別キャストで観る、新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形』
若手中心キャストの妙
初日は看板プリンシパル中心の布陣でしたが、今日は新国バレエ団の「カワイイ担当」池田 理沙子の主演バージョン。初日とは対照的に、プリンシパルが出ておらず、若手が中心。新人公演のような位置づけでしょうか。とはいえ、池田 理沙子はすでにプリンシパルのような起用っぷりですし、水井駿介は少し前まで牧阿佐美バレヱ団のプリンシパル。新国立劇場バレエ団に移籍してからは小柄さが際立ち、「主役は難しいのでは?」と思っていましたが、きちんと起用されています。
18公演を組める新国立劇場バレエ団だからこそ可能なキャスティング。2~3公演規模の団体では、どうしても「いつも同じ人が主役」になりがちですからね。
クララは子ども時代も大人のダンサーが演じ、設定年齢は16歳前後。そう考えると小柄な主演コンビは役柄にしっくりきます。子ども役としても、子どもの相手役としても違和感はありません。ただ、正直に言えば出番は増えたものの、決定的な見せ場が少ないのも事実です。パ・ド・ドゥまでオアズケ。
タケット版の特徴──踊りよりも物語
ウィル・タケット版は、踊りの見栄えよりも物語性を重視した構成。イーグリング版がスピード感とテクニック、群舞の迫力で「これぞバレエ!」という作りなのに対し、こちらは動きの意味を丁寧に伝える方向性です。その分、マイムは多め。
もう一つの特徴は、チャイコフスキーの楽曲テンポを初演時に近づけている点。超絶技巧を詰め込むためにテンポを落とす現代的アプローチとは逆で、スピード優先。その結果、技の難易度は視覚的には控えめに映ります。「音楽に合わせたバレエ」ではなく、「音楽が主、踊りが従」という印象が強く残りました。
お菓子の国はファミリー仕様
第二幕はお菓子の国。
ふと、吉田都がロイヤル・バレエのプリンシパルだった頃にロンドンで観た、イングリッシュ・ナショナル・バレエの“お菓子感全開”な『くるみ割り人形』を思い出しました。ハロッズがスポンサーで、とにかく潤沢な予算を感じる舞台でした。
閑話休題。
新国版のお菓子の世界は、パステル調でファミリー向け。コリン・リッチモンドによる美術のせいか、日本人の感覚からすると「美味しそう」より「カラフル」が先行します。ヒルトンのマーブルラウンジのスイーツビュッフェのように、味より世界観重視のエンターテインメントといった趣き。
わたあめ(どう見ても卓上掃除用モップ)、インスタント感の強いゼリー、ちとせ飴のような棒キャンディ、ポップコーン……カラフルではあるものの駄菓子感が強く、リッチなお菓子とは言い難い。花のワルツも琥珀糖や寒天を思わせる衣裳で、ダンサーに似合っているかは疑問が残ります。くるみ菓子すら登場しないのは、さすがに肩透かしでした。
振付も音楽と噛み合わず、クレッシェンドやアクセントはほぼ無視。これらの場面、お菓子の国というよりも、海中のような美術と海藻がユラユラしているような振付。この点では、イーグリング版の音楽処理の巧みさが際立ちます。(早く新しい版になれなくてはと思ってるんですけどね💦)
コールドバレエの渋滞
群舞は大渋滞。例えるなら渋谷のスクランブル交差点。動けるスペースが限られ、動きは小さく、キレのある踊りは封印状態。オペラパレスの大舞台にもかかわらず、横移動が目立ち、前列のダンサーが後列を隠してしまう場面も多く、もったいなさが残りました。
不満を覆した主役のパ・ド・ドゥ
そんな中で印象を一変させたのが、池田理沙子×水井駿介のパ・ド・ドゥ。
池田はさすがに16歳設定としてはトウが立っていましたが、クララ役のキャストの中では少女枠。そして、高速回転からピタリと止まる技術が圧巻です。若々しいお姉ちゃんでした。
水井は入団当初こそ技術面の弱さが目立ちましたが、この一年で大きく成長。アスリート系が多い新国男性陣の中で、ソロだけでなくリフトもふわりと軽く、確かな存在感を示しました。初日に入り込めなかった理由が、大人っぽいダンサー揃いだったからだと、ここで腑に落ちました。このプロダクションは、初日キャストよりも、少年少女性を前面に出した今回の布陣の方がしっくりきます。
ラストへの違和感
ただ、二度観ても違和感が消えないのがラスト。皆が寝静まる中、屋敷に忍び込み、勝手にリビングのクローゼットを開ける不審人物=ドロッセルマイヤーの弟子。くるみ割り人形を直したいという動機は分かるものの、怪しさ満点です。しかも気づいて出てくる屋敷の人々は、全員寝巻き。さすがに状況がホラー寄り。
正直な感想とこれから
王子とクララのラブラブ感は薄く、目線もあまり合わない。むしろクララはドロッセルマイヤーの方が好きなのでは?と思わせるほど。ドロッセルマイヤーも、本来なら「ここからは若い二人で……」となってほしい場面に、いつまでも割り込んでくるのが気になりました。(初日のトリオは米沢 唯×渡邊峻郁のカップリングが恭子だったので、キング:福岡雄大と対抗できたけれど、今日のドロッセルマイヤー:原健太はスタイルは良いし、動きは格好良いんだけど、主役コンビに割り込むにはまだまだで、お邪魔虫にとどまってました。今後に期待。
新国立劇場は大人の観客が多い劇場です。マイムと雰囲気重視の“カワイイ版”に舵を切ったこのプロダクションが、どこまで支持され、どこまで続くのか。ボーイズ・バレエの見どころ満載だった昨年までの『くるみ割り人形』を知っているだけに、なおさら気になります。
年々、新しいものを受け入れるのに時間がかかるようになってきた自分ですが……さて、私はこの『くるみ割り人形』を好きになれるのでしょうか!? まだまだ別キャストで見るので、自分の気持ちの変化が楽しみです。
【キャスト】
クララ/金平糖の精:池田理沙子
ドロッセルマイヤーの助手/くるみ割りの王子:水井駿介
ドロッセルマイヤー:原 健太
ダンス教師:関 優奈
わたあめ:内田美聡
ゼリー:佐野和輝、田中陣之介
キャンディ:五月女 遥
ポップコーン:小野寺 雄、森本亮介、石山 蓮
フォンダンローズ:吉田朱里、中島瑞生
【スタッフ】
振付:ウィル・タケット(レフ・イワーノフ原振付による)
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
編曲:マーティン・イェーツ
美術・衣裳:コリン・リッチモンド
照明:佐藤 啓
映像:ダグラス・オコンネル
指揮:マーティン・イェーツ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:東京少年少女合唱隊





















