【観劇日記】宝塚歌劇団雪組『20世紀号に乗って』@東急シアターオーブ | てるみん ~エンターテインメントな日々~

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 私、誰よりもこの作品の再演を楽しみに待ってたんです。初演は何度も劇場に通ったし、若かったこともあって今も結構ミュージカルナンバーを覚えているし。今回、振付スタッフの中に本間憲一の名前を発見できたのも嬉しい限り。日本初演キャストが加わっていることはさぞ心強かったことでしょう。今回演出の原田諒は1981年生まれなので、1990年の日本初演は観ていてもおかしくないんですが、関西の人なので東京限定だった公演は観てないかもしれませんね。それゆえか、日本初演版、公式情報ではすっかり無視されていて、スカイステージでも望海風斗が「昔の作品なので映像は見てません」と、東宝の人が聞いたらのけ反ってしまうようなことを発言していました。私ですら東宝版の録音など持ってるんだけどな(と書きつつ、今探したら紛失中。実家か!?)。記録映像位あるはずなんだけど。そういえば東宝さんは東宝ミュージカルとして1976年に上演しているはずの『PIPIN』も、今夏の上演を『日本語版初演』とツイートしている位なので、スタッフの若さを感じると同時に「自社(グループ)の歴史は誰もチェックしてない?」と心配してしまう今日この頃です。ミュージカルが日本に上陸してまだ数十年ですが、それでも、そろそろ資料としてまとめる時代が来たのではないですかね。創世記メンバーがどんどんいなくなってますから。

 

 さて、宝塚版の『20世紀号に乗って』は「きっとピッタリ!」と思う部分と「大丈夫か?」という部分があって、それぞれ思ってた通りの上演でした。まずは「きっとピッタリ!」については、その華やかさ。シアターオーブは舞台はそんなに大きくないし、セリや盆は常設されてないけれど、そこは、ブロードウェイも同じこと。舞台が回らなければ、装置を回してしまえばよろし。田楽返しで背景画が瞬時に汽車の車両になったり、立体的な車両が回転したら汽車の内部になったり、初演版に比べて見劣りなし。そして、宝塚の生徒たちはアールデコの時代の衣装やダンスが似合うことこの上なし。衣装負けすることなく、ちょっと背伸びした格好良い女性たちを演じさせるならタカラジェンヌに限ります。チラシにおける真彩希帆の美しさといったら! 普段は可愛いタイプの娘役ですが、見事な変身ぶり。また、ショーアップ場面は、ミュージカルの一場面ではなく、レビューの一場面的な見せ方で華やかなこと華やかなこと。「盛り上がるぞ!」という勢いはさすが。

 

 一方「大丈夫か?」だった中年男性の渋さや愛嬌はまるっきり排除され、また、歌唱面はやっぱり弱かった。これは宝塚歌劇という特性上いたし方ないけれど、作品の後味が変わってくるところでもあります。この作品に限らず、宝塚歌劇における翻訳ミュージカル上演のネックは「男女の作品を女声のみで演じること」なのですが、今回は、リリーはハイ・ソプラノ、オスカーはバリトンということで、音域が広く、さらには、重唱が多用されていることもあり調整は超難関。ソロ中心の作品のようにリリーに合わせて低くするとオスカーには低すぎ、オスカーに合わせて高くするとリリーは超音波になってしまうのですから。望海風斗×真彩希帆は現在の宝塚屈指の歌えるコンビですが、そんな望海風斗ですら再低音はほとんど外しまくりで苦労していました。そして、リリーにはドラマティックな地声歌唱も求められるのですが、真彩希帆は軽い声のソプラノなので、高音は見事ながら、ドラマティックさは程遠いんです。アンサンブルもメリハリ付けるまでに至れず(稽古期間の短さも影響?)、不完全燃焼。テーマ曲ももたつき気味。もちろん、様々なミュージカルを翻訳してきた宝塚歌劇なので、歌の中で少しずつ微妙な転調を行ってみたり、音域的に苦しいところは台詞調に変えてみたり、スタッフ・キャストともに工夫していました。

 

 が、ここでもはだかるのが重唱の多さ。音程や音域があってこそ重なって美しいのに、みんなでしゃべっちゃったら「何を歌っているかわからない」になってしまうんです。これは、歌だけでなく、台詞でも宝塚の弱点ですね。娘役の裏声発声×男役の無理した発声でのガヤガヤは一人ひとりのセリフの粒が立たないので、これまた「ギャーギャー騒いでる」だけになってしまうんです。近い音域通しで音を消し合ってます。「楽な発声で、低音から高音まで自在にコントロールされてこそ、重なった時に美しいんだ」と、芝居にも音楽のような感想を抱いたのでした。その点、リリー×オスカーのように、男女一人ずつ、それもコンビとして慣れている二人の場面だとぐっと聴き取りやすくなりますね。

