開演前からコンサートが始まっていました

奏楽堂の長期休館に伴い、モーニングコンサートは第6ホールで開催されていますが、今回は東京藝大ウィンドオーケストラの会場は新宿文化センター。


驚いたのがプレ・コンサート。なんと開演30分前から始まるんです。知らずにギリギリ到着だったら危ないところでした💦 ユーフォニアム四重奏の《月の光》でしっとり始まり、打楽器アンサンブルへ。本編前から十分楽しめる内容で、「間に合って良かった!」と一安心。その代わり、終演後のアンコールはありませんでした。

最初は「えっ、ないの?」と思ったものの、考えてみれば吹奏楽は曲ごとに編成が大きく変わります。演奏者の出入りも多く、今日もチェロまで加わる編成。舞台転換だけでもひと仕事なので、「これはアンコールなしになるのも納得」と。

 

藝大神話が崩れた日。でも、勉強になったコンサートでした

ものすごく久しぶりに東京藝大ウィンドオーケストラ。昔は「藝大ブラス」と呼んでいた気がするので、それくらい久しぶり。私の中の藝大生といえば、プロ顔負けの演奏で客席を一瞬で引き込む人たち、というイメージ。ところが今回は、そのイメージが見事にひっくり返りました。「芸大ですよね?」と何度も思った位。

 

音楽の時間の流れも違う

普段よく聴いているオペラやピアノは、「この大きなフレーズをどこまで長く歌えるか」が聴きどころになる場面がたくさんあります。一つの旋律をじっくり育てて、大きな山へ向かっていく感覚。ところが今回の吹奏楽作品は、小さなフレーズや場面転換が次々と現れて、とにかく忙しい。

「さあ、ここからじっくり聴こう」と思った頃には、もう次のアイデアへ。大きなフレーズを歌いきるのは難しいけれど、小さなフレーズたちを歌い継ぐというのもこれまた難しい。もちろんそれが吹奏楽作品の魅力でもあるのですが、普段オペラやピアノに慣れている私には、このテンポ感そのものがカルチャーショックでした。

一つひとつのフレーズをどう歌うか、どうつなぐかが、演奏の印象を大きく左右するんだなあと改めて感じました。

私も毎週怒られてます

気になったのは余裕のなさ。和音もユニゾンも力任せで、音が荒いこと、荒いこと。メロディより伴奏が前に出たり、全体が同じ音圧で鳴ってメロデイが行方不明になったり。「あれ? これ、先生に『それダメ!』って注意されるやつでは?」そんな場面が次々と現れます。

ピアノでも歌でも、余裕がなくなると音を"ピッ"と叩いてしまうと先生からすかさず、
「力で弾かない。」
「脱力。」
「もっと歌って。」
……毎週のように言われています。

今回の演奏を聴いていて、「なるほど、力任せになるとこう聞こえるのか」と妙に納得。メロディが埋もれ、ホール全体に音を響かせるというより、自分のパートを吹くだけで精いっぱい。他のパートを聴く余裕もなくなり、結果として全体が少し暴れて聴こえてしまう。先生方が何度も同じことを言う理由を、耳で体験できた気がしました。

脱力すると音楽は急に粋になる

また、印象に残ったのはリズム。楽譜通りに合わせればいいわけではないんですね。力でタイミングを合わせるより、体の中から自然にリズムが湧いてくるほうが、聴いていてずっと気持ちいい。フレーズを盛り上げるタイミングが早すぎると、肝心の盛り上がりで息切れしてしまうのも普段レッスンで言われていること、そのままでした。

余裕がないと、音楽って粋にならないんですね。

吹奏楽の世界は、やっぱり別文化でした

面白かったのが、吹奏楽ならではの文化。舞台には珍しい楽器がずらり。演奏中も次々と持ち替え、ステージ上はまるで楽器の見本市です。しかも人数が多いので、舞台はぎゅうぎゅう。チェレスタは花道に置かれ、休憩後にはピアノも花道へ移動。譜面台や椅子をすり抜けながら演奏者が行き交う様子は、オーケピの中みたいな光景でした。

客席も吹奏楽部らしき高校生がたくさん。そしてプログラムは、私の知らない曲ばかり。唯一知っていたのはプレ・コンサートの《月の光》くらい。「吹奏楽の世界って、こんなにレパートリーが違うんだ」と新鮮でした。

 

オーケストラとはは文化も空気もまったく別物。久しぶりだったからこそ、その違いをたっぷり味わえたコンサートでした。


ソリスト教育との違いなのかも

今回感じた初々しさは、吹奏楽だからこその育ち方もあるのかもしれません。私が普段よく聴いているのは、ピアノ科やヴァイオリン科の方々。幼い頃から一人で舞台に立ち、コンクールや演奏会を重ね、「自分の音で客席を惹きつける」教育を受けてきた人たちです。

そのため、学生コンサートでもプロフには「◎◎コンクール優勝」に始まり、国内外のプロオーケストラとのコンチェルト楽歴がズラリ。人前で演奏することも慣れているので「明日からプロとして活動です」と言われても驚かないような舞台度胸や華やかさがあります。

一方で吹奏楽は、中学・高校の吹奏楽部を経て音大に進む人も多く、まずはアンサンブルの中で音楽を作る経験を積んできた世界。だからなのか、今回の演奏会では舞台慣れというより「みんなで一生懸命音を出している」という印象が強く、高校生の吹奏楽部を思わせる初々しさを感じました。

もちろん、それが悪いということではありません。ただ、普段ソリスト気質の藝大生を聴き慣れている私には、その違いがとても新鮮で、「藝大神話」が崩れた原因かもしれません。

 

それでも若さはやっぱり魅力

リクルートスーツ姿もまだ様にならず、表情も硬め。でも、舞台いっぱいに並ぶ珍しい楽器や、次々と持ち替える演奏者たちを眺めるだけで吹奏楽ならではの楽しさがあります。


若い頃の私なら、この勢いや熱量に興奮していたと思います。今は少し好みが変わって、もう少し余裕や歌心、音の飛び方を求めるようになっただけなのかもしれません。「人前で演奏するとき、自分は何を大切にしたいか」を改めて考えさせてくれた、とても勉強になるコンサートでした。

 

雲の上の存在が、少し身近に

正直、藝大生というと「学生なのに、もうプロ」という期待が大きいです。でも今回の演奏会を聴いて思ったのは、みんな最初から完成された演奏家ではないということ。

 

もちろん、数年後には驚くような演奏家になっている人もたくさんいるのでしょう。でも今はまだ「藝大生も成長の途中なんだ」と知ることができたのが一番の収穫でした。雲の上の存在だと思っていた人たちが、少しだけ身近に感じられた一日でした。

 


東京藝大ウィンドオーケストラ定期演奏会(藝大定期 吹奏楽 第101回)
指揮:大井剛史

【プレ・コンサート】
・ユーフォニアム四重奏
ドビュッシー(岩満貴大 編):《月の光》
・打楽器九重奏
ダービン/シーゲラウブ/パーカー/ジョセフィー=ザック:《クラシック・バケッツ》

【プログラム】
宮川彬良:《現代吹奏画報》
山内雅弘:《宙の時 ― 吹奏楽のための》
デル・トレディチ:《戦時にて》
チェザリーニ:《夢の四象限 ― 舞踏詩》(日本初演)
ヴェースピ:《我は聴きぬ、真夜中に》