てるみん ~エンターテインメントな日々~

てるみん ~エンターテインメントな日々~

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桜の日曜日、チラシに誘われて

桜が満開。いかにも「外に出てください」と言われているような日曜日の午後。何となく目に入ったカラフルなチラシに惹かれて、ふらりとピアノリサイタルへ。レコードの“ジャケ買い”はよくあるけれど、コンサートのジャケ買いって、実はあまり経験がないかもしれません。でも今日は、完全にそれ。

LP世代とCD世代の境界線

MCで印象的だったのが、「学生時代、お小遣いをためてタワレコまでCDを買いに行った」というエピソード。……うん、分かる。でも私の頃はLPでした。

CDを買い始めたのは高校2年くらいだったかな。当時は1枚3500円前後。今思うと信じられない価格ですが、あの頃は本当に高級品でした。欲しい音楽を選ぶというより、「失敗できない買い物」。ここに静かなジェネレーションギャップ発生。(髙木君はワゴンセール狙いだったそうです)。

異色の経歴という説得力

渋谷教育学園幕張から音大へ進むとなると、立地的にも自然と藝大ルートを想像します。ところがこの方、藝大を経由せず、いきなりウィーン音大へ留学という経歴。なるほど、ちょっと空気感が違う。

チラシは「画家です」と言わんばかりのカラフルなビジュアルでしたが、舞台に現れたのは黒づくめの衣装。むしろチラシ裏面のイメージに近い印象でした。そして個人的に目を引いたのがパンツ。太ももゆったり、足首タイト。いわゆるボンタン系シルエット。私の世代だと「不良改造した制服」に見えちゃうのがこれまたジェネレーションギャップ。最近のクラシック界ではあまり見かけないスタイルで、ちょっと面白い存在感でした。

『展覧会の絵』という小宇宙

メインの『展覧会の絵』は大曲だけど、組曲だし、今日は小品を集めたコンサートといった軽やかな印象。

若手らしく、ダイナミックな演奏ももちろん魅力でしたが、個人的に心を掴まれたのは——音の扱いの丁寧さ。
・手が届きにくい和音処理。
・広い音域の移動。
こういう場面で力押しになってしまう演奏も少なくないのですが、むしろ丁寧で繊細、音を雑に置かない。それでいて、決してモタつかない。響きが澄んで流れていく感覚が心地よく、気づけば聴き入っていました。

若さ=勢い、ではなく、
若さ+コントロール。

これは強い。

今日のピアノ、シゲルちゃん

使用ピアノは KAWAI SK-EX。本当に最近、シゲルちゃん人気がすごいですね。以前は「通好み」の印象もありましたが、いまや完全にメジャー機種。ちょっと色気すら感じる中低音。派手になりすぎない高音。今日の繊細な音作りにはとても合っていた気がします。

スタンディング・オベーションという「お約束」

客席を見渡すと、若い女の子のファンがとても多い印象。コンクール入賞後の若手男性ピアニストの公演でよく見る客層。演奏終了……と思った瞬間。まだピアニストが鍵盤に手を置いているのに拍手。余韻が完全に消える前、音楽がまだ空間に残っている段階での拍手は、正直ちょっともったいない気もします。

さらに驚いたのが、その後。ほぼ反射的にスタンディング。最近、本当に増えましたね。「スタンディング・オベーション=お約束」化。もちろん、感動したら立てばいい。それは自然な反応だと思います。でも本来、スタンディングって「どうしても座っていられない」瞬間に起こるものだったはず。いまは少し、応援文化やアイドル的なノリがクラシックにも流れ込んできているのかもしれません。いわば、スタンディング・オベーションの大安売り。

 

これが本日のジェネレーションギャップ3でした。

演奏そのものはとても丁寧で好感の持てるものだっただけに、もう少し静かな余韻の中で終わりを迎えられたら——その演奏の印象は、さらに深く残った気がします。

 

 

【出演】

髙木竜馬(ピアノ)

 

【プログラム】

グリーグ:抒情小品集 第1集「アリエッタ」 作品12-1 

グリーグ:ペール・ギュント 第1組曲「朝」 作品46-1 

ラヴェル:『鏡』より 第2曲「悲しい鳥たち」、第5曲「鐘の谷」 

ドビュッシー:『ベルガマスク組曲』より 第3曲「月の光」 

ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ 第24番 ニ短調 作品87-24 

 

ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ 

ムソルグスキー:展覧会の絵

 

(アンコール)
シューマン:トロイメライ

 


