絵画だけでなく「社交の場」を楽しむ展覧会

丸の内の三菱一号館美術館で開催中の『“カフェ”に集う芸術家 ― 印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで』へ行ってきました。海外の美術館のコレクションをそのまま持ってくる展覧会ではなく、日本各地の美術館が所蔵する作品を持ち寄って実現した企画展。これが実に面白い。「この美術館は数点だけ名作を持っている」というケースでも、みんなで持ち寄れば立派なスペシャル展になる。発想の勝利です。見覚えのある作品も少なくありませんでしたが、組み合わせや並べ方が変わるだけで、こんなに新鮮に見えるとは思いませんでした。

 

 

アリスティド・ブリュアン=わたる君

カフェと喫茶店は別モノ


展示を見ていて改めて感じたのは、19世紀末のヨーロッパにおける「カフェ」は、日本人がイメージする喫茶店とはかなり違うということ。芸術家や作家、知識人たちが集まり、作品を発表し、議論し、新しい文化が生まれていく場所。むしろ感覚としては居酒屋に近いかもしれません。

日本で「行きつけのカフェだから隣の知らない人と仲良くなりました」という話はあまり聞きませんが、当時のパリやバルセロナではそれが普通に起きていたのでしょう。芸術がサロンや官展から飛び出し、街へ、人々の生活へ溶け込んでいく。この展覧会は、その瞬間を追体験できる内容になっています。

絵の中の人間ドラマが面白すぎる

今回の展示で特に楽しかったのは、作品を「絵画」として鑑賞するだけでなく、そこに描かれた人間模様を想像できること。例えば劇場を描いた作品。悲劇が上演されている最中なのに、オーケストラピットでは楽団員が大あくび。

 

カーテンコール中なのに、そんなことお構いなしに我先にと帰宅モードな観客たち。→「劇の最後の挨拶で観客に愛想よくお世辞を振りまくことが、いかに役立たないかを証明している」という解説に思わず吹き出しました。


さらに幕の隙間から客席をのぞき込む二人のバレリーナには、「ねえ見て、あの特等席の貴婦人、あの男性に目配せしてるわよ」みたいな妄想が止まらない(笑)。あ、妄想じゃない、ちゃんとした解説です! 純粋に美術作品として楽しむだけでなく、絵の中の登場人物たちのドラマを勝手に想像するのが最高でした。



シャ・ノワールから始まる芸術の発信地

展示前半の見どころは、芸術家たちのたまり場となった伝説的キャバレー「シャ・ノワール」。有名な黒猫ポスターはもちろんですが、フェリックス・ヴァロットンの《大騒ぎ、あるいはカフェの情景》も印象的でした。芸術作品を展示するだけでなく、演劇や詩の朗読、影絵芝居まで行われていたというのだから、現代のライブハウスや小劇場にも通じる空間だったのかもしれません。

 
(左)シャ・ノワール (右)ヴァロットン


ムーラン・ド・ラ・ガレットの変遷が面白い

ゴッホやユトリロが描いたムーラン・ド・ラ・ガレットも興味深い展示。最初は健全なダンスホールだった場所が、時代とともに客層が変化し、少し怪しげな社交場へ変わっていく。同じ場所なのに、画家によってまったく違う表情を見せるのが面白いところです。特にゴッホの《モンマルトルの風車》とユトリロの《ムーラン・ド・ラ・ガレット》を並べて見ると、時代の流れまで感じられました。

 

 

(左)ゴッホ (右)ユトリロ

ピカソがパリへ向かうきっかけ

バルセロナのカフェ「クアトラ・ガッツ」のコーナーも充実。パリのシャ・ノワールに刺激を受けて作られた店で、若き日のピカソもここに通っていたそうです。カザスやルシニョルらの作品を見ながら、「よし、俺もパリへ行こう」と決意した未来の天才。そう思うと、何気ない一軒のカフェが美術史を変えてしまったとも言えます。居酒屋にも期待!

