※全公演終了につき、辛口レビューです
2025-2026シーズンの目玉プロダクションと銘打たれた新国立劇場の『ヴォツェック』最終日へ。高額席を払うほど「観たい!」と思えるオペラではないため、当日Z席で参戦。週末にもかかわらず客席には空席が目立つという異例の光景。公演回数たった4回なのに…やはり人気作品とは言い難いようです。そして、こういうオタク系作品になると男性客比率が急に増える謎現象は今回も健在。
駒田敏章のヴォツェック、堂々たる本役
初日はトーマス・ヨハネス・マイヤーだったタイトルロールですが、体調不良のため(入院されているんだとか)2日目以降はアンダーの駒田敏章が担当。3公演目ともなると、もはや“代役感”はゼロ。安心と説得力のある熱演でした。素晴らしかった! ただ、ドイツ系歌手に囲まれるとどうしても舞台上で小柄に見えてしまい、時折「合唱団の人?」と錯覚してしまうのは仕方ないところ。
そして今回も思わされたのは、日本人低声歌手の響きが消えてしまう瞬間の多さ。劇場は日本、歌手も大勢日本人なのだから、もう少し声が前に出る音作りをしてほしい…と感じる場面が多かったです。例えるなら、家庭用ピアノでコンサートホールの協奏曲を弾かせているようなバランス。ハッキリ言って、無理なのよ。どれだけ熱唱しても声が全然届かないのは、芝居的にも痛い。音楽監督でもあるんだから、指揮者がコントロールして欲しいところです。理想は高くあっても良いけれど、歌手が付いて行けないような音楽作りは残念です。
上演1時間40分「椿姫サイズ」なのに体感3時間
全三幕・休憩なし・上演時間1時間40分。数字だけ見れば軽いはずなのに、体感はがっつり3時間。あらすじの割に台本が弱く、字幕を追っても「で、何が言いたいの?」という断片だらけ。そこへベルクの現代音楽——メロディもリズムも身体に入ってこない難解ドライサウンド。
ファルファタム的存在のマリー役にも官能性はほぼゼロ(たぶんベルクはリアルなエロスを求めてないのだろうけれど…)。印象的な音楽が残らないのは想定内とはいえ、とにかく感情移入する余地がない。最後まで寝ずに聴いた自分を褒めたいレベル。途中たぶん音楽聞いてなかった。
猫に小判、豚に真珠、私にベルク。
20世紀オペラの金字塔?誰がそんなこと言ったのか、私にはわからない。
人気投票をしたら
『ばらの騎士』 >>(壁)>> 『ヴォツェック』
になる未来しか見えません。音楽史上の意義と、聴きたい/観たい欲求は一致しませんぞ。
人物たちがみんな壊れている世界
・医師は人体実験に酔って暴走
・鼓手長は「マッチョ設定」なのにまったく鍛えられてない体で脱ぎ、なんとも言えない画面
にも拘わらず、強姦もどきでむりやりマリーにフェラチオさせようとしても、これでウットリできる観客はいなかったのでは?
・ヴォツェックは医師に「豆しか食うな」とか「意志で尿意は我慢できるはずだから排尿するな」とか言われる人体実験の影響からか精神錯乱
・マリーはまともに会話ができずに常にわけわからぬ独り言を言うばかり
・息子は鬱気味で会話もなければ挙動不審な引きこもり
……という地獄図。
プロレタリアな世界観はどうも苦手。イタリアのヴェリズモ・オペラならそれでも情熱や快楽のドラマがあるけれど、ドイツものは「心の病み」「精神病」「救いなし」に寄りがちでしんどい。
舞台・演出
袖舞台まで全部オープンに見せる意欲的な作りは面白かったです。箱型の大きな舞台セットを人力で転換していく舞台袖の処理が客席から丸見えで、それ自体は新鮮で楽しかった。ただ、衣装はポップなのに作品の世界観にまったくハマっておらず、ダンスは振付が古臭い。音楽が先鋭的なのに視覚が古典的すぎて、アンバランスさを強く感じました。ここをもっとコンテンポラリーに振っていたら見ごたえが生まれたのでは……。
なお、伊藤達人(アンドレス)は絶好調&存在感抜群。ただ、あとであらすじを読んで「えっ、アンドレスってヴォツェックの友人だったの?」と知って驚き。舞台上ではそんな関係性に全然見えなかった……。
そして、マリーも鼓手長も、さらには娼婦たちも、セクシーとか、退廃的とかいった香りはなかったのです(脱げばセクシーってなるわけじゃないし)。
今後への願い
歌手のパフォーマンス自体は素晴らしく、オペラ作品として、音楽史的に価値が高い作品であることも理解しています。ただ、“価値のある作品”と“自分が楽しめる作品”は別というのを痛感。今回、私は完全に後者の外側でした。
そして、新国立劇場の音楽監督・大野和士とは作品の趣味がどうにも合わないようで…オタク系・前衛系の意欲作路線も良いけれど、未上演の定番作品をどんどん上げてほしいのが正直なところ。バレエ部門の好調ぶりに対して、オペラ部門はかなり低迷感が拭えない新国立劇場公演でした。
【スタッフ】
指 揮:大野和士
演 出:リチャード・ジョーンズ
美術・衣裳:アントニー・マクドナルド
照 明:ルーシー・カーター
ムーヴメント・ディレクター:ルーシー・バージ
舞台監督:髙橋尚史
【キャスト】
ヴォツェック:(変更前)トーマス・ヨハネス・マイヤー→(変更後)駒田敏章
鼓手長:ジョン・ダザック
アンドレス:伊藤達人
大尉:アーノルド・ベズイエン
医者:妻屋秀和
第一の徒弟職人:大塚博章
第二の徒弟職人:萩原 潤
白痴:青地英幸
マリー:ジェニファー・デイヴィス
マルグレート:郷家暁子
合 唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:TOKYO FM 少年合唱団
管弦楽:東京都交響楽団





