江戸最大のアミューズメントパーク「吉原」
舞台いっぱいに広がる格子先、満開の桜、ずらりと並ぶ花魁たち。登場人物が増えるほど画面が華やかになっていく。観客はいつの間にか江戸の住人になって、ただ観ているだけではなく「見物」に参加している感覚になります。
実は、少し前に藝大美術館で吉原展を見ているのですが、浮世絵や資料で見た世界が、今度は立体になって目の前に現れるもんだからもう、舞台に豪華な吉原が出現した瞬間に「わぁ、来た!」と嬉しくなってしまいました。エンタメって色んな知識が増えると脳内で勝手に情報がリンクして楽しさが倍増するんですよね。
そして今月の歌舞伎座は、尾上辰之助襲名披露公演。そのせいでしょうか、舞台のあちこちにアドリブが散りばめられていて、役者も観客もどこか浮き立っている。芝居を「上演している」というより、劇場全体でお祝いを共有しているような空気でした。歌舞伎座って、こういう時ほんとうに幸福感が増します。
吉原の華・揚巻
まず圧倒されるのが揚巻の道中。豪華な衣装、ゆったりした八文字、時間の流れまで変わったような空気。ただ歩くだけなのに様になる。……えっと、これ全部男の人ですよね? ゴージャスに女装しているのに、決してドラァグクイーンにならないのが歌舞伎の凄さ。誇張ではなく「様式」として成立している。ここ、本当にアッパレだと思います。助六と揚巻の対比があるから吉原という世界が立体的に生きてきます。
そして現れる江戸一番の問題児
尺八が鳴り、花道から駆け出してくる助六。一瞬で客席の温度を変える市川團十郎がとにかく凄い。登場した瞬間、全部持っていかれました。完全に「俺が正義だ」モード。
うどんをぶっかける。
頭に下駄を乗せる。
股下をくぐらせる。
文字にするとただの迷惑人物なのに、なぜか観ていて爽快。どことなく夏目漱石『坊っちゃん』を思い出していました。
「♪あなたば真っ直ぐ、竹を割ったみたい。癇癪強くてとても心配♪」――清の声が聞こえてきそう。
でも助六は単なる乱暴者ではなくって、刀を確かめるための挑発だし、喧嘩すら目的のための演技。観客はそれを知っている。だから安心して笑えるし、楽しい。
悪態も喧嘩も、全部“粋”
揚巻と意休の悪態合戦。助六の名乗り。江戸っ子の啖呵。
この芝居、会話そのものが見せ場。女優だったら互いの腹を探り合うビッチな芝居が好きだし、男優だったら逆に思った事を全部言っちゃう江戸っ子の芝居がスッキリ。江戸の粋って、時々パンチが強すぎるんですが、そこが好きなんですよね。
洒落と挑発が同時に成立している。言葉そのものがエンタメ。
突然ぶち込まれるホームドラマ
助六=曽我五郎。
白酒売り=兄十郎。
そして母・満江。
あれだけ騒いでいた舞台に、突然家族の情が入り込みます。母が紙の着物を渡して喧嘩を止めようとする場面、空気がふっと柔らかくなる。威勢の良かった助六がとたんに叱られたワンコみたいにシュンとなるのが何とも何とも。この緩急。これが歌舞伎の上手さなんだと思います。
すべては友切丸へ
乱暴も挑発も股くぐりも、すべては宝刀「友切丸」を探すため。そしてついに現れる意休の刀。ここで初めて、助六の暴れっぷりが一本の線でつながります。ただの伊達男ではなく、ちゃんと物語のヒーローだったと気づく瞬間。
江戸の娯楽の完成形
華やかで、騒がしくて、ちょっと乱暴で、でもとにかく楽しい。江戸の人たちが「娯楽」を本気で作った結果が、この作品なんだろうなと思います。
観劇後のお約束
そして助六を観た夜は――今日は幕の内弁当ではなくて助六寿司。実は助六寿司は、『助六由縁江戸桜』が由来。揚げ(いなり)と巻き(海苔巻き)で「揚巻」となりますが、そのまま名前を使うのではなく、彼女の恋人である「助六」の名を冠したのがいかにも江戸らしい語呂合わせ。
芝居と食べ物がつながっているあたり、娯楽も日常も地続きだった江戸の人たちの感覚が見えてきます。舞台を観て、お寿司を食べて、また語る。だから歌舞伎って、劇場を出ても終わらないんですよね。劇場とグルメがセットなのって江戸時代も今も同じというのがこれまた嬉しい。
歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜
【出演】
花川戸助六:市川團十郎
三浦屋揚巻:八代目尾上菊五郎
髭の意休:市川男女蔵
三浦屋白玉:中村時蔵
通人里暁:尾上右近
朝顔仙平:中村鷹之資
福山かつぎ:左近改め尾上辰之助
傾城八重衣:坂東新悟
同 浮橋:中村種之助
同 胡蝶:大谷廣松
同 愛染:中村玉太郎
同 誰ヶ袖:坂東玉朗
男伊達山谷弥吉:澤村宗之助
同 田甫富松:大谷廣太郎
同 竹門虎蔵:市川男寅
同 砂利場石造:市川右近
同 石浜浪七:中村吉之丞
文使い番新白菊:中村歌女之丞
奴奈良平:市川九團次
国侍利金太:片岡市蔵
三浦屋女房:市村家橘
遣手お辰:市村萬次郎
くわんぺら門兵衛:尾上松緑
曽我満江:中村雀右衛門
白酒売新兵衛:中村梅玉
口上:市川新之助
後見:市川齊入





