカルコメディを思い出しました。

お峰は叩けば埃が出るような人物です。それでも魅力たっぷりなのは、「人間なんてそんな単純じゃない」という温度がちゃんと伝わってくるから。欲深さも弱さも滑稽さも抱えた、実に人間くさい女性でした。

しかも台詞がとにかくよく通る。歌舞伎座の広い客席でも、右近の言葉はストレートに耳へ届くので、芝居そのものがとても見やすく感じました。

ボケがいるからツッコミが生きる

もちろん、お峰の面白さは一人では成立しません。相手役の伴蔵を演じた巳之助が実に絶妙。笑いを取りに行き過ぎず、客席の空気を読みながら自然な「間」を作るのが抜群に上手いのです。

右近×巳之助の夫婦漫才……ではなく夫婦喧嘩も、掛け合いが進むほどテンポが増し、個人的には怪談というより、お峰と伴蔵による極上のコメディを観た印象が強く残りました。

豪快な本水演出が歌舞伎座をひんやり包む

そして、お待ちかねの怪談パート。歌舞伎座の広い舞台いっぱいに、本気の雨が降ります。

本水演出は中途半端だと拍子抜けしますが、そこは歌舞伎座。雨音そのものが芝居の一部になり、場内の空気を一気に変えてしまいます。

劇場の温度まで急降下。水のせいなのか、エアコンまで芝居に合わせていたのか。本当にひんやりして、不思議な没入感がありました。

そんな豪雨の中で繰り広げられる、お峰と新三郎・染五郎の場面。以前『女殺油地獄』を観た時にも思いましたが、「これ、終演後の掃除が大変だろうな」と、つい裏方のことまで考えてしまいます。

今回も防水シートを敷き詰め、雨を豪快に降らせ、役者はびしょ濡れ、さらに血みどろ。普通なら「そこまでやる?」という演出ですが、そこまで徹底するから観客は存分に楽しめるのです。

怖さよりも、人間の業が残る怪談

正直に言うと、ホラーとして怖い作品ではありません。けれど、人間の欲や嫉妬、見栄、裏切りの積み重ねは、幽霊よりずっと生々しい。

そして最後は、しっかり納涼。役者はびしょ濡れ、舞台は血みどろ、裏方はきっと終演後も大仕事。あとの掃除、本当にお疲れさまです。

 

 

【スタッフ】
原作:三遊亭円朝
脚本:大西信行
通し狂言:怪談牡丹燈籠

【キャスト】
伴蔵:坂東巳之助
お峰:尾上右近
お国:坂東新
宮野辺源次郎:中村橋之助
萩原新三郎:市川染五郎
お露:尾上辰之助
乳母お米:尾上緑
仲働お六:尾上菊三呂
医師山本志丈:澤村精四郎
女中お竹/酌婦お梅:中村玉之助
酌婦お絹:澤村宗之助
飯島平左衛門:河原崎権十郎
三遊亭円朝/馬子久蔵:松本幸四郎

 

 

 

足が止まるのはゴッホ以外

ゴッホ展を観てきました。そして改めて思いました。やっぱり私はゴッホが苦手です。この展覧会には、バルビゾン派やハーグ派、パリで交流した画家たちの作品も展示されています。そして、「この絵いいな」と思って足が止まるのは、ほとんどがゴッホ以外。柔らかな光や空気、色彩の美しさ、生き生きとした人物や風景。足が止まるのは、ほとんどがゴッホ以外でした。


どうしても好きになれない理由

ゴッホの作品から受ける印象は、昔から変わりません。

  • 歪んだ形
  • 重たい色彩
  • やつれた人物
  • 疲労感やストレス
  • 喜びや生命感の乏しさ

静物画も、新鮮な果物や花ではなく、生命力を失ってしまったような印象。厚く塗られた絵の具も、私には勢いではなく、べっとりと何かを塗りつけられたような重さとして伝わりました。

人生そのものが絵に出ている

ゴッホは感情の起伏が激しく、人付き合いも決して得意ではありませんでした。パリでは画家仲間に「みんなで共同生活をして制作しよう」と呼びかけましたが、多くの人は賛同しませんでした。そう聞くと「まあ、そうなるよね」と思ってしまいます。作品から漂う張りつめた空気や孤独感は、本人の生き方そのものなのかもしれません。

 

会場も、かなり窮屈

会場の上野の森美術館は、大規模展には狭い印象です。展示室は天井が低く、通路も広くありません。人気展だけあって人も多く、人の流れに合わせて進むしかない場面が続きました。まるで通勤ラッシュの駅ナカを歩いているような感覚。絵を観に来たというより、人波に運ばれているようでした。