 

 もともと『20世紀号に乗って』は、どの曲も一度聞けば覚えてしまうようなメロディの宝庫で、曲調の変化や聞かせ処的を一手に担っているので、真彩希帆が主役。無理矢理オスカーを主役にしたところで限界があります。前述のようにドラマティックにはならず、さらに、芝居面では、オスカーと対等にはなり切れず、一歩引いてしまうところに、これまた宝塚らしさを感じたところ。トップスターが落ちぶれた中年のオッサンで(渋くて素敵でした!)、娘役が大スター役。宝塚の人事的に、娘役トップの方がトップスターよりもスター性抜群というのはいなかったわけではないけれど稀なことで、(あの人とあの人と……言いませんけど)、トップ娘役というよりも、トップ相手役的なポジションの真彩希帆は体当たりで演じていましたが、望海風斗にあっけなく貫録負け。貫録があるけれど脇役的な主役に、貫録が追い付かないヒロイン。本人比では二人とも懸命に演じていましたし、「代表作になるのではないか」と思える力演でしたが、ニンの違いだけは何ともしようがありません。リリーの「私が!私が!」の芝居も、オスカーが笑い部分を持って行ってしまったり、ま、男役を主役にするにあたっての手法があれこれ見えてくるので、「宝塚調にするためにはこんな演出をするんだ」と興味深かったです。

 

 それにしてもコメディって難しいですね。コメディエンヌの力量って「瞬時にどれだけの幅をもってキャラクターを変えられるか」に尽きると思うのですが、「良くやっているな」と思う時と「演技に制約があるし、ここまでが限界かな」と思う時がありました。そんな中で、無理矢理ではあるけれど、主役として魅せてしまった望海風斗の充実ぶりに拍手です。ここまでオッサンを魅力的に魅せられるトップスターもそうそうおりますまい。パンフレット表紙の水も滴る色男ぶりといったら、彼女の扮装写真の中でベストと違いませんか? ブルースの彩風咲奈は新進俳優が演じそうな軽い役で、正直今の彼女には役不足だったけれど、その分余裕があって、それが男役としての大きさにつながって、これまた良い配役でした。レティシアの京三紗はすっかり旬を逃していて、怪演するエネルギーは残っていませんでした。ミス・キャスト。でも、トップを立てるためにはこれ位が良いのかもしれません。戦略を持っての配役なのかも。何はともあれ、東京公演だけなのがもったいない楽しいひとときでした。

 

 得意分野、苦手分野を含めて「手慣れた宝塚版制作」のミュージカルでしたが、作品の楽しさはPRできたし、そもそも作品のカラーは宝塚に向いていると思うし、クラシカルなミュージカル・コメディは今後もどんどん手掛けてほしいです。そして、宝塚版だけだと偏ってしまうので、男女版も、ね。ただ、大地真央以降、ミュージカル・コメディを主演できる女優が出てきてないのが残念。求む、歌って踊れるコメディエンヌ!

 

【スタッフ】
潤色・演出:原田 諒

(日本初演版演出・振付:宮本亜門)

【キャスト】( )は日本初演キャスト
オスカー・ジャフィ:望海 風斗(草刈正雄)
リリー・ガーランド:真彩 希帆(大地真央)
レティシア・プリムローズ:京 三紗(浅芽陽子)
イメルダ・ソーントン:沙月 愛奈(杉村理加)
アグネス:千風 カレン(那須美津子)
グローバー・ロックウッド:透真 かずき(塩島明彦)
フラナガン:彩凪 翔(今井清隆)
オリバー・ウェッブ:真那 春人(ウガンダ)
ブルース・グラニット:彩風 咲奈(美木良介)
ドクター・ジョンソン:久城 あす(桑原たけし)
オーエン・オマリー:朝美 絢(松崎しげる)
ビスマルク/ロドニー:桜路 薫(佐藤孝輔)
マックスウェル・フィンチ:天月 翼(桑原たけし)
タップ(ポーター):橘 幸
ヒラリー:朝月 希和
ウィリアム:真地 佑果
アニタ:沙羅 アンナ(林選)
チップ(ポーター):諏訪 さき
トップ(ポーター):眞ノ宮 るい
ポップ(ポーター):星加 梨杏
マックス・ジェイコブス:縣 千(川平慈英)
ナイジェル:望月 篤乃(今井清隆)
※初演時はポーターに個別の役名なし(松下雅博、本間憲、平沢智、原章人)