日本初公開作品も見逃せない

今回の目玉の一つが、サンティアゴ・ルシニョルの《カフェ・デ・ザンコエラン》。数少ない日本初公開作品です。カフェの内部を描いた作品ですが、斜めに連なるテーブルや切り取られた人物の配置が実に洒落ている。当時のパリの空気がそのまま閉じ込められているような作品でした。

また、「カタルーニャのロートレック」と呼ばれたラモン・カザスの《マドレーヌ》も見応え十分。鏡を利用した構図が巧みで、当時のカフェ文化そのものを象徴するような一枚です。

 

 

こういう企画展、もっと増えてほしい

海外から超有名作品を大量にレンタルする大型展ももちろん楽しいのですが、日本国内のコレクション同士を組み合わせて新しい物語を作る企画も負けていません。むしろ円安の今だからこそ、こうした国内連携型の展覧会はどんどん増えてほしいところ。作品単体ではなく、「芸術家たちがどこで出会い、何を語り、どう刺激し合ったのか」を見せてくれる展覧会でした。絵画好きはもちろん、カフェ好き、演劇好き、音楽好きにもおすすめです。

 

 

“カフェ”に集う芸術家
―印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで


【展示構成】
Chapter 1 カフェを描く ― レアリスムから印象派へ
 Section 1 近代絵画の誕生とカフェ
 Section 2 メディアとしての版画の隆盛とカフェ
Chapter 2 夜のカフェ ― シェレ、ロートレックの世紀末
 Section 1 広告芸術に現れるカフェ ― シェレのポスター
 Section 2 ロートレックとカフェ ― 《ムーラン・ルージュ》とモンマルトル界隈
 Section 3 〈シャ・ノワール〉から〈クアトラ・ガッツ〉へ
 Section 4 〈クアトラ・ガッツ〉からピカソ、そしてモンパルナスへ


【会期】
2026年6月13日(土)~9月23日(水・祝)

【休館日】
祝日を除く月曜日
※6月29日、7月27日、8月31日は開館

【開館時間】
10:00~18:00
※金曜日、第2水曜日、7月25日、9月19日~23日は20:00まで開館
※入館は閉館30分前まで

【会場】
三菱一号館美術館

【主催】
三菱一号館美術館
公益財団法人ひろしま美術館

【後援】
在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
インスティトゥト・セルバンテス東京

【協賛】
DNP大日本印刷

【協力】
日本航空

【企画協力】
キュレイターズ

【チケット】
当日券
一般 2,300円
大学生 1,300円
高校生 1,000円
中学生以下 無料
前売券(オンライン限定)
一般 2,100円
大学生 1,000円

※障害者手帳をお持ちの方は半額、付添1名まで無料

【特別チケット】
美食家ロートレックのレシピ付き
前売券 2,600円
鑑賞券 2,800円

※数量限定

【お得情報】
マジックアワーチケット
毎月第2水曜日の17時以降販売
1,600円

カラーコーデ割「Rouge Classique」
赤い服で来館すると観覧料100円引き
※いずれも他の割引との併用不可

【国内巡回】
2026年10月3日(土)~2027年1月11日(月・祝) ひろしま美術館

【公式サイト】
https://mimt.jp/ex_sp/cafe/

 

 

今回のタイアップメニュー

 

お約束を楽しむ『金閣寺』

『金閣寺』は、松永大膳が雪姫にしつこく迫る話……と言ってしまうと身も蓋もありませんが、だいたい合っています(笑)。大膳に言い寄られても雪姫は徹底抗戦。その結果、桜の木に縛り付けられるという、とんでもない状況に追い込まれます。そこへ敵方の此下東吉が現れ、さらに雪姫の有名な「爪先鼠」の場面をきっかけに物語が大きく動き出す、歌舞伎屈指の人気演目です。舞台上には満開の桜。季節はずれとはいえ、花吹雪まで加わるとやはり華やかです。

