巡礼記の更新も少し間が空いてしまいました。

今の僕のペースはこんなものなので、もし楽しみにしている方があれば、気長にお付き合いください。

では前回からの続きです。

 

さて、瀬織津姫の祠をお参りし、来た坂道を駆け上がってきたところ、咳こむようになってきました。

僕は、小児喘息を患っていたことがあり、気管支が弱く季節の変わり目など環境の変化時や風邪の後には咳喘息が起こしやすくなっております。

もしかすると、今回の九州旅は火山地帯を行くので、火山灰等、多少とも大気の濁りがあるのではないか・・・とマスクを用意していたのですが、何が原因かわかりませんが、咳き込み始めました。

多分、火山灰より花粉か黄砂が原因と思われますが、1か月以上咳は止まりませんでした。

 

で、そのまま車に乗り込みハンドルを握り、今晩の宿泊先へ向かう途中に鎮座する槵觸神社(くしふる神社)に立ち寄りました。

 

天孫、ニニギノミコトが降臨された場所と伝えられる山です。

 

 

鳥居を抜けて参道を進むのですが、どうも咳がひどくなってきて止まらなくなりました。

参道の先は、石段がそびえています。

普段はこの程度の石段はわけもないのですが、今回は石段続きであり、咳で呼吸も苦しくなっているので、同行者と相談して、ここでお参りを済ませることにしました。

途中で断念することはめったにないのですが、久しぶりに途中で引き返しました。

前に一度、石見国一宮、物部神社の御神墓へ登って行く途中で正体不明の落下物にビビッて引き返したことを思い出しますが、どうも物部系に何か因縁を感じてしまいました。(「出雲の旅1日目」参照)

 

ここの御祭神は、

「本来は槵触山を神体山とするが、現在は本殿を構えて天津日子番邇々杵命(あまつひこほのににぎのみこと)を主祭神として祀っている。なお、当神社が国史に見える「高智保神(高智保皇神)」とすれば、中世のものではあるが、『八幡宇佐宮御託宣集』巻2に、「高知尾(明神)」は神武天皇の御子である神八井耳命の別名で、「阿蘇(大明神)」の兄神であるとしたり、『平家物語』巻8緒環段に、豊後緒方氏の祖神を「日向国にあがめられ給へる高知尾の明神」として、その神体は「大蛇」であるとするなどの異伝がある。
相殿に天児屋根命・布都恕志命・布刀玉命・建御雷命を祀っている。 」(Wikipediaより引用)

 

一見、物部系には見えず、直に見れば天孫系となります。

ただ、僕の歴史観の元としている出雲王家の伝承を信じるなら、天孫族とは秦国からやってきた徐福率いる一派がその正体ということになります。

つまり、徐福の二回目の渡来により有明海に上陸し筑紫平野に秦王国を築いた子孫が南下移動し、たどり着いたのが高千穂だったのではないでしょうか?

因みに徐福は筑紫ではニギハヤヒと名乗ったそうです。すなわち物部氏の祖神です。

 

槵觸神社には布都恕志命(フツヌシ)が祀られています。この神の名であるフツは刀剣の切れ味を意味するフツが元だとされています。

この刀剣を神格化した神を祀る神社に石上神宮がありますが、これは物部氏が祭祀をしていました。

Wikipedia経津主神の項にはこうあります。

「布都御魂を祀る石上神宮が物部氏の武器庫だったとされることから、経津主神も本来は物部氏の祭神だったが、後に擡頭する中臣氏の祭神である建御雷神にその神格が奪われたと考えられている。 」

 

僕は、フツが刀の切れ味を意味するというのには違和感を持っています。

徐福は、字が彦福といい別名を徐市(ジョフツ)と言いました。僕は、フツはジョフツから来ていると思っています。

そんなわけで、物部の社と僕が考える槵觸神社を後にし、この日の宿泊地へ向かいました。

夜には、神楽を見にいくため早めのチェックインをしなければいけません。

 

あまり宿泊情報やお店の情報は載せていなかったのですが、ここは記録しておきます。

民宿暖心。「だんしん」だと思っていたら、「のごころ」と読むそうです。

ナビで行ったのですが、近くで道を一本間違え迷子になっていたら、牛を引き連れたおじさんが教えてくれました。牛の散歩、凄すぎます!

高千穂町は、住民の高齢化もあってか、人口1200人ちょっとに減少してきているそうなのですが、同行者がこの地を深く気にいったようで、かつてギリシャのアテネで感じた神々の振動が残っていると言っていました。

民宿ですがペンションの雰囲気です。女将はそうは見えないのですが、高齢なので後10年位で閉店されるかもしれないとおっしゃていました。

何が良いかというと、自家農園で採られた新鮮な野菜を中心の料理です。

これだけを目当てに来られる常連客もいるそうです。

季節の食材をふんだんに使って女将が腕を振るいます。

ほんと、野菜が美味しかったのです。

 

食後は、高千穂神社の夜神楽に連れていってもらいました。

まずは、神様にご挨拶して会場へ入りました。

 

夜神楽の演目は、4番です。

1番目は、手力雄の舞

「天照大神が天の岩戸にお隠れになったので、力の強い手力雄命が天の岩戸を探し出すために静かに音を聞いたり、考えたりする様子を表現してあります。」

 

2番目は、鈿女も舞です。

「天の岩戸の所在がはっきりしたので、岩戸の前で面白おかしく舞、天照大神を岩屋より誘い出だそうとする舞です。」

 

3番目は、戸取(ととり)の舞

「天の岩屋も岩戸の戸も所在がはっきりしたので、手力雄命が岩戸を取り除いて天照大神を迎え出す舞で勇壮で力強く舞う舞であります。」

 

最後は、御神躰の舞

「一名国生みの舞と申しますが、イザナギ、イザナミの二神が酒を作ってお互いに仲良く飲んで抱擁し合い、極めて夫婦円満を象徴している舞であります。」

唯一、演者が結界から出てきてお客さんと絡む場面があり、神楽は盛り上がります。

この夜神楽は、各地区から観光用にお披露目している神楽で本番は、

「里ごとに氏神(うじがみ)様を神楽宿と呼ばれる民家や公民館にお招きし、 夜を徹して三十三番の神楽を一晩かけて奉納する、昔からの神事です。
例祭日(れいさいび)は集落によって異なり、毎年11月中旬から翌年2月上旬にかけて、町内二十の集落で奉納されます。」

今回の夜神楽は700円で見れます。

 

夜神楽を楽しんだあとは、また送迎をしてもらい近くの温泉へ連れていってもらいました。

一日目の疲れを温泉で癒し、二日目へと続きます。