チュルリョーニス展

──霧の中で音楽を聴いているような時間

会場に入って最初に思ったこと。霧がかかっているみたい。全体的に黄土色。印刷濃度で言えば50%くらいの柔らかさ。輪郭は強く主張せず、線は細くてとても繊細。華やかな名画展とは明らかに違う空気でした。

小さな作品たち

まず驚いたのは作品サイズ。想像していたよりずっと小さい。大作で圧倒する展示ではなく、手元で静かに向き合う絵が中心です。

幻想的な画風で、
・絵本作家のようでもあり
・少しシャガールを思わせたり
・現代アートの気配もあったり
けれど、どれにも完全には当てはまらない。独特な世界観。レコードのジャケットや楽譜の表紙にしたら似合いそうだな、と何度も思いました。

音楽家の絵を「聴く」

館内ではチュルリョーニス自身のピアノ曲やシンフォニーがBGMとして流れています。音楽はロマン派。これがとても良い。絵を「見る」というより、音楽の中を歩いている感覚。特に面白かったのが楽譜資料です。ト音記号の横や余白に、細かな落書きがいちいち書き込まれている。可愛いというか、小学生のノートみたいというか。

 


 

偉大な芸術家というより、音楽と絵を同時に楽しんでいた人の気配。せっかく作曲家でもあるのだから、ミュージアムショップで楽譜販売があったら嬉しかったのですが……残念ながら取り扱いなし。これは少し惜しいところでした。

【展示構成】
第1章|自然のリズム
自然の風景が中心。
呼吸するようなテンポを感じる作品群。

第2章|交響する絵画
《ソナタ》《フーガ》など音楽形式そのもの。
順番に見ると楽章構成が見えてくる不思議な体験。

第3章|リトアニアに捧げるファンタジー
民族性と幻想性が前面に。
華麗さよりも大地の記憶。

エピローグ
長い組曲を聴き終えたあとの静かな余韻。

「チュルリョーニス展ができるまで」

公式サイトの特集「チュルリョーニス展ができるまで」も興味深く拝見しました。展覧会準備や研究の裏側が紹介されていて、こうした試みを見るのは初めてかもしれません。舞台で言えば稽古場公開のような感覚。作品だけでなく、展覧会そのものも多くの人の仕事で成り立っていることがよく分かります。美術館がぐっと身近に感じられる企画でした。

この展覧会、正直に言うと万人向けではありません。色彩は控えめ。作品も小ぶり。第一印象はかなり地味。でも――音楽好き、ピアノを弾く人、舞台芸術が好きな人には急に面白くなるタイプ。派手に感動する展覧会ではなく、あとからじわじわ効いてくる。帰宅後、ふと作品を思い出す。そんな余韻が残りました。

 

チュルリョーニス展は、絵画鑑賞というより霧の中で音楽を聴く体験。華やかさはない。けれど確実に独特。音楽を聴く耳で見ると、突然面白くなる展覧会でした。そしてほんの少し、土の匂いが残る時間。

 

チュルリョーニス展 内なる星図

【会期】
2026年3月28日[土]-6月14日[日]

【会場】
国立西洋美術館

【開館時間】
9:30~17:30(毎週金・土曜日は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで

【休館日】
月曜日、5月7日[木](ただし、3月30日[月]、5月4日[月・祝]は開館)

【主催】

国立西洋美術館、読売新聞社、国立M. K. チュルリョーニス美術館

【特別助成】

リトアニア共和国文化省

【助成】

国立西洋美術館柴原慶一基金

【後援】

J-WAVE

【協力】

駐日リトアニア共和国大使館、西洋美術振興財団

【公式サイト】
https://2026ciurlionis.nmwa.go.jp/



 

 

同時開催:北斎 冨嶽三十六景 井内コレクションより

 


そして同時開催の北斎展。トーハクでも、すみだ北斎美術館でもなく、なぜ「西洋美術館」で北斎?」という意外性。しかし会場に入ると納得。こちら、とにかく人気です。体感的にはチュルリョーニス展以上。館内はラッシュアワーの新宿駅状態。

チュルリョーニスとの対比が面白い

チュルリョーニスが
・霧
・静寂
・内面世界
だとすると、

北斎は
・光
・色彩
・エネルギー
……完全に正反対。

同日に見ることで、視覚体験の振り幅がものすごい。

井内コレクションのすごさ

今回展示されている《冨嶽三十六景》は井内コレクション。特徴は摺りの早さ。浮世絵は大量に刷られるうちに版木が摩耗し、線が甘くなっていきますが、本コレクションは初期摺りが多く、線が驚くほどシャープ。「あ、北斎ってこんなに線が鋭かったのか」と気づかされます。