見切れる東吉、せり下がる東吉

中村隼人の東吉は、ジュリエットのもとへ向かうロミオさながら、金閣寺の上層階へよじ登る場面が大きな見せ場。ただし歌舞伎座は舞台開口部の高さが低く、バルコニー席からだと途中で見切れてしまいます。でも、そこは歌舞伎座。ちゃんとせり下げて観客に見せ場を提供してくれる。観客が見たいものをどう見せるかというノウハウの蓄積はさすがです。

ワクワクしてはいけないイリュージョン

滝の水を井戸へ引き込む。桜の花びらが鼠になる。こう聞くと「いったいどんな仕掛けなんだろう」と期待してしまいますが、ワクワクしちゃいけません。そこは歌舞伎です。最新技術を駆使したイリュージョンではなく、「そういうものとして受け入れる」のがお約束。リアルさではなく様式美を楽しむ世界です。だからこそ、花びらが鼠になった瞬間に客席が「ああ、出た出た」と納得する。そのお約束を共有できるのが古典歌舞伎の面白さでもあります。

動かなくても強い松永大膳

そして今回あらためて感心したのが中村獅童の松永大膳。歌舞伎の殺陣は、主役がバッタバッタと敵を倒すというより、主役が見得を切り、その周囲が吹き飛んでいく様式美で成り立っています。つまりメインキャストはほとんど動きません。ところが獅童は、その「動かない時間」がしっかり成立していました。ギラリとした眼力と圧のある存在感で、実際にはほとんど動いていないのに「そりゃ周りも吹き飛ぶわ」と納得させてしまう。敵役としてのスケール感が舞台全体を支配していました。

 

正直なところ、獅童は隼人にかなり貫禄勝ち。ただ、お芝居としてはこれくらいでちょうどいい気もします。まだ若き東吉と、「国崩し」の異名を持つ松永大膳が同じ大きさに見えてしまったら話がややこしい。大膳の巨大さが見えるからこそ、後に天下人となる東吉の将来性も感じられました。

オケピならぬ豪華版

そして個人的に面白かったのが音楽。ミュージカルのようなオーケストラピットはありませんが、黒御簾まわりの演奏陣が実に豪華。場面ごとに担当が入れ替わり、まるでリレー形式です。小さな回り舞台になっていて奏者がグルリと入れ替わったり、陰段が設置されてデュオがトリオになったり、一階の演奏の次は二階で演奏されたりetc...とっかえひっかえの豪華版。舞台ばかり見てしまいがちですが、耳を澄ますとこちらもなかなかの聴きどころでした。

 

幕見席でサクッと見るつもりが、思った以上に歌舞伎の様式美を堪能してしまった午後でした。

 

【配役】

将監息女雪姫:中村時蔵
此下東吉後に真柴筑前守久吉:中村隼人
松永大膳久秀:中村獅童
狩野之介直信:中村米吉
松永鬼藤太:中村種之助
十河軍平実は佐藤正清:中村歌昇
慶寿院尼:中村錦之助

 

 

恋愛はデータで最適化できるのか?

最終日の最終回に滑り込み鑑賞。レイトショーなのに結構な入りで、この作品への関心の高さがうかがえました。

舞台は現代ニューヨーク。結婚相談所で働くルーシーは、顧客の結婚相手探しを仕事にする敏腕マッチメーカー。恋愛や結婚を数字や条件で分析し、相手をランク付けすることにも慣れています。

そんな彼女の前に現れるのが、裕福で見た目も良く、性格まで申し分ないハリー。そしてもう一人が、アルバイトで食いつなぎながらボロボロのシェアハウスに住む元恋人ジョンです。

「条件は完璧だけど愛がない相手」と「愛はあるけど条件が厳しい相手」。どちらを選ぶのか。……と言われても、正直なところネタバレのしようがないくらい王道の恋愛映画です。最終的にどうなるかは、多くの人が開始10分で予想できると思います。