写真を撮るための行列

撮影可能作品はチラシにも登場している「夜のカフェテラス」一点のみ。そして、その前には長い行列。自分と一緒に撮るのはNGですし、立ち止まるのもNGという案内があって、絵を見るよりも、前を通り過ぎながら撮影するスタイル。これ、本当に絵を鑑賞していると言えるのでしょうか。絵をきれいに残したいなら、図録や絵葉書、公式サイトの画像のほうがずっと鮮明です。本物を前にしている時間より、スマートフォンの画面を見ている時間のほうが長いのは、少し不思議な光景でした。どうにも私には、この楽しみ方は理解できませんでした。

ゴッホより、その周りが面白かった

ゴッホの画風の変化を追う展覧会ですが、私にとって印象に残ったのは、その周囲に展示されていた画家たちでした。ゴッホ展なのに、帰り道で思い返していたのはゴッホ以外の作品ばかりでした。

 

なお今回の展覧会は前編で、来年の秋、後編が公開されるとのこと。一気に全部見たかったなー。観客にとってはコスパ悪くない?


【展示構成】
第1章バルビゾン派、ハーグ派

第2章オランダ時代

第3章パリの画家とファン・ゴッホ

第4章パリ時代

第5章アルル時代

 

【会期】

2026年5月29日(金) ~ 2026年8月12日(水)
 

【会場】

上野の森美術館

 

【観覧料金】
平日一般2,800円、土日祝一般3,000円ほか
※6月30日まで日時指定予約優先制、7月1日以降は完全日時指定予約制

 

【開館時間】

[日~木曜日] 9:00~17:30

[金・土・祝日] 9:00~19:00
※入館は閉館の30分前まで
 

【休館日】

会期中無休
 

【主催】

産経新聞社、TBS、TBSグロウディア、博報堂、上野の森美術館
 

【特別協力】

クレラー=ミュラー美術館
 

【後援】

オランダ王国大使館
 

【協賛】

大和証券グループ、大和ハウス工業、JR東日本、eBay Japan合同会社
 

【協力】

 KLMオランダ航空
 

【企画】

ハタインターナショナル

【巡回】

2025年9月20日(土)〜2026年2月1日(日) 神戸市立博物館

2026年2月21日(土)〜5月10日(日) 福島県立美術館

 

公式サイト

 

 

 

 


久しぶりに「この役を待っていた」と思える配役

近年のディズニー実写化作品は、映画を観る前からキャスティングが話題になることが増えました。「誰が演じるのか」ではなく、「なぜその人が選ばれたのか」。そんな議論が作品そのものを飲み込んでしまうケースも少なくありません。

多様性を尊重することは大切です。しかし、そのポリコレへの行き過ぎた配慮が「役に合っていること」より優先されるように見える作品では、観客は物語よりも現実を意識してしまいます。ファンタジーなのに、現実へ引き戻される。これは映画にとって、決して幸せなことではありません。その点、『モアナと伝説の海』は本当に気持ちよく観られました。

主人公モアナを演じるキャサリン・ラガイアは、歌声も存在感も申し分ありません。そしてマウイ役のドウェイン・ジョンソンも、「この役はやはり彼しかいない」と思わせる説得力があります。「この人が演じるから、この世界が成立する」。そんな当たり前のことを、久しぶりに思い出させてくれるキャスティングでした。

ファンタジーだからこそ、世界観を大切に

 

実写映画は、現実を映すドキュメンタリーではありません。ましてディズニー作品は、夢の世界へ連れて行ってくれるエンターテインメントです。だからこそ、神話や伝説をもとにした作品では、その土地の文化や人々の雰囲気も含めて世界観をつくる必要があります。現実の価値観を作品へ持ち込むこと自体が悪いのではありません。しかし、それによって世界観の説得力が失われるなら、本末転倒ではないでしょうか。「役に合う人が演じる」。そのシンプルな原則こそ、作品への最大のリスペクトだと思います。


青い海と音楽で夏休み気分

 

今年の夏は、危険な暑さで海へ出かけるのもためらう毎日です。そんな中、劇場いっぱいに広がるエメラルドブルーの海を眺めているだけで、南の島へ旅したような気分になれました。

 

音楽も映像も期待どおり。そして何より、余計なことを考えず、物語だけに没頭できたことが一番うれしかった。近年のディズニー実写化には首をかしげることもありましたが、『モアナと伝説の海』は、「適材適所」がいかに作品を輝かせるかを改めて教えてくれた一本でした。ディズニーには、これからも現実の議論ではなく、夢を見せてほしいです。

 

2026年製作/115分/G/アメリカ
原題または英題:Moana
配給:ディズニー
劇場公開日:2026年7月31日

【スタッフ】
監督:トーマス・ケイル
製作:リン=マニュエル・ミランダ ドウェイン・ジョンソン
製作総指揮:アウリイ・クラバーリョ
音楽:リン=マニュエル・ミランダ マーク・マンシーナ オペタイア・フォアイ

【キャスト】
モアナ:キャサリン・ラガイア
マウイ:ドウェイン・ジョンソン
タラおばあちゃん:レナ・オーウェン
トゥイ:ジョン・トゥイ
シーナ:フランキー・アダムス

https://www.disney.co.jp/movie/moana-movie