さらに印象的だったのが展示方法。裏打ちがされていない作品も多く、背面からも色の鮮やかさやバレンの痕跡を見ることができる。つまり、職人の仕事まで見える北斎。これはかなり貴重な体験でした。

教科書で見慣れているはずの《神奈川沖浪裏》や《凱風快晴》。ところが本物を見ると印象がまったく違います。
色の強さ。
構図の大胆さ。
画面のリズム。
「あれ、こんなに現代的だった?」と感じる瞬間が何度もありました。海外で北斎が評価された理由を体感できる展示です。

二つの展覧会を続けて見ると


霧のようなチュルリョーニス。
爆発する視覚の北斎。

静と動。
内面と外界。
音楽とリズム。

同日に並べたキュレーションがとても面白い。むしろセット鑑賞も納得のダブルビルでした。

【会場】

国立西洋美術館 企画展示室B3F


【会期】

2026年3月28日(土)~6月14日(日)※巡回予定無


【開館時間】

9:30~17:30(毎週金・土曜日は20:00まで)
※入館は閉館の30分前まで
 

【休館日】

月曜日、5月7日(木)(ただし、3月30日(月)、5月4日(月・祝)は開館)

【主催】

国立西洋美術館、読売新聞社

【協力】
西洋美術振興財団

 

【公式サイト】

 
 
【観覧料】
一般2,200円、大学生1,300円、高校生1,000円
※中学生以下無料、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料
(それぞれ学生証等年齢の確認できるもの、障害者手帳を要提示)
※国立美術館キャンパスメンバーズ加盟校の学生・教職員は、
学生証・職員証の提示により本展を学生1,100円、教職員2,000円で鑑賞可能

 

韓国版『モーツァルト!』10周年公演

― コロナ禍の熱量を封じ込めた千秋楽映像 ―韓国版『モーツァルト!』10周年公演の千秋楽収録。収録日は2020年8月5日。まさにコロナ真っただ中。ほんの数年前なのに、今振り返るとまるで別の時代のようです。こうして劇場の熱気を安心して語れる日常が戻ったことを、まず素直にありがたいと思いました。

同じ作品なのに、ほぼ別作品

日本でおなじみの東宝版『モーツァルト!』は、ウィーン版をかなり再構成しています。ナンバーの配置も演出意図も、日本独自の進化を遂げた作品。そして今回の韓国版。——これもまた、かなり違う。もはや「別作品」と言っていいレベルでした。

歌唱スタイルはとてもストレート。東宝版にある「ロウソクの炎がふっと消えるような繊細さ」や、音色で裏の感情をにじませる表現はほぼなく、基本は全力で歌い上げる。感情は隠さない。全部ぶつける。とても分かりやすく、非常にエネルギッシュです。

韓国ミュージカルが苦手とするもの

韓国ミュージカル ON SCREENを全作品見終えて思うのは、これはこの作品に限りませんが、韓国ミュージカル全体に感じる特徴があります。それは——階級差・身分差の表現。貴族と庶民の距離感を作る演技が、日本(もあまり得意ではないけれど)ほど明確ではない。

そういえば昔、シルヴェスター・リーヴァイにインタビューした際、

「宝塚出身者はドレス裁きが違う!」
と熱く語っていたのを思い出しました。

当時は「娘役経験って数年なのに? それにあなたが褒めてる役を演じているのは元男役たちですけど?」と思ったものですが……今回改めて納得。

韓国版の貴族たちは、
良く言えば親しみやすい。
悪く言えば……ちょっと庶民的すぎる。
日本の舞台が作る“階級の空気”は、やはり独特なのだと再認識しました。※欧米のように立ってるだけで階級がわかる、というタイプでもないんですよね。これは上演の歴史の中で培った技術かもしれません。

コーラス文化の違いも面白い

アンサンブルの歌い方もかなり違います。

日本版
→ 出すところ・引くところを設計する

韓国版
→ 全員「私が!」と歌う。圧倒的なパワー。でも常にオールフォルテ。正直、少し耳が疲れる瞬間もありました。(これは収録音響の影響もあるかもしれません)

ダイナミックな舞台装置

演出面も印象的。小池版のような「ティッシュの箱が細かく出入りする装置」ではなく、
・回り舞台
・盆に仕込まれた放射線状のセリ
・映像を多用した背景
と、オーソドックスながら、とにかく動く、広がる、派手。視覚的なスケール感はかなり大きく、韓国ミュージカルのエンタメ志向がよく分かります。

韓国ミュージカル界を変えた作品

韓国初演は2010年。東宝版を一手に引き受けている小池修一郎が演出を担当しました。この時の成功をきっかけに韓国では
・大型ミュージカル市場の拡大
・スター俳優中心の公演増加
など、業界の規模が一気に拡大したと言われています。まさに転換点になった作品です。

感情の振り幅がとにかく大きい

韓国版のお芝居の最大の特徴は、感情表現の強さ。
・怒り
・愛
・葛藤
・孤独
など、すべてがストレート。同じ物語なのに、人物ドラマが濃く見えるのはこのためでしょう。舞台全体が常にドラマチック。まるでロックミュージカルの熱量です。

コンスタンツェが強い

コンスタンツェの存在感も非常に大きい。天才を支える妻ではなく、

・感情をはっきりぶつける
・モーツァルトと対等に衝突する
物語を動かすヒロインとして描かれます。人物の輪郭がかなり現代的でした。

 

そういえば『エリザベート』も宝塚版は「可愛そうなシシィ」という作りですが、日本の観客には同情票が集まる作りの方が支持されるのかもしれません。これもお国柄。

アマデ=もう一人の主役

モーツァルトの分身であるアマデ。韓国版ではほぼもう一人の主役。才能・運命・狂気を象徴する存在として舞台を動かし続けます。ダンスや登場タイミングも印象的で、作品のドラマ性を大きく押し上げていました。

10周年記念カーテンコールの幸福感

そして千秋楽ならではの特別感。10周年記念カーテンコールは、まさに祝祭。アマデが「星から降る金」を歌い始め、フレーズごとに主役→脇役→男性アンサンブル→女性アンサンブルと歌い継ぎ、最後は全員で歌い上げて幕。

キャストたちの表情が本当に柔らかく、「この作品を共に育ててきた」という空気が舞台いっぱいに広がります。コロナ禍という特殊な状況の中で迎えた節目。観客と舞台が同じ時間を共有できること自体が奇跡のようで、拍手の重みまで伝わってくるカーテンコールでした。

長く続いた作品だけが持つ、カンパニーの歴史そのものが見える瞬間。これは映像収録ならではの貴重な記録ですね。

 

シアターゴーアー歓喜の舞台裏映像

さらに嬉しかったのが、
・演前
・幕間
・終演後
の舞台袖や楽屋の様子が収められていたこと。

・舞台に立つ直前の緊張感。
・メイク直し。
・衣装スタッフとのやり取り。
・終演後の安堵。

これ、観客としては本当にたまらない。普段は絶対に見ることができない「作品が生まれている場所」。舞台は2時間半でも、
その裏側には何倍もの時間と人が存在している。シアターゴーアーとしては、むしろここに一番感動してしまいました。

リーヴァイ×クンツェ作品の“最大出力”

音楽はシルヴェスター・リーヴァイ、脚本・歌詞はミヒャエル・クンツェ。もう説明は要りますまい。もともとドラマ性の強い楽曲ですが、韓国キャストが歌うとさらに出力が上がる。もはやロックコンサート級。同じ楽曲でも、国が変わるとここまで印象が変わるのかと驚かされます。

来日公演、そろそろ復活してほしい

一時期盛んだった韓国ミュージカル来日公演。コロナ以降すっかり止まってしまいましたが、そろそろ再開してほしいところ。日本で見慣れた欧米作品を、別文化フィルターで観る刺激。これ、やっぱり楽しいんです。

 

 

【キャスト】

ヴォルフガング・モーツァルト:キム・ジュンス
コンスタンツェ:キム・ソヒャン
コロレド大司教:ミン・ヨンギ
レオポルト:ホン・ギョンス
ヴァルトシュテッテン男爵夫人:シン・ヨンスク
ナンネル:ペ・ダへ

セシリア・ウェーバー:キム・ヨンジュ
エマヌエル・シカネーダー:シン・インソン
アルコ伯爵:イ・サンジュン

【スタッフ】

脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ
作曲・編曲:シルヴェスター・リーヴァイ
演出:エイドリアン・オズモンド
韓国語歌詞:パク・ヨンミン
韓国語歌詞:イ・ソンジュン
韓国語歌詞:パク・インソン
韓国語歌詞:キム・ムンジョン
韓国語歌詞:クォン・ウンア
製作:EMK Musical Company
オリジナルプロダクション:Vereinigte Bühnen Wien

 

収録日:2020年8月5日

 

2020年韓国公演のチラシ