現代の婚活市場を映した皮肉

ただし、この作品の面白さは恋愛の結末ではありません。描かれているのは現代の婚活市場そのもの。結婚=幸せという価値観はすでに崩れ去り、登場人物たちは皆どこか寂しく、傷つき、そして攻撃的です。キャリアを積み上げるしんどさ。夢を追い続けるしんどさ。孤独を恐れながらも、相手を値踏みする目だけはどんどん肥えていく。ルーシーもその典型です。

 

条件を分析し、人を評価し、その能力ゆえに顧客からは絶大な支持を集めます。しかし、自信は時に過信となり、仕事も恋愛も大きな失敗も招いてしまう。恋愛映画というより、人間観察映画としての面白さがありました。

「だから結婚できないんだよ」の博覧会

そして結婚相談所の会員たちがなかなか強烈。自分はアラフィフなのに「相手は27歳まで。29歳でも無理」という男性。年収、身長、ルックス、すべてに完璧を求める女性。スクリーンを見ながら「だから結婚できないんだよ」と思わずツッコミたくなる人ばかりです。もちろん他人事ではありません。

 

条件を並べ始めると、人は簡単に自分の市場価値を見失います。その象徴がソフィーでした。数々の失敗やお断りを経験しながら、自分自身と向き合い、少しずつ現実を受け入れていく。彼女の変化はこの映画の見どころの一つです。そしてそれに呼応するように、ルーシーもまた「データによる恋人選び」から離れていきます。

ビビビは意外と侮れない

面白かったのは、この映画が決して恋愛至上主義になっていないこと。運命の恋を見つけた!というキラキラした結末ではありません。むしろ地味です。現実的です。落ち着くべきところに落ち着いた、という感じ。キュンキュンする場面もほとんどありません。それなのに不思議と後味が良い。観終わったあと「もう少し頑張ってみようかな」という気持ちになるんです。

サビ落とし映画

観ながら何度も思ったのは、自分の価値観や結婚観にも長年のサビが付いているということ。年齢を重ねれば重ねるほど、人は経験を積みます。でも同時に、思い込みも積み上げてしまう。アプリのマッチングや条件検索は便利です。けれど、それだけで幸せが決まるわけではない。幸せかどうかは、自分の置かれた状況をどの角度から見るかによっても変わります。そんな当たり前のことを改めて考えさせられました。

とはいえ、蓼食う虫も好き好き。登場人物の誰にも共感できるし、同時に誰にもなりたくない(笑)。そんな不思議な一本でした。

 

 

2025年製作/116分/G/アメリカ
原題または英題:Materialists
配給:ハピネットファントム・スタジオ
劇場公開日:2026年5月29日

 

【スタッフ】
監督:セリーヌ・ソン
製作:ダビド・イノホサ クリスティーン・ベイコン パメラ・コフラー
製作総指揮:テイラー・シュン レン・ブラバトニック ダニー・コーエン ティモ・アルジランダー アンドレア・スカルソ
脚本:セリーヌ・ソン
撮影:シャビアー・カークナー
美術:アンソニー・ガスパーロ
衣装:カティナ・ダナバシス
編集:キース・フラース
音楽:ダニエル・ペンバートン
キャスティング:ダグラス・エイベル

 

【キャスト】

ルーシー・メイソン:ダコタ・ジョンソン
ジョン・ピッツ :クリス・エヴァンス
ハリー・カスティーリョ:ペドロ・パスカル
ソフィー :ゾーイ・ウィンターズ
ヴァイオレット:マリン・アイアランド
シャーロット:ルイーザ・ジェイコブソン
デイジー:ダーシャ・ネクラソワ
ロバート:エディ・ケイヒル
メイソン:ソーヤー・スピルバーグ
トレバー:ジョセフ・リー
マーク・Pの声:ジョン・マガロ
結婚式の歌手:ベビー・ローズ